レベル75の戦士
俺がこのI.R.Uシステムとかいう異世界に降り立って、早二週間あまりが過ぎた。
正直ほとんど説明もなく、なんのチートもなく、むしろ不利なバグの影響を受けた中で、よく生き残れたもんだと感心していたが、実はそうでもないのかもしれない。
このシステムは俺のようなクズ人間に、最後のチャンスを与える場である上に、RPGを模して創られた世界だ。
大体RPGの主要な人物というのは、当然だが現実の世界にいたら完全な化物だ。
特に高レベルになればなるほど、人間離れした技能を身につけていく。
そう考えると、ここまでの流れを見ればおれが主役なのは間違いないだろう。という事はレベルを上げれば、尋常ではない強さを手に入れる事が出来るはずだ。
そして攻略法さえ間違えなければ、主役に都合のいい物語になっているのが、本来のRPGの在り方というものだろう。
まあどうやってもバッドエンドになるシナリオもあるかもしれんが、大筋は問題あるまい。
今の俺でもすでに現世に帰れば最強クラスの人間だろうし、このシステム内でも一般人に負けることはないはずだ。
まあシーラーの判定があるから、この力を悪用するつもりはないがな。
つまりRPGの主役になった時点で、チートなど求める必要もないくらいこの世界では恵まれた存在なのだ。
「まあ、サクッとこのヴェール奪還イベントのボスキャラってヤツをぶっ倒して、気分良く英雄譚に浸らせてもらうとするか」
どんどんシナリオを進めて、レベルアップさせない事には、一年以内に希望額を集めるのも難しくなるかもしれないしな。
しかしこれがかなり甘い考えであったと、俺はまもなく知る事になる。
ヴェールへ向かう道中は割と楽なものだった。モンスターレベルもさして変わらず、防御力の上がった今、ほとんどダメージを負う事もなかった。
「これならヴェールのボスキャラってのも大した事はなさそうだな」
俺はかなり気楽に構えていたが、それが大間違いだったのだ。
ようやくヴェールの街が見えてきた頃、俺は初めてフィールドで人間に出会った。
人型のモンスターかと思ったが、近づいてみると紛れもなく人のようだった。そしてそいつは先に俺に気がついていたらしく、声をかけてきた。
「よお、お前もか?」
突然そう切り出され、俺はお前もヴェールに行くのかという意味に捉えて頷いた。
しかし、彼の言葉の意図は全く別のところにあったのだ。
「俺の名前はダン。まあこの世界での名前だから本当は違うが、まああんたと現世で会う事はないだろうからこの名前でいいだろう?」
「………⁉︎」
そう、お前もかというのは、お前もこの世界に召喚されたのか、という意味だったのだ。
「あ、あんたもシーラーに?」
「ああ、俺はもうすぐ一年になるから、あんたと会うのはこれが最初で最後になっちまうだろうがな?しかし今まで長い事この世界にいるが、召喚された人間とは初めて会うよ」
この事実は俺に衝撃を与えるのに十分な出来事だった。俺のための世界であり、俺に合わせたシナリオが組まれていると思っていたが、召喚された者が他にもいるとなれば話は変わってくる。だが、トレドールの兵士は俺を知っていた。何かおかしい。
「ダン、と言ったな。あんた、ここで何をしているんだ?」
「あ、ああ。それがよく分からないんだ。シーラーに最後のミッションだと言われてな。気がついたらここに飛ばされていたのさ」
何?シーラーからの直接のミッションだと?
終了間際だから特別なのか?
「じゃ、じゃあここがどこかも分かってないのか?」
「ああ、どうやら俺が過ごしていたところとは別の空間のようだな。俺は自分のいた世界はほとんど回り尽くしたが、こんなところはなかったような……」
シーラーがこの男を俺の世界に送ったのか?
「で、何をするように言われたんだ?」
「いや、何も言われてないんだ。だからあんたと会うのが、彼女の狙いだったと今は考えているがな」
確かにそうだ。場所といい、時間といい、タイミングが合いすぎている。俺に会うように導いたとしか考えられん。
「あんたのほうは何を?」
俺はこれまでの経緯をかいつまんで説明し、これからヴェールのボスを倒しに行く事をつげた。
「なるほど、魔族か。なかなか厄介だな。あんたまだ10レベルなんだろ?まあ序盤のボスなら倒せるのかもしれんが、もしかしたら道順を間違えたかもしれんな。俺の世界じゃ魔族系は後半にしか出てこなかったし、かなり強敵だったぞ」
「そ、そうなのか?だがここは俺がスタートした村からさほど離れていないんだがな」
「俺のいた世界とは違うかもしれんが、モンスターの内容は同じだと思うんだかな。あんたと会う少し前に、エンカウントがあったが見たことあるやつだったし」
「そう……か。じゃあまだ俺には早いって事か?あんたはそれを知らせるために召喚されたのかな?」
「いや、そこまでは分からんな。とりあえず一緒にそのヴェールってとこに行ってみるか?一応俺の技能も使えるみたいだし、あんたが戦えるか確認してみるよ」
おお、そんな便利な技能があるのか。だったら一応見るだけでも行ってみるか。もし倒せるのなら、二度手間にならなくていいしな。
俺はダンを引き連れ、ヴェールに向かう事にした。途中の戦闘は俺のレベルアップのためとダンは参加しなかった。
が、すぐそばにいたため一度だけモンスターが攻撃を仕掛けた時に、彼の強さを見せつけられた。
いや、正しくはほとんど見えなかった。
「さ、流石だな。ちなみにあんたレベルは?」
「俺か?今75だな。俺の世界の大魔王とか言うのは60で倒せたんだけどな。金を集めるのに戦ってたから、こんなに上がっちまったのさ」
そ、そうだ!金か!
「あ、あんたのとこも単位はルピーか?」
「ここも同じなのか?あんたももう知ってるだろうが、換金率ひどいよな?」
ダンは苦笑いしながらそう言った。
「それで?一年でどれくらい集まった?」
「おいおい、それは言ってはいけないとシーラーに言われてないのか?」
い、言われてないぞ。あの女神そんな大事な事を。
「いや、俺はちょっと事情があって、所々大事な説明を受けてないんだ」
「へえ、そうなのか。とにかくそれはだれにも言わない方がいいぜ。もし、現世に帰ってもすぐに借金の返済に充てて、そのあとは忘れるようにって言われたからな」
記憶を消すわけじゃないのか。やはりザツな女神だな、シーラーってのは。
「あれがヴェールか?」
そうこうしている間に、崩れた外壁に囲まれ、ボロボロになったヴェールの街が先の方に見えてきた。
「そ、そうみたいだな。思った以上に酷い有様だな」
誰がやったかは分からないが、街を覆いつくすように結界を張っているらしい。それでヴェールのボスはそこから出られなくなっているという。まだ本体は見えないが、確かにおぞましい気配を感じる。
「す、凄い邪悪な気を感じるな」
俺は隣を歩くダンに話しかけたが、彼はあまり気にならないようだった。流石にレベル75もあれば、この程度は大した事ないのか。
「もう少し近づかないと、相手のレベルがわからんな」
そう言ってダンは無造作に街に近づいていく。だが、はっきり言って俺はダンに調べてもらわなくても、出直すしかないと感じていた。それほど醜悪な気が流れ込んできていた。
「お、おい、ダン。あまり近づくなよ」
「大丈夫だって、俺はレベル75だぜ?もう最終ボスだって倒してるんだ。それより強い奴がいるわけはないだろ?」
確かにそのはずなんだが、なぜか俺は言い知れぬ不安に怯えていた。
そのとき、またも彼方上空から、俺たちに二つの視線が注がれていた。
そう、それは救済の女神シーラーとそれに仕えるバーツとかいう気味の悪い召使いの二人であった。