イベント発生!
俺は全身にまとわりつく疲労感に、最後の力を振り絞って抵抗していた。
村はもう目の前だ。サービスと称して得たあの剣のおかげで、ほとんど攻撃を受ける前に倒せたからモンスターからの直接的なダメージはそれほどない。戦いになれば体は自然と動いてくれる。しかし後遺症がひどいのだ。
35歳のメタボ体型を無理くり動かしているから、疲労感がハンパじゃない。
俺は剣を杖代わりに足を引きずりながら、ようやく村に辿り着いた。
「はあ、はあ、はあ、今日はもう宿屋に直行だな」
すでに日が暮れてきていたが、多少住人の姿が見える。しかし、俺に話しかけてくるものはいない。やはり俺が主導で動いている世界なのだろう。
俺は宿屋に入り店主に話しかけた。
「部屋、空いてるかな?」
「泊まりかい?206号室が空いてるな。前払いで6ルピーだ。ここにサインしてくれ」
6ルピーか!安いな。いや、剣のおかげで稼げたからか?
これなら最悪は数日しのげるか。
俺はあまりの疲労に、何も考えられずにベッドに倒れこんだ。
ーーーその翌朝。
タータラー、タララッタタララー!!
うわ!なんだ!なんの音だ!
管楽器が鳴り響く音に、俺はガバッと身を起こした。
『リュウはレベルが上がった。
体力が2上がった、素早さが1上がった、魔力が1上がった、HPが6上がった、MPが2上がった』
ここでか?!
なるほどーー
宿泊時にレベルアップするタイプを参考にしたわけね。
俺にはアレしか思いつかないが、まあそんなことはいいだろう。
俺はその勢いで起きてしまおうと、立ち上がりかけた。
ーーー!?ぐぇ!
しかし、全身が尋常ならざる筋肉痛で、俺は悲鳴をあげ、再びベッドに倒れこんでしまった。
「こ、これはあかん。この年だ、明日になれば更に悪化してるかも……」
そう、ある程度の年齢を境に、筋肉痛は2日目にやってくるようになるというのは良く聞く話だ。
今日がこれでは明日は地獄の苦しみに違いない。いくら期間が一年とはいえ、これではどうしようもあるまい。
幸い昨日の稼ぎで数日はしのげる。
「筋肉痛が引くまでは、大人しくするか。それとも無理にでも動くか……」
どうしようもないとは言ったものの、無駄な日を過せば先々後悔することになるかもしれないのだ。
俺はチェックアウトギリギリまでどうするか悩んでみる事にした。
そしてとりあえずここまで起きた事から、現状を整理してみる。
俺はギャンブル依存症から借金にまみれ、家族を捨て自殺を図った。
意を決してビルから飛び降りたが、シーラーとかいう女神に救われた。
しかし、今は生きているわけでも、死んでいるわけでもない。
I.R.U.システムという、ゲームを下地に創られた仮想現実の世界に飛ばされたのだ。
しかもバグった状態で……。
「大体こういう時ってとんでもない天才になるとか、やたら強いとかチートな展開なはずなんだがな」
しかし、俺は本来なら若い肉体で、しかもこの世界に順応した人物として転送されるはずが(←これは俺の憶測に過ぎないが)、35歳のチョイメタボな、完全に運動不足を引き継いだまま転送されてしまった。
この世界での俺の行動が、女神シーラーの評価でGOODと判定されれば、俺は現世に帰ることが出来るという。
そしてーーー
俺がこの世界で獲得したものが、帰れる時は現世のお金に換算され、持ち帰ることが出来るらしい。
このチャンスを生かさない手はない。
しかし転送時に起きたバグのせいで、今はこの有様というわけだ。
「そうだ、昨日モンスターが落とした武器やらがあったな。大した値段にはならないだろうが、売りに出しておくか」
俺はタンスにしまった腰袋を取り出して、中を確認した。この腰袋は非常に便利な代物で、いくつ入るかはわからんが見た目の容量ではありえない物も収納出来る。
ゲームの中の人物が、鎧やかなり大きいであろうキーアイテムをいくつも持って歩いているのは、昔から違和感を感じていたが、これならば納得だ。
「棍棒に木のブーツだったな。まあ武器屋に売りに行くだけなら何も起こらないだろ」
そろそろチェックアウトの時間だろう。俺は体を起こしてみることにした。
うむ、まあなんとか歩けないことはなさそうだ。一旦宿屋を出て武器屋に向かい、あまりキツイようならまた宿屋に戻ればいい。行けそうであれば、少しでも稼ぎに行こう。
そう決めた俺は宿屋を出て、武器屋か道具屋がないか辺りを見回した。
ここまでの外観の造りや演出を見ると、シーラーが参考にしたRPGは一昔前の物であることが分かる。であればこの村はそれほど広くはないだろう。そして店には何かわかり易い看板があるはずだ。
ーーーービンゴ!
少し歩くと見るからにそれらしき看板を立てた建物を発見した。
俺は注意深く辺りを見回しながら、その建物に向かった。導入の村で大したイベントが起きるとも思えないが、何かは必ずあるはずなのだ。そして、それがどんなささいなものでも今の俺の状態では、余りに不安が大きい。
俺はドアを開け中に入ろうとしたのだが、開けた扉のすぐ向こうに人影があり、俺はまさか開けた途端に目の前に人、というシチュエーションを全く想定出来ず、ただぶつかるしかなかった。
そしてーーーー
「あ、大丈夫ですか?」
と声をかけてしまったのだ。
「ああ、あなたはリュウね。最近この村に来たって聞いたわ。あたしのこと助けて欲しいんだけど、話を聞いてくれる?」
ど、ど、どんぴしゃかよ⁉︎
宿屋の店主以外で初めて話した住人、しかもたまたま扉のすぐ向こうにいたからぶつかっただけで、話すつもりもなかったのに?
ど、どうする?どう答える?これが完全なゲームなら、断ってもまた話かければ同じことを言うんだろうが、決めつけるのは危険だ。目の前にいるのは、現実世界同様に存在感があり、生きた人間にしか見えない。俺の事を知ってるのが本来ならおかしいし、いきなり助けを求めるなんて、まさにゲームなのだが俺に断る勇気はなかった。
「俺で良ければ、話しぐらいなら聞くよ」
俺は彼女に手を貸し、起き上がらせながらこう答えてしまっていた。
くー、出来るだけ軽い内容で頼むよ。俺は筋肉痛の二の腕をさすりながら、近くのイスに腰掛けた。
「良かった、もし助けてくれたら面白い事を教えてあげるわ」