本当の始まり⁈
「よ、よお。戻ったぜ、ハードラーさん」
「おお、よく戻ってくれた!」
これが、ハードラーさんが俺を見て、開口一番発した言葉だった。俺はこのI.R.U.システムが完全なるゲーム世界ではない事に感謝した。これがただのゲームだったら、おそらくまずはあの悪魔を倒せたか聞いてきたはずだ。だが、彼らは接した時間や中身で、対応が確実に変わる。彼らのためにヴェールに赴いた俺をハードラーさんは気遣ってくれているのだ。
「ああ、戻ったよ。だがあいつは…………」
「そうか、ダメだったか」
ーーーーいつか必ず!
俺はそう口にしかけたが、言葉に出来なかった。
ーーーー確信が持てない。あの悪魔は何かが違う。レベル云々という話ではない。何か次元の違う力を得ない事には、戦いを挑むことは無謀に感じた。
「もしかしたら、俺には無理かもしれない」
俺は悪魔を見た感想を正直にハードラーさんに告げた。
「そ、そうか……。それは残念じゃな。だがお前さんが命を張る必要はないんじゃからな。生きて戻っただけでも良しとしようじゃないか」
「すまないな、ハードラーさん。それから今日はもう疲れたから寝かせてもらってもいいかな?」
俺は10ルピーを支払い鍵を受け取ると、食事も取らず部屋に向かった。
「ふーーーー」
ベッドに腰掛け一心地つくと、俺は今日の事を振り返ってみた。
ヴェールに向かう途中、突然現れたダンと名乗る男。I.R.U.システムの別空間で過ごし、彼はまもなく一年を向かえるようだった。そこへシーラーが現れ、いきなり別空間であるヴェール近郊に連れてこられたと言っていた。それはタイミング的に考えれば、間違いなく俺と引き合わせるためだろう。
彼の見解ではあのヴェールの悪魔が、ダンにとっての最後のミッション、裏ボスなのではないかと考え、彼は奴に挑んだ。
ーーーーだが、結果は残酷なものだった。
ダンはあっけなくあの悪魔に喰われてしまったのだ。レベル75まで鍛え上げ、その動きは今の俺からすれば圧倒的なものだったにもかかわらず、だ。
だが結果的にはそのおかげで俺は救われたとも言える。確かに嫌な空気は感じていたが、彼がいなかったら奴に挑むのを踏みとどまっていたかは分からないのだ。
謎は深まるばかりだ。あの悪魔とダンの会話が聞こえていれば、少しはヒントになったのかもしれないが。
やつは一体何者なのか?
それにーーーー
「そうだ、この剣ーーーー。あの時何かおかしな感じだったな」
シーラーがバグでハンデが出来た俺にサービスと言って用意したもの。軽量化の魔法がかかっているとは言っていたが、それだけではなさそうだ。
俺は剣を抜き、刀身を端から眺めてみたが、特に変わった様子はない。
柄に仕掛けがあるわけでもないし、ウインドウで攻撃力を確認しても、それほど突出しているとは思えない。
だが、何かあるはずだ。もし、これより攻撃力が上回る武器を手に入れても、処分しない方がいいだろう。
いくつか分かった事もあるが、それ以上に分からない事が増えた。
「俺はこれからどうすべきなんだ?」
ここまでが限界だった。襲ってきた睡魔に対抗できず、俺は眠りについてしまった。
朝ーーーー
タータラー、タララッタタララー!!
『リュウはレベルが上がった。
体力が3上がった、素早さが3上がった、魔力が2上がった、HPが8上がった、MPが2上がった』
レベルアップしたか……。だが、俺はこれまでのような嬉しさが込み上げる事はなかった。どれだけレベルを上げれば、あの悪魔に対抗出来るというのか?
奴の存在をどう捉えるべきか、俺の中で整理がつかないのだ。
俺は不安を抱えたまま、下に降りた。
「ーーーー?」
食堂には村の入口で悪魔を監視しているラザルじいさんが飯を食っていた。始めにこの村を案内してくれた、あのじいさんだ。
やはりあの悪魔がどうなったのか、気になるのだろう。だが、俺から話しかけない限り、会話する事は出来ない。それがこのシステムの住人に課せられたルールだ。
俺はハードラーさんに朝食を頼み、ラザルじいさんから少し離れたところに座った。
彼がこの村で一番悪魔の存在を恐れていた。
おそらく村の入口に家があるから、いつあの悪魔が襲ってくるともしれない恐怖と戦ってきたのだろう。
「ラザルさん……」
「倒せなかったらしいの。リュウとやら」
「ああ、あれは……、俺が考えていたようなやつとは違かった。今の俺では、何の役にも立てそうもない」
「仕方ないの。だが、わしらはずっと待ち続けてきたんじゃ。あんたならいつかは……」
いや、ダメなんだ!あいつは……。
「…………そうだな。何か特別な力が手に出来れば、もしかしたら……」
俺は否定の言葉を飲み込み、少しでも希望が持てる言葉をかけた。
どちらにしろ彼らは俺がどうにかしない限り、待ち続ける運命なのだ。それならば絶望の中で待つよりは、少しでも希望がある方がいい。
「特別な……力、か……」
「何だい?何か聞いた事があるのか?」
「うむ、確かこの世界に広く伝わる伝説があっての。詳しくは覚えておらんのじゃが、ある剣にまつわる伝説じゃった……」
シナリオが進んだ?
俺はラザルじいさんの話でますます混乱した。やはりあの悪魔はこのシステムの一部なのか?ラザルじいさんの話はやつを倒すための伝説って事なのか?
「ハードラーさんはこの話、知ってるのか?」
「ああ、そりゃあ伝説というぐらいじゃからな。聞いた事ぐらいはあるが、この辺りじゃ信じとるものは誰もおらんよ。間近であの悪魔の存在を感じとるわしらは、絵空事のような話に希望を見出す事に疲れてしまったんじゃよ」
確かにそうかもしれない。
伝説など大抵は紛い物で、何かを期待するほうが間違っている。
だが、ここはRPGを模したシステム内だ。伝説はむしろ真実である可能性の方が高いのではなかろうか?
とにかく新しい情報が出てきた以上、俺はそれにすがるしかない。
大体ひと昔前のRPGといえば、一つの伝説を解き明かしていくのは定番だった。
もしかしたら、俺の冒険はあの悪魔に出会い、この伝説を知る事で初めて本当の意味でスタートするのかもしれない。
確信はないが奴の存在を俺の中で整理がつく
何かを持たなければ、先に進むモチベーションが保てない。
「俺、その伝説を探ってみるよ。もしかしたらあいつを倒せる武器の伝説かもしれない」
「…………」
ラザルじいさんもハードラーさんも何も言わなかった。もしかしたら俺がそのまま帰ってこないかもしれないと思ったのだろう。
彼らは伝説など信じていないのだから。
「俺を信じてくれなんて、軽い事は言えないから……、待つ必要はない。いつになるかもわからないしな。だけど、可能性がある以上、俺はそれにかけてみる」
「分かった……、元々何の希望も持てなかったんじゃからな。お主を信じて待つ事にするわい。さっき言った様に、わしらは待つ事には慣れとるからの」
俺はラザルじいさんの言葉を背に、サガンの村を後にした。
これからが本当の始まりだ。
伝説に挑む事が正解なのかは分からない。だが分からない事が多すぎるのだから、道筋が見えた方に行くしかないのだ。
ーーーー俺には一年しかないのだから。