以外な試練
「いいんですか、シーラー様?システムの書き換えはあまりなさらない方が……」
「分かっている。だが、私たちには時間がないのだ。現実的に考えればリュウがラストチャンスかもしれんのだぞ」
条件に合った人間をI.R.U.システムに送り込むだけなら、まだ数百人ぐらいは送れるだろう。だが、これまで数万人を送り込できたが、リュウのようなケースは今までになかったのだ。
「では、やはり?」
「ああ。彼が初めてGOODの判定を貰えるかもしれん……」
ーーーーそうなれば
シーラーはゼウスとの契約を果たす事が出来るだろう。
「しかし、あまり干渉し過ぎますと、ゼウス様との契約自体が破棄されてしまうのではありませんか?」
「だから分かっていると言っている!だが、お前とて私と一連托生だという事は忘れるな、バーツ。ゼウス様との契約に失敗すれば…………」
シーラーの使いであるバーツも、ゼウスとの契約が果たせなければ、無論たどる末路は同じことなのだ。
「それにもし彼がそうだったとすれば、多少のことは見過ごしてくれるはずだ」
「それなら良いのですが……私はゼウス様のあのお言葉が、リュウをさしている事を願わずにはいられません」
「ゼウス様のお言葉か…………」
ーーーー悪ではない、だが闇に染まる者
その闇に光差す時、汝の世界に歪みが生まれ
在りし日に帰る者、汝を救うーーーー
確かにリュウに当てはまる気はする。
頭の中でこの言葉を繰り返せば繰り返すほどそう感じる部分はある。だが、言葉そのものは単純であり、それだけに曖昧だ。
リュウの事かもしれないし、違うかもしれない。しかしシーラーには時間がなかった。
これまで送り込んだ数万人という人間は、誰一人ゼウスからGOODの判定を受ける事はなかったが、シーラーの判定基準を満たしていれば約束は守ってきた。
彼女にとってはどうでもいい事だが、彼らがシステム内で獲得したものは、彼らの金に換算して持たせ、そして現世へと還してやった。
それを数百年と繰り返す内、いつの間にか人間を救済する女神というのがすっかり板についてしまったが、まもなく契約期限の千年目を迎える。
シーラーの判定基準すら満たさなかったダンという男を、あの魔族に挑むよう仕組むのもかなり危険な賭けだった。
だが、シーラーは多少の危険を犯してでも、リュウを目覚めさせる必要があるのだ。
だが、彼がもし違ったらーーーー?
シーラーは頭を振ってその考えを払いのけた。もう、後には引けないのだ。
「リュウ、頼んだわよ」
彼女が見下ろすその瞳には、I.R.U.システム内で始まりの村に戻っていく俺の姿が写っていた。
そう、俺は始まりの村に戻ってきていた。北にはあの悪魔がいる。このシステムの作りにはますます疑念が生まれてきたが、あの先に向かう勇気は今の俺にはない。
確かここから西に向かうルートもあったはずだ。まずはそっちに向かい伝説の情報を仕入れていくしかないだろう。
「確か西に向かうと何とかいう丘があるって誰かが言ってたんだよな。それを越えれば村があるような……」
二週間以上前の記憶だが、確かに聞いた覚えがある。
「そうだ!」
俺はふと思い出し、あの家族の元へ向かった。
「エリザ!」
「リュウ!⁉︎あなた、無事だったのね!」
「ああ、親父さんはどうだ?良くなったのか?」
そう、俺が初めてクリアしたミッションで関わった三人家族だ。確か弟はジルバとかいう名前だった。そして彼女たちの親父さんがヴェールの街が壊滅した事を教えてくれたのだ。
「ええ、あなたのおかげですっかりね。それで、ヴェールという街はどうだったの?」
「あ、ああ。やっぱり親父さんの言う通り、壊滅させられていたよ」
「…………そう、なんだか怖いわね。ここもそれほど離れているわけじゃないし」
俺は簡単に事情を説明し、今の所はヴェールを壊滅させた奴に関しては大丈夫だと伝えた。
「そう、なら安心ね。でもあなたでも倒せないなんて、よっぽど恐ろしい魔物なのね」
「ああ、それでちょっと遠回りになるが、奴に対抗できる何かがないか探しに行くつもりなんだ」
「あら、また旅に出てしまうの?」
エリザは心なしか寂しげな表情を見せた。それは俺がこれまで気にした事のなかった感情を、心の奥底にふと湧き上がらせた。
ーーーーダメだ、ダメだ。
ここはシーラーが創り出した言わば仮想現実みたいなものだ。
彼女は実際には存在していないし、この表情もインプットされたものを引き出したに過ぎない。俺はその感情を無視し、話を続けた。
「ああ、だがその前にエリザの親父さんに話が聞きたくてな。ヴェールの事も知ってたし他に何かないかなって」
「そう、分かったわ。今呼んでくるわね」
そう言って奥に消えたエリザの後ろ姿は、またしても何か訴えかけるものがあった。
まさかとは思うが、あの娘俺に……。
可能性がないわけではない。俺もここへ来た当初より大分鍛えられたし、一応は主人公みたいなものだ。
だかなぁ…………。
そうは言っても三十五歳だもんなぁ。それにひきかえエリザはまだ確実に十代だ。チクショー、シーラーの奴が召喚にさえ失敗しなければなぁ。
いやいや、そういう事じゃないな。俺には帰るべき場所がある。そこには妻も子供もいるのだ。第一、異世界の住人と結ばれた所で、一年後にはお別れなのだ。
「それに……ただの勘違いだったら、余りにもカッコ悪いしな」
俺は邪念を振り払うように、両手で頬をピシャリと叩いた。
「おお、リュウどの。話はエリザから聞きましたぞ。それで、聞きたい事とは?」
俺はエリザが運んでくれた飲み物で喉を潤し、あの伝説について何か聞いた事がないか親父さんに尋ねた。
「はあ、伝説の剣ですか……?いや、聞いた事ありませんな。そんなものが存在するとは……まあヴェールを壊滅させるような魔物がいるくらいですからな、どこかにあるのやもしれませんが」
「ごめんなさい、何のお役にも立てなくて」
「いや、いいんだ。じゃあ俺はもう行くよ。ジルバにもよろしく言っといてくれ」
「残念ですな。お役には立てなかったが、リュウどのがここにいてくだされば、エリザを嫁にしてもらいたいとも思ったのだがね」
ーーーーブッ!ーーーー
俺は最後に口に含んだ飲み物を吹き出してしまった。
「や、やだ父さんったら!急にそんな事……リュウも驚いてしまっているじゃない!」
というエリザもやはり満更でもなさそうだ。
はっきり言ってこの展開はツライ!今まで気にしてこなかったのは、ここが現世ではないという割り切りと、三十五歳の俺にこういうシチュが来る事はないという決めつけだ。
それにエリザもジルバも、この世界の住人の若者は大体現実離れした美形なのだ。それが逆にここが仮想現実であると冷静に見れた部分だったのだが……。
こういう展開になると、その美形が恐ろしいほどの魅力に変わってしまう。
「…………………………す、すまない。俺にはやらなければならん事が、山ほどあるのに時間がないんだ。それにヴェールの悪魔みたいな奴がいるから、いつまで生きていられるかも分からんしな」
俺は何とか言葉を絞り出し、足早に彼らの家を後にした。エリザが追って来る事はない。そこまで能動的な行動はできないはずだ。結局はI.R.U.システムが創り出した、仮想現実の存在に過ぎないのだから。
しかし惜しい。
多少の寄り道ぐらいならーーーー
いや、いかんぞ。
俺は現世に帰るために、ここでの行動を判定される身なのだ。妻も子供もありながら、そんな寄り道は一番ダメなやつに決まってる!
俺はこれ以上考えないよう、急いで村を後にし何とかいう丘に向かった。