第一話
周囲を見渡せば、どこまでも高い塀が都をぐるりと囲んでいる。
かといって暗闇に覆われているのかというとそうでもない。どこから来るかはわからないが光は確かに都を照らしていて、時が流れれば光はやがて消え、そして都は暗闇に覆われる。
暗闇に覆われている間は外に出ても何もできないので僕はベッドに入り、眠ろうとする。
他の住人もきっとそうしているに違いない。
「他の住人……か」
ふと考えを巡らそうとしたところ、睡魔が僕の意識をかき消した。
目を覚ませば光は再び現れていて、いつものように都を照らしている。
僕は背伸びをして大きくあくびをした。そして石造りの部屋の壁にはめ込まれたかのような質素な木の扉に手を伸ばして押しやり、リビングに向かう。
リビングの食卓にはパンと煮豆のスープ、そしてサラダが用意されている。
椅子に座って少しの間俯いて、そして顔を上げる。
「いただきます」
誰に言ったのだろう、おそらく母さんだと思うが一度もその姿を見たことはない。見たことはなくともこうして朝晩食事を用意してくれている。
「ごちそうさまでした」
そう言って食事を終え、食器を片付けようとして食卓の右の方に視線を向けると、何かが書かれた付箋に気づく。
――今日はお父さんの誕生日だからお菓子を作ろうと思うの、だから街に出て小麦粉とバター、それに卵を買ってきてね。あとチョコレートもね。
今日はお使いか……そういえば父さんの誕生日だったっけ、お祝いしたら喜ぶだろうな。お父さん、どんな反応するかな。
喜ぶとは思いつつも表情は思い浮かべることはできない、僕が喜んだらどういう表情をするのだろうか。
食器を流し台に置き、付箋を剥がすと裏面にも何か書かれていることに気付く。
――いつも側にいてくれてありがとう、私の息子。
その言葉の右下には花を咥えた鳥が描かれていた、尾羽は長く美しい。いつもこの絵が添えられるのだが僕には理由がわからない。でも僕はこれを見て母さんの優しさを感じることは確かだ。
「行ってくるよ、母さん」
誰もいないリビングに向かってそう挨拶し、石造りの壁にはめ込まれたかのようなやや質の良い木の扉の鍵をつまんで右へ滑らせて鍵を開け、ハンドルを手に取って下げ、それから扉を外に押した。
「あ、そうだお金……」
そう気付いた僕は一度扉を引いて閉じ、踵を返して急いでリビングに向かうと、机の上に銀貨3枚が置かれていた。
僕はその銀貨を手に取り、ポケットにしまってから再び扉を開けた。