神の声
ここはとあるビルの屋上ーーー
ーーー俺は覚悟を決めていた。
何の覚悟か?
こんな所で決める覚悟など、一つしかあるまい。
ーーーそう、自殺だ。
理由?
それも月並みなものだ。多額の借金である。と言っても俺はしがないサラリーマン。借りられる額はたかが知れている。もしかしたらそんな額で自殺なんてバカげている、と言われる程度の金額かもしれない。
いや、恐らくそうだろう。
もちろん俺だってたかが200や300万程度の借金だけで、ここまで追い詰められたわけじゃない。
理由はもう一つある。
ーーーギャンブル依存症。
この期に及んで言い訳をするわけではないが、これはれっきとした病気だという。
しかしーーー
ただ精神性が幼く、自己中心的でギャンブルが好きで仕方がないだけのただのバカだろ。
これが世間の評価だ。
なぜなら、ギャンブル依存症者は常人では考えられないほど、全てをギャンブル中心に行動するからだ。
しかし、その時には本人には自覚症状はないまま、すでにギャンブルに取り憑かれているのである。
俺がこの額の借金をしたのは、もう4回目か、5回目か。周りの人間を苦しめ、不幸にし、もう二度しないと誓った末に、今回の借金である。
だから選んだ。
自殺という最終手段をーーー。
遺書は書かなかった。本当はギャンブル依存症のこととか書きたかったが、家族にはギャンブルに狂って、頭がおかしくなって死んだとおもわれたほうが、後腐れがないと感じたからだ。
言い忘れたが、俺には妻も、子供もいるのである。すでに自殺でも保険が下りるし、今更病気だったなど、周囲は認めまい。
だから俺はギャンブルに狂った挙句、家族を捨て一人楽な道を選んだ卑怯な男として死んでいくのだ。
……こう考えると、大筋その通りだし。
俺はビルの柵を越え、さらに一歩踏み出した。もう一歩足を出せば、確実に落下し死亡する位置まで来た。
……こ、怖い。止めたい。家族、特に子供の顔が一気に頭の中を駆け巡る。
でもダメだ。俺には家族を幸せにできない。今回助かったとしても、また同じ事を繰り返すに決まっているのだ。
俺は意を決した。
「俺なんか、生きているほうがみんなを不幸にするんだーーー‼︎‼︎」
叫んで足を踏み出した。
もう後戻りはできない。
落ちてゆく。しかしもう間もなく意識を失うはずだ。飛び降り自殺は、その恐怖のあまり地面に激突する数秒の間に失神すると聞いている。だから痛みを伴わない自殺として、飛び降りが選ばれるのだろう。
ーーーしかし、
「なんでもう飛び降りてるの‼︎もう少しビルの屋上で悩んでるはずだったのに、予定と違いじゃなーーーーーい⁉︎」
と意味の分からない言葉が、唐突に頭に響き渡り、俺は失神する機会を失った。
地面が迫ってくる。
な、何なんだ⁈今の声?
い、いやだ、このまま落ちたら激痛の上、死んでいくのだ。俺は最期の最期まで苦しまなければいけないのか?
「も、もうダメ!」
また頭に響く謎の声。
それはこっちのセリフだ。もうダメだ。もう地面がそこにーーー。
ーーしかしその時。
尋常ではない強烈な光が、地面から俺に向かって弾けた。
そして俺は意識を失った。
そういうことか。飛び降り自殺で意識を失うのは、恐怖からじゃないんだ。神様がそう導いてくれていたんだ。頭に響く声も、それなら辻褄が合う。
危なかったが、ギリギリセーフだ。
俺は地面に激突する直前に、気を失う事が出来たのだ。
こうして俺はなんとか無事に自分の人生に幕を下ろしたーーー
ーーーはずだった。