北の森
俺は準備が整ったところで、村を出た。まだ身体中に痛みが走っているが、時間が経つにつれ心なしか良くなってきているようだ。
油断は出来ないが、痛みのピークが過ぎたのならこのまま回復していくかもしれない。
レベルが上がったことも、何か影響があるのだろうか?
「しかし、3日か……」
もし俺がここに来た日にイベントを発生させていれば、このイベントはジルバが1日経っても帰らないという状況だったはずだ。
「果たして、生きているのか……」
しかし逆に言えば、ここに来て初日に発生するイベントだったわけだから、森の攻略自体は難易度が低いという考え方も出来る。
「レベルも上がったし、ジルバが生きてさえいればなんとかなる」
俺は意を決して北に向かった。
「はあ、はあ、ここが北の森……」
ここに来るまで二度の戦闘で済み、ダメージは受けていない。しかし反動は相変わらずで身体がきしみ、筋肉が悲鳴を上げていた。
しかし、痛み自体に身体が慣れてきたのかもしれない。まだ動くことができる。
「でも早いとこ見つけないと、そう何度も戦いの反動には耐えられそうもないぞ」
それに夜になれば身動きが取れないかもしれない。そこはゲーム寄りであって欲しい。そうであれば松明がないのだから、夜でも問題なく行動出来るはずなのだ。
「ん?獣道があるな。とりあえずはこれを辿って歩いてみるか」
完全に自力で森の捜索をしなければならない事はあり得ない。何か道があるはずだとすれば、この獣道しかない。
しかし、3日経っている事が、イベントにどういった影響を与えているか、そこが問題だ。俺の予測なら……
『エーーンカウーーント‼︎』
おっと、来たな?
初めての森での戦闘だ。モンスターレベルはどうなんだ?
現れたのは、大きな幼虫のような奴だった。幼虫なのに大きいってのは違和感があるが、よくは分からないのだ。芋虫のような姿なのだが、もしかしたらこれで成虫なのかもしれない。
しかし、問題はそんな事ではなかった。
「さ、三匹……。キツイな」
複数の敵が出るのはこれが初めてだった。たまたま運が悪かったのか、やはり森と通常のフィールドでは違いがあるのか。これが続くようなら森の攻略は簡単にはいかない。
「やはり身体がこの世界に順応していないバグがかなり厳しいな。ち、これでサービスが剣だけってのはちょっとセコすぎないか?」
俺は口に出してシーラーに毒づいた。なに、どうせ聞こえやしないだろう。
「逃げるか?しかし走れる気はしないんだよなあ」
やるしかない!
俺は左端の奴に狙いを定め、攻撃態勢を取った。途端に身体が軽くなる。
シャ!
上段から一閃、敵は真っ二つに切り裂かれて霧散した。やはりこの剣ならまだ一撃のモンスターレベルのようだ。
ーーーしかし、次は敵のターン。
二体の攻撃が来るはずだ。まあ死ぬことはないだろう。
「来い!」
…………ハハッ、来い!か、少し前までギャンブル依存症で自殺しようとしていた俺が、こんなセリフを……。
…………ん、来ないな?
…………いや、来てるのか?
芋虫のような奴だから、動きが遅いのだ。
「この間に攻撃出来ないのか?」
俺が攻撃しなければ、戦闘が始まらないのだからターン制なのは間違いないのだろうが。
試しに俺は次の標的を定め、攻撃態勢を取ってみる。
ーーーが、身体が動くことはない。
やはり無理か?
「ぬぬぬぬぬぬ!」
ん?動くか?
自然に動く時とは違う。身体が軽くはならない。だが、動かないわけではない。
「あああああーーー、ダッッ!」
お、重いぃぃ!
ガッ!
「ふんっ!」
ガン!
俺は立て続けに二匹を切りつけた。二匹は少しの間を置いて、霧散していく。
やった!イケる!
「はっはっはー!ざまあみろ!必殺、ターン無視だ!」
バグで順応していない、「俺自身」を使うことでこの世界のルールを無視してやったぜ。
ーーーしかし、
「はあ、はあ、はあ」
体力の消耗と筋肉へのダメージは、さらにひどいものだった。
「ま、まずい。普通に戦った方が良かったかも」
だが、俺自身を鍛えられれば、後々は使えそうな裏ワザだ。
「ちょっと休むか」
俺は切株を見つけ腰を下ろした。この世界にゲーム要素があることは、大きなメリットがある。
とにかく移動しない限りはエンカウントが起きない。そして、出会ってしまっても、不意打ちさえされなければ、こちらから仕掛けない限りは戦闘がスタートしない所だ。
もちろんそれはこの世界が一昔前のゲームをモチーフにしていることを、俺が知っているからなのだが。
少しずつだが、この世界を支配しているシステムの概要が掴めてきた。
だからジルバのことが気がかりなのだ。彼が帰らない理由が何なのか?そこが問題である。
もし毒なら…………。
これが一番厄介だ。
もう3日である。迷子になって、戻れないならそれでもいい。
生きてさえいれば。
重傷を負って動けないということもある。しかしこれならまだ望みがある。
いや、決めつけるのは良くないか。彼らも俺のように動かなければエンカウントしないとは限らない。ノンプレイヤーキャラクターはこの世界の影響をどう受けるのかはまだ分からない。俺の行動と関係なく日常が進行していたから、傷の具合によっては死んでいる可能性もある。
とにかく生きていてくれさえいれば、それでいい。もちろんミッションを達成したいからというのもあるが、ジルバは俺と違って死を望んでいるわけではないのだ。
「そろそろ行くか」
身体はきついが、あまり休んでいられる状況でもない。俺は獣道の先を目を細めて見つめた。まずはこれで中央付近まで行ってみようか。途中で東に向かいそうな分岐があればそこでまた考えれば良い。
しばらく歩くと予想通り道が分かれていた。俺は素直に東に進路を取った。これは初期のイベント、難易度は低いはずなのだ。もうすでに4度モンスターに遭遇した。帰りを考えれば、回復薬を持てるだけ持っても普通の装備でスタートしていたら厳しいはずだ。
であれば迷路のような作りになっているとは考えにくい。しかも本物のゲームと違ってここでは森を俯瞰で見ることはできないのだ。中の状況しかわからないから、画面で森全体の作りをなんとなく予測して間違っていたら早めに引き返すなんて事は出来ない。
進んでいくと、先の方に小屋が見えた。
「あれは……⁉︎」
おそらくだが、休憩用の小屋だろう。簡素な作りで、大した設備もなさそうだ。普通にイベントを発生させていたら、ジルバはあそこに避難していたのかもしれない。
もちろんまだいる可能性もあるのだが……。
「3日だもんな……。いるかな?」
まあとにかく中に入ってみるしかない。
ガチャ
「誰かいるのか?」
俺は恐る恐る声をかけてみた。
……………………
返事がない。いないか?
「…………‼︎‼︎⁉︎」
へ、部屋の奥に……ひ、人か?
灯りがなく薄暗い部屋の奥に誰かが倒れている!生きてるか⁉︎
俺は夢中で駆け寄った。とにかく生きててくれ!死んでいたら俺のせいだ。俺がイベント発生を恐れて、住民に話しかけなかったからなんだ。
人影に辿り着くと、俺は肩を揺すって必死に呼びかけた。
「おい!ジルバ!あんたはジルバなのか⁈」
「……………………」
返事はない。俺は心臓の鼓動を確認しようと胸に耳を当ててみた。
「…………⁉︎…………」