期限は一年間
「あぶなー、ギリギリもいいとこじゃない。なんでもう飛び降りてるの?あなた、スケジュールちゃんと確認したの?」
「は、はいー!間違いなく。この男、スケジュールを歪めるほど追い詰められていたようで、申し訳ありません」
「スケジュールが歪んだ?ま、まあ家族もいるしね。最期に子供を思い浮かべた時かしら?」
などと、俺の完全にブラックアウトした意識の中を、妙なやり取りが駆け巡る。
声の一つは飛び降りた時に聞こえてきたものと同じようだ。
と言うことはここは天国?いや、俺のような男が天国はないな。家族を捨て自殺に逃げるようなクズには。
と言うことは地獄?しかし俺の推論ではこの声は神の声のはずだ。
「とにかく間に合ったんだからいいわよね?」
な、何が?
「まあ、多分大丈夫じゃないでしょうか」
え?だから何が大丈夫なの?
「ちょっとあんた起きなさいよ!聞こえてるんでしょ!?」
…………お、俺に言ってるの?まさかな。俺はもう死んでいるはずだ。これは魂としての意識なのだろう。
「あれ?起きないわね。もしかして、間に合わなかった……?」
「そ、それはマズイですよ。もう全部報告しちゃいましたよ、私」
「ちょ、ちょ、ちょっと起きてよう!あんたはまだ死んでないんだから!」
………………え?やっぱり俺?もしかしてそれ、俺に言ってる?
で、でも完全な闇だし、声しか聞こえない。起きるってどうやって……。
とここで俺は初めて気が付いた。
あれ?
俺ってもしかしたら、目を閉じてるだけ?
「えい!」
俺は思いきって目を開けた。
「うわ!びっくりした!」
「きゃあ!」
俺と、神様?が同時に驚きの声を上げた。あまりに顔が近かったからだ。
「ちょっと、急に声出さないでよ!びっくりするじゃない!」
神様?は顔を赤らめて、俺から飛び退くように離れた。まるで人間みたいな反応だ。
「も、申し訳ない。てっきり死んだものと思ってたもんで」
俺は正直に心境をこぼした。あー、恥ずかしい。死んだとばかり思っていたが、ただ目を瞑っていただけだなんて。
「そ、そうね。まあこっちもイレギュラーがあったから焦っていたし。とりあえず何が起きたのか説明したほうが良さそうね」
それは助かる。俺としてはさっきの言葉が尋常でないほど気になっているのだ。
それはもちろん、彼女(もう分かると思うが、神様?は女性だ。とりあえず姿形は)の俺が死んでいないという言葉である。
「それでは説明は私から」
すると彼女の隣にいた、服装は執事のようだが、姿は何とも形容しがたい生き物が話しだした。
「もうお分かりかと思いますが、私たちは天界の住人でございます。こちらにおわすお方がこの地区を管理するシーラー様、人間に分かり易く言えば女神でございます」
や、やっぱり神様なんだ。驚く俺にシーラーという女神は心なしドヤ顔を見せる。
……な、なんか人間っぽいんだよな。
「今回あなた様の自殺に対して、天界からシーラー様にI.R.U.が発令されました。したがってあなた様は自殺の直前に、シーラー様によってI.R.U.システムへ導かれるはずだったのです。しかしあなた様はシーラー様がお声をかける前に、ビルから飛び降りてしまいました。それで仕方なくシーラー様はあなた様が地面に激突する前に、あなた様の承認を得られぬままにI.R.U.システムを発動したのです」
「へえ、そういう事か………………ってならんわぁ!」
と俺はあまりにもベタにツッコんでしまった。いやいや、全く分からないから。
「か、簡単に言えばわたしがあなたの自殺を一旦預かりなさい、という命を受けたの。そしてあるシステム内にあなたを召喚して、本当にあなたが自殺するべき人間かを見極めるはずだったのよ。そしてそれは必ずしも強制ではないっていう話なの」
な、なんとなく見えてきたぞ。しかし、この遣いの生き物は何なんだ、無能か?
「それでさっきスケジュールがどうこういっていたのか。ということは俺はまだ生きてるってこと?」
「生きているとは言えません」
遣いの生き物がジロリと俺を睨む。な、何だ心が読めるのかな?
「でもさっきその女神様がまだ死んでいないって……」
「確かに、まだ死んではおりません。しかし生きてもいないのでございます。先ほど説明したとおり、I.R.U.システムでのあなた様の活動次第でシーラー様が最終的に判断されるのです」
「つまりわたしがGOODと判断すれば、あなたは現世に帰ることが出来ます。ですが、もしBADと判断すれば……」
「今度こそ本当に俺は、……死ぬ?」
シーラーはコクリと頷いた。
「それで、I.R.U.システムってのは?」
「うーん、人間語で説明するのが、難しいんだけど、そうね、簡単に言えば緊急事態だからちょっと人生やり直しみようシステムって感じかしら」
そ、それはなんとも、分かりやすいというか、稚拙というのか……。
「ゔ、ゴホン!」
遣いの生き物が焦って強めの咳払いをした。や、やっぱり心が読めるのかな?なんか知らんが、これはチャンスだ。下手な事は言わない、いや考えない方がいいかもしれない。機嫌を損ねたら、即地獄行きって事にもなりかねない。
「それは大丈夫よ。ちょっとイレギュラーがあったから……、あなたに選択の余地はないのよ」
そ、そういえばさっきそのI.R.U.システムっていうのを発動したとか言っていたな。
「え、じゃあ俺はもう?」
「ええ、もうI.R.U.システム内に召喚されているの。でもただ死ぬよりはいいでしょ?ここでラストチャンスを掴んで、現世に戻れればその方がいいわよね?ね?ね?」
な、なに、この切羽詰まった感は。シーラーと遣いは固唾を飲んで俺を見つめている。
「ま、まあ、そうだな」
これは正直な気持ちだった。これから何をするのかわからないが、女神様がGOODと判断しなければ戻れないのだ。もし、戻れるとなれば何かしらの奇跡を期待したい。
「はーー、良かった。もうあなたをI.R.U.システムに送る事、上に報告しちゃったからもし断られたら後処理が大変だったのよ」
そ、そんな理由?あんたはサラリーマンか、とツッコみかけたが、やめておいた。
「それで、なんで俺なんかが選ばれたんですかね?」
「あなたの自殺する理由が借金だからよ」
へ?人間の借金が神様が助ける、助けないの基準に関わってくるの?
「どういう意味ですか?」
「あなた、ゲームはする?」
「は、はあ」
「簡単にいえばあなたたちの世界でいえば、RPGゲームのようなものなの。いえ、ほとんどそのものと言っていいわ。I.R.U.システム内で人生やり直すってことを人間が理解しやすいよう、あえて寄せて創ったのだから。つまりあなたがI.R.U.システム内でどれだけ成長出来るかをわたしが見させてもらうの」
ま、マジか。俺もう35歳なんだけど、入った瞬間死ぬんじゃね?
「それは安心していいわ。スタートのステータスは決まってるから。大体10代後半ぐらいの肉体で召喚……あっー!」
突然シーラーが俺を指差して叫んだ。
「え、何?」
「…………肉体変換しないで、そのまま召喚しちゃった……てへ」
な、なんですとーーー!
「ま、まああなたの場合イレギュラーが起きたから。その代わりちょっとサービスしておくわ」
だ、大丈夫か、この女神様。
「で、借金は何の関係が?」
「ふ、ふ、ふ。そこがこのI.R.U.システムの夢があるところよ。なーんとあなたがこのシステム内で獲得したもの、わたしがGOODの判断をした場合はもれなくお持ち帰りOKなの!」
「嘘!え、本当に⁉︎マジで⁈」
「とは言ってもあなたがたが使うお金というやつに換算するんだけどね」
いやいや、十分でしょ。俺の借金なんてたかだか300万程度。RPGゲームを想定した世界なら、それぐらいの価値のもの集めるなんて楽勝じゃないのか?
「ただし、帰れるのは……」
「あなたがGOODの判断をしたとき……か」
「じゃあそういうことで、いってらっしゃーーい」
え?なに?もう説明終わり?
「わたしがGOODの判断出来るようがんばってねー」
嘘?もう行くの?って何処へ?何すればいいの?ちょっと雑過ぎじゃなーーあああぁぁ
と俺は再び意識を失った。
薄れゆく意識の中で、シーラーからの最後の言葉が俺の頭に響き渡った。
「あー、言い忘れてたけど、期限は一年だけだから!」
先に言ってよーーぉぉぉぉぉぉ!!