女神の陰謀
「シーラー様。あのダンという男、捨て駒にするおつもりで?」
「仕方ないさ、レベル75であの程度ではな。それに……大魔王を倒しさえすればGOODの判断をされると思っているのだから、浅はかすぎるとは思わぬか?」
シーラーは俺と話していた時とはまるで違う、まさしく女神らしい語り口調だった。
「確かにそうですな。ではやはりリュウはもしかしたら、と?」
「可能性はある。だからあの剣を渡したのだ。彼ならあの剣の真の力を目覚めさせるやも知れぬ」
「ーーーーでは、やはりあのバグが起きたのは偶然ではなかったと?」
「ゼウス様のお話を鵜呑みにするわけではないがな。まさか人間があの力を手にするとは、私ですらいまだに半信半疑なのだ」
「あのお方も何を考えておられるのか、計りかねますからな」
「まあ、これでリュウが奴に挑むことは万が一にもあるまい。ダンがあの魔族を打ち倒すこともないだろうがな」
そういうと、二つの影はまたしても更に遥か上空へと消えていった。
「いたぞ!あいつだろ?誰かに閉じ込められた間抜けな魔族ってのは」
街は破壊し尽くされ、あらゆる建物が崩壊していたことで、中心部にいた悪魔が入り口からも確認出来た。幸い向こうはこちらに気がついていないようだ。
「で?あいつのモンスターレベルはどうなんだ?」
ダンは相手のモンスターレベルを視る技能を身につけていると言っていた。俺の感覚ではこの辺のモンスターとは格が違うように感じていた。
「今から視るよ。……ん?……あれ?」
「ど、どうした?」
俺はダンが開いたウインドウを覗いてみた。
ーーーーそこには
モンスターレベル
???
と表示されていた。
「なんだ、どういう事だ?」
「こ、これは大魔王の時と同じ表示だ。つまりこいつはシナリオボスじゃないって事だろうな」
「こ、この世界のラスボスって事か?こんなところに⁉︎」
まさか⁉︎そんな事があり得るのか?始まりの村から簡単に来られる所なんだぞ、ここは。
「いや、多分違うな。それならばシーラーが俺をわざわざここに導くはずがない。おそらくこいつは…………、俺に対しての裏ボスだと思うんだが、どうかな?」
た、確かに。それが一番筋が通っているような気がする。だがなぜダンの裏ボスを俺の世界に作ったんだ?
「あの女神、元々いい加減な所があっただろ?」
俺の疑問に、ダンは一番納得のいく答えを出した。それは間違いなく俺もずっと感じていた事だ。
「どちらにしろ今のあんたにどうこう出来る相手じゃないようだ」
「………………」
「何だ?あんたがやるつもりか?」
「……い、いや。それは無理だろう」
おそらくこいつはダンの言うように、俺の世界のモンスターではないだろう。
しかし、ダンの世界の裏ボスというのも、まだ確信が持てない。だからと言って自分の獲物を彼に取られるのが嫌だというわけではなく、何かが引っかかるのだ。
「……あんたが行くと言うなら、俺は止めるつもりはない。もしこれがあんたの言う通り裏ボスだとしたら、あんたがシーラーからGOODの判定を受けるのに必要なのかもしれないからな。だが…………」
「……だが、なんだ?」
この嫌な空気がこの男には感じられないのか?それともレベルの差があるからか?俺もレベルが上がれば、この魔族にこれほどの脅威は感じないのだろうか?
だが、何か違うのだ。
なぜかは分からんが、相手の強さとは違う何か醜悪な気配。
そしておぞましさだ。
だが彼は感じないようだから、言っても無駄なのかもしれない。
「じゃあ、悪いが俺は行かせてもらうぜ。やつを倒しても、まだこの世界にいるようならまた後で会おう。だが、多分俺の世界に戻っちまうと思うがな」
そう言ってダンはヴェールの街に足を踏み入れた。
一瞬ヴェールを包む結界に歪みが生じた。
ヴィィィィーーーーーーン‼︎‼︎
その時、俺の腰に差さった剣が激しく振動し、聞いた事もない共鳴音を放った。
「な、何だ⁉︎俺の剣が鳴っているのか⁉︎」
すでに中に入ってしまったダンには聞こえていないようだ。だが、魔族のほうには聞こえたようで、ダンの存在に気がついた。
「@&¥!&@¥?&!?!&@¥!」
中で魔族が何か叫んでいるようだが、結界が閉じてしまったからなのか、俺には聞こえない。
「&;@"!¥/:@&¥!?」
ダンも何か言い返している。
「な、何なんだ?あいつは……」
やはり何かがおかしい。
しかし結界が閉じ、俺の剣も今は何事もなかったように静まり返っている。
もうすぐダンの間合いに魔族が入る。レベル75ならば、勝てない相手などいないはずだ。
だが、俺は何故かダンが勝てないと分かった。
「何だ、また性懲りも無くシーラーが人間を送りこんできやがったか⁉︎」
魔族がダンに向かって叫んだ。
「な、何だ⁉︎貴様シーラーを知っているのか⁉︎」
「当たり前だ。やつは俺様をここに閉じ込めやがったクソ女神だからな。だがやつに俺を倒す力はない。だからヤケクソになって人間を送り込んでいるんだろ?まあ殺されに行くのにやつがそれをお前に言うわけはないか」
そう言って魔族は高笑いした。しかしダンも負けてはいなかった。
「はっ!なかなか凝った演出だな。流石は裏ボスだけのことはある。だが俺は今までの奴らとはちょっと違うぜ!ここまでレベルを上げたやつはそうはいまい」
「…………何を言ってやがる。人間ごときが俺様をどうにか出来ると本気で思ってやがるのか?」
「へ、表の大魔王だって大したことはなかったんだぜ?結界から出られないようなマヌケ野郎が大口叩きやがって!」
「大魔王……だと?……クックックッ、あんなものが本当に魔界の王だと?」
「な、何がおかしい⁉︎」
「まだ分からんのか?貴様、よほどの阿呆だな。説明するのも面倒だ、貴様でも多少は腹の足しにはなる。もう死んでしまえ!」
俺には彼らの会話は全く聞こえなかった。しかし、ダンの表情がみるみる青ざめていくのだけは見て取れた。
そして、二人が間合いに入ったーーーー
決着は一瞬だった。ダンの振るった剣は虚しく空を切り、魔族はあっという間に彼の背後に回っていた。
魔族の姿は更に異形のものとなり、大きく開かれた顎がダンを一瞬で飲み込んだ。
「…………‼︎‼︎‼︎…………」
俺は声を出すこともできず、その場から逃げだしていた。無我夢中で走り、気がつけばサガンの村が見えてきていた。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
な、何なんだ⁉︎あいつは?
あれは絶対にこの世界のモンスターじゃない。レベル75のダンが一瞬でやられ、しかも食われちまった!
だが、俺の予感は当たっていた。あいつは何かおかしかった。やはりそれに気がつかなかったダンが馬鹿だったのだ。
「あ、あれはほっとくしかない。もしかしたらバグが何か関係しているのかもしれん」
今すぐにでもシーラーに問いただしたい気分だったが、幸いやつは結界から出てこられないのだ。
それに、もしかしたら危機管理能力をためしているのかもしれないとも俺は考えた。
結局なにも解決出来なかったが、これは仕方がない。ハードラーさんはがっかりするだろうなと、俺は肩を落として宿屋に向かった。