老人の村 サガン
しかし妙だな。
俺は肉体変換に失敗してこの世界に送り込まれたはずだ。
ということは本来この世界に在るべき姿ではないということだ。なのになぜ目の前の兵士は俺がリュウだと分かったのだ?
まあ外から人が来たらそう答えるよう、インプットされているんだろう。
ならばーーーー
「あんた、何故俺がリュウだと?」
「え?そりゃお前、全然変わって…………⁉︎…………あれ⁇⁇」
まあそうなるだろうな。彼の頭にどんなリュウの姿がインプットされているかは知らんが、それが俺と重なることはない。
「まあいい、確かに俺の名はリュウだ。しかしあんたが知っているリュウとは大分違うんだ。ここでの記憶もないし、姿も変わってしまった」
「どういうことだ⁉︎貴様まさか……⁉︎」
あ、ヤバイ。ちょっと話の持っていきかたを間違えたか?
「言っておくがヴェールを壊滅させた奴とは関係ないぞ」
「…………本当か?」
「証拠は何も見せられないが、信じてもらうしかない。俺に残っている記憶はアザラス地方出身で、リュウという名前だけなんだからな。姿は違うがそういう奴がいたことは間違いないんだろ?」
「ああ、五年前まで俺はヴェールを警護していたんだ。その時十二歳だったリュウという少年もその街に住んでいた。そして今から三年前、まるで悪魔のような奴が、突然ヴェールの街に襲いかかったのだ。わたしも最後まで抵抗したのだが、竜巻のような魔法に巻き込まれ街の外に飛ばされた。幸い鎧兜のおかげで命だけは助かったが、もはや戦う気力は失せてしまっていた」
「なるほど。その時リュウはどうなった?」
「彼もわたしのように竜巻で飛ばされたよ。だから生きていたとしても、無事で済むとは思わなかった。だからあんたが記憶を失ったというのは理解できる。しかし何故、姿まで変わってしまったんだ?」
ふむ、そういうことか。上手くストーリーはつながっているようだな。シーラーが肉体変換さえ失敗しなければ、ただ記憶を失っただけですんなりこの村で受け入れられたはずだ。しかし姿まで変わってしまってはそう簡単には行くまい。実際、彼の俺を見る目は完全に信用していない目だ。
しかし竜巻で飛ばされてから三年も俺は何をしていたんだ?
どこに飛ばされたかも謎だし、始まりの村がそれから三年後にしては近すぎるだろ。
まあ大まかな作りが雑なのはもう慣れたがな。もしかしたらそうせざるを得ない事情があったのかもしれん。
それよりも目の前のこいつをどうにかする方が先決だ。
「さて、どうしたら信用してもらえるかな?」
「む……。悪いが、今のままでは村に入れるわけには行かない。何かあんたがリュウだと証明できるものが必要だ」
だろうな。しかしそんなものあるか?バグのせいで自分を証明する必要性が生まれたのに、そんなアイテムが存在するとは思えない。
シーラーの手で修正がかかっていればいいんだが、それも期待しないほうがよさそうだ。
……出直すか。
まだもう一つ村があるしな。ただあっちはヴェールから近い分危険は大きいが……。
「分かった、今回は出直すことにするよ。だが一つだけ教えてくれ」
「なんだ?」
「ヴェールの現状だ。今どうなってる?」
「ああ、あそこには近づかんほうがいい。今も奴が暴れているからな。中に入ることは出来んだろう」
「ま、まだいるのか⁉︎もう三年だろ?なぜ他の村は無事なんだ?」
「あの時、誰の仕業か分からんが、街全体に強力な結界が張られたようなのだ。それであの悪魔はヴェールに閉じ込められたんだ」
なるほど、そういうことか。そいつがヴェールから出れない以上は、怪しい奴がいれば仲間を呼んだと勘ぐりたくもなるな。
ならば方法は一つしかあるまい。
「じゃあ俺がそいつを倒してきたら、リュウだと……いや、少なくとも怪しい奴ではないと信用してくれるか?」
「な⁉︎奴を……倒す⁉︎…………そ、それなら信用しよう。だが、倒せるのか?」
「分からん。だからとりあえず見に行ってくる。奴は街から出られないんだろ?」
「あ、ああ。わたしも一度見に行ったが、あの結界は奴には破れんようだ」
ふむ、ならば時間は気にしなくてよさそうだな。サガンとかいう村にも寄って、そこに入れるようなら、そのまわりでしばらくレベルを上げればいけるだろう。
おそらくそいつはシナリオ前半の、ボス的存在だろうからな。まあ10レベルくらいまで上げればなんとかなるはずだ。
「じゃあ、また来るよ」
「あ、ああ。だが、期待はしないでおくぞ」
俺は来た道を戻り、立て札のある場所を今度は北に向かった。
エーーンカウーーント!!
おっと敵だ!ヴェールに近いほうだから、さすがにモンスターレベルも上がってくるか?
現れたのは…………
「二体か、見た事ない奴だな」
やはり新しいモンスターだ。ぱっと見はオオカミだが、牙が長く体も一回りデカイ。
「やるか」
俺は一体に狙いを定め、戦闘態勢をとる。相手は素早そうだ。ジリジリと間合いを詰め、射程に入ったところで一気にスピードを上げ斬りかかった。
ザンッ!
「む⁉︎」
初めて一撃で倒せなかった。これまで何度か避けられたことはあったが、攻撃が当たって死ななかったのは初めてだ。やはりモンスターレベルが上がってきた。
「くっ!」
敵から牙と爪の攻撃が飛んできた。
攻撃を受けてもHPが減るだけなのはいいんだが、相手もそれは同じなんだよな。傷がないから俺が攻撃したのがどっちだか分かんなくなったぞ。
「クソ、油断した。動きが早い相手の時はよく見ておかなきゃだめだな」
運に任せるしかないか。
「コッチだ!」
ガッ!
「ダメか⁉︎」
シャ!ガッ!俺は再び牙と爪の攻撃を食らった。
「や、ヤバイ。今のHPは見れないのか⁉︎」
ぶゔゔーーーん
不意に目の前にウインドウが開き、俺のステータスが表示された。
「なんだ、見れるのか。どれ、HPはMAXが35で今が10か……ってことは奴らの一撃は7か8ってトコだな」
俺は迷わず腰袋からポーションを取り出し飲み干した。ウインドウを見るとHPが最大値まで回復している。
「よし、勝ったな」
敵からの攻撃を受けきり、剣を振るう。
ボシュ!
ようやく一体が霧散して消えた。俺は冷静に次の攻撃を受け、剣を構える。
シャ!
得意の横一閃!二体目も断末魔の叫びを上げながら霧散していった。
「いやー、ヤバかったな」
俺はもう一つポーションを飲んで、HPを回復させた。今のは油断だった。最初に攻撃した方が分かっていれば、ここまで苦戦はしなかったのだ。
「だが、苦戦したおかげでステータスの見方が分かったな」
更に北に進むとサガンの村が見えてきた。
「はあ、はあ、はあ。マズイな」
ここまで更に三回の戦闘があり、俺はポーションを使い切ってしまった。まだ寝袋が一つあるが、もし村に入れなければ一度始まりの村に戻らなくてはならなくなる。
さすがにこのままヴェールに行くわけにもいかないし、レベル上げもままならないからだ。
「頼むぜ…………」
入り口までやって来たが、人の気配はない。どうやら入ることは出来そうだ。
しかしーーー
「誰もいないのか?」
周りを見渡しても人の気配がない。もしかしたら皆逃げ出してしまったのか?
しまった、トレドールの兵士にここの事も聞いとけばよかったな。
マズイのはここが廃墟だった場合だ。それだとエンカウントが起きる可能性がある。だからむやみに動けないのだ。
俺は一番近くの建物の扉に手をかけた。
ガチャ
ゆっくりと扉を開け、中の様子を伺う。近くには誰もいない。俺はなるべく音を立てないよう注意しながら奥へ進んだ。
奥にも部屋がある。
ガチャ
扉を少し開け、そーっと顔を覗かせる。
カサカサッ
「⁉︎」
何かいる?敵か?人か?
「おい、誰かいるのか⁉︎」
「ひぃぃぃぃぃ‼︎お助けくだされ!ここにはもう老人しかおりませぬ!」
見ると部屋の端で老夫婦が、毛布にくるまりガタガタと震えている。俺が外から入ってきたのを見ていたのか?
「おい、心配するな!俺は敵じゃない。助けに来たんだ」
「た、助けじゃと?」
「お、おじいさん!そんな事あるわけねえだ!出たらいかん!」
「暴れるつもりならもうとっくにやっている!ヴェールの惨状は知っているだろう?あいつはやってくるなり有無を言わさず街を破壊したはずだ!」
人を説得するのは骨が折れるな。だが俺も借金まみれになるまえは、サラリーマンも経験してきたのだ。喋りが不得手というわけでもない。
ここはなんとしても説き伏せ、レベルアップの拠点にさせてもらうぞ。
「ほ、本当に信用していいかの?」
「ああ、俺はヴェールの悪魔ってのも倒すつもりだ。そのためにはこの村に多少留まる必要がある」
「わ、分かった。だが、この村の若いもんは皆逃げ出してしまったから、大した協力は出来んぞ」
老人だけの村か……。まあよくあるパターンだな。まあいい、泊まるところとポーションさえあればなんとかなるだろう。
「いいさ、しばらく泊まるところがあれば。あとは道具屋ぐらいは残ってないのか?」
「うむ、わしが案内しよう」