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神様を繋ぐ団子

作者: 楔 名護


「お前、本当に大丈夫か?」

「平気だって。ちゃんとスマホで地図出しているし。何とかなるっしょ!」

「まぁ、お前がそう言うならいいけどよ……。俺も今すぐ寝るわけじゃねぇから、道わかんなくなったら連絡しろよ」

「おう。まぁ、連絡するようなこともないだろうけどな」

 俺は今年、大学に進学した。

 地元の大学を第一志望としていたが、見事に全滅。田舎の大学に進学することになってしまい、この春から一人暮らし。最初はなれない一人暮らしに翻弄されたり、地元とのギャップに苦しんだりしたが、今では友達もできそこそこ楽しい生活を送っている。

 そして今日、友人宅で遊んだあといつもは電車で帰る道のりを気分転換も兼ねて歩いて帰ることにした。

 自転車で数十分の距離だし、スマホもナビもあるということで俺は案外のんびりと構えていたのだが、夜遅くのこの時間帯では人のいない道が多いということで友人はやけに心配してくれていた。

 俺は内心で「女子じゃあるまいし」とありがたくも鬱陶しく思いながら、一人スマホ片手に帰路に着いた。

「なんだよ。改めて見たら道もほとんどまっすぐだし、迷いっこないじゃん」

 夜道で周りに民家も少ないということもあり、俺の口から独り言が漏れる。

 俺は再度スマホで道を確認し、道しるべとなりそうな比較的大きめな建物の名前をいくつか覚え、ポケットにスマホをしまい込んだ。

「うーん。こんな時間に一人ぶらぶらできるのも一人暮らしならではだよな。家にいたら絶対心配されるし、下手すれば電話かかってくるかもしれないし。そういう点、気楽でいいや」

 俺は時間もあるからぶらぶらと気になったところへと道を見失わない程度に足を延ばす。この辺は湯屋が有名らしく、今俺が歩いている道なりには古き良き時代の旅館街の趣が感じられる。

 しかし、自分の感覚ではそれほど遅い時間ではなくとも、この辺りではもう夜も深まっているせいか開いている店は多くない。仕事終わりのサラリーマンをターゲットとしている街中の店ではなく、観光客や昼間に時間を持て余した学生や主婦などをターゲットとしているせいもあるのかもしれない。

「どっちにしろ、思ったよりも暗いな」

 先ほどまでの悠々自適な気分も覚め、ふと意識してみると確かに暗い。街灯が少ないという理由もあるが、店明かりというのは意外と夜道を照らし出す重要な要因になっていたんだなとあたりを見渡すと思う。

 出発する際に友人が言っていた通り、人通りがほとんどない道の上に明かりも少ない夜道は、まだ一人暮らしを始めて日の浅い俺に心細さと郷愁の念を思い出させる。

 そんな中、一つだけ煌々と光を発している店があった。      

 俺は心細さも相まってまるで吸い寄せられるようにその店へと近づくと、それは団子屋だった。それも、おしゃれな感じではなく江戸を舞台にした時代劇を見ていると出てきそうなそんな趣深いといえば聞こえはいいが、ぶっちゃけていえば古臭い団子屋。

「へー」

 俺の地元はどちらかといえば都会に位置していたためこんな暗い道のりはもちろん、こういった団子屋も珍しい。

 値段を見ると、このご時世にやっていけるのかと疑問に思うぐらい安い値段で三色団子が売りに出されていた。

「……一本買おうかな」

 この程度の臨時出費ならばそこまで懐も痛まない。美味かったら今後も愛用すればいいし、まずかったらそれまで。

 買ってみようと思い、店の奥に声をかける。

「すみませーん!」

 ショーウィンドウは明るく照らし出され、シャッターも閉まっていなかったためにまだやっているとは思うのだが、売り子がいなかったので店の奥に向かって声をかける。

 すると、奥から気の良さそうなおばあさんが暖簾を払い出てきた。

「どうしましたか?」

 いかにも好々婆といった感じのその雰囲気に、俺も軽く笑みを浮かべながらショーウィンドウを指さす。

「この三色団子いただけますか?」

「はいよ。一本かい?」

「はい。お願いします」

 俺は団子を受け取りそれと引き換えに小銭を払うと、おばあさんは手を振って送り出してくれた。

「いい人そうな人だったな」

 俺は先ほどの一幕を思い出しながら、団子を一つ串から抜き取る。

「うん。うまい」

 予想以上の味に思わず声が出る。そうしていると、先ほど感じていた心細さも不思議と感じなくなっていることに気付いた。

「やっぱり人との触れ合いって大事なんだな……」

 俺は団子片手にしみじみとそんなことを思いながら再び散策を開始する。

 すると、しばらくも歩かないうちに俺の右側に奇妙に開いた空間があった。

「んん?」

 まるで、空いたはいいが誰からも欲しがられないために放置された空地のような場所。周りがびっしりと店で埋め尽くされているだけに、特に違和感を覚えるその空間。

 暗いために最初は何もないのかと思ったが、よくよく目を凝らすと、奥の方に鳥居が置かれている。さらに近寄ってみればその奥にはきちんと祠も設置されていた。

「この辺りの商業の神、みたいなものなのかな?」

 最初そう思ったが、考えてみればこの辺は店も多い。そんな商業の神様を祀っているならばこんな奥まった場所に祠を設置するだろうか?

「でも、鳥居も確りとした石造りの奴だし、狛犬もいる。それに……」

 その時、風が吹いた。

 俺が羽織っていた上着が風に煽られ、頭上で「ザァ……」と音がする。

 見上げると、長い年月をかけたであろうご神木だと思われる大樹から生えているわずかな木の葉が揺れていた。

「こんなにも大きいのに、上の方が無くなっている」

 腐ったのか、先が曲がり重さに耐えきれず折れたのかは分からないが、その木は完全な姿を保ってはいなかった。

 それは、立派な鳥居や狛犬の存在を加味してなお、この祠がこんな人気のない場所にある理由のような気がした。

 俺はそのご神木に触れる。夜の寒さのせいか、それとも見捨てられたものの寂しさゆえか、その木から掌に伝わってくるものはやけに冷たかった。

 俺は残った団子を全部食べると、串を適当にポケットに突っ込む。

 そして、祠と木に向かって手を合わせ深く、頭を下げた。

 まだこの地に来てから一か月も経っていない新参者なりの挨拶をしておこう、と俺は心中で言い訳(・・・)をする。

 しばらくそのまま頭を下げていると、再度風が吹いてきた。

「冷えてきたな。そろそろ帰るか」

 俺は頭を上げると風ではだけた服を整える。そして、もう一度ご神木を見ようと頭上を見上げ、固まった。

「何を殊勝な様子で願っているのかと思って出てきてみれば、なんと愚かな人間よ。我をその脆弱な身で案ずるというのか」

「な、なななな……」

「おまけに持ってきていた団子は自ら食べてしまってからに……。まったく嘆かわしいかぎりじゃ」

「お、おおおお……」

「さらになんじゃその間抜け面は。まるでわらわのことを認識しているかのようにこちらを指さしておるし。……ん? こちらを指さすとは? はて、もしかしておぬしわらわが見えておるのか?」

「見えているも何も、お前はいったい何者じゃ!!」

 俺は壊れたラジオ状態から復帰し、ようやく意味のある言葉をこの突然現れた少女に叩き付けた。

「な! 何者とは失敬な!」

 少女は先ほどまでなんか偉そうにご高説垂れていた口を曲げ怒っているが、俺から言わせてもらえば不審人物以外の何物でもない。というよりも、いつの間に現れたのかが不思議だった。今さっきまでここには俺しかいなかったのだ。頭を下げていた隙に木によじ登って腰かけたのだとすれば、さすがに木の葉や木の枝の軋みの音で気が付く。

 それに、少女の格好も一言でいえば奇妙なものだった。

 巫女さんのような格好に見えて、よく見ると違う。もっとこう、上手くは言い表せないが神聖な印象を受ける衣装を、見た目中学生くらいの少女が違和感なく着こなしているのだ。

 普通に考えれば家出少女か、共働きの両親を待ちくたびれて外で遊んでいる少女だろう。しかし、不可思議な衣装や現れ方、そして先ほど語っていた言葉がただの少女ではないかのような錯覚を抱かせる。

「それは錯覚ではないわい。わらわはただの少女などではないわ!」

「うわっ!」

 俺はいつの間にか俺の眼前にまで迫っていた少女に驚いて後ろにのけ反ってしまう。てか、それよりさっきこの子なんて言った?

「だから、わらわはただの少女ではないわい」

 っつ!! やっぱり、俺の心が読めて……る?

「そうじゃ! なんといってもわらわはこの祠の主。主ら人間を見守る神の一柱に名を連ねるものなのだからな!」

 神の……一柱。この少女は確かにそういった。この廃れて忘れ去られたような祠の主だと。

「おい、お主。今無礼なことを考えんかったか?」

「っ!! マジで俺の心が読めているのか」

「ふむ。その表情。ようやく理解できたようじゃな」

 自称神様であるこの少女は自慢げに腕を組み、「ふふーん」と得意げな顔をこちらに向けてきた。

「とても神様には見えないけどな……。よくて、新米巫女だな」

「ふん。本当に主は無礼な人間じゃな。なんでそんな者がわらわの姿を認識しておられるのか不思議でならんわい」

「お前って、普通、人には見えないのか?」

「当たり前じゃ。主らとは住む世界が違うのじゃから姿も見えるはずがない」

「じゃあ、なんで俺は見えているんだ? 自慢じゃないが俺、霊感とかそういうものは生憎生まれてから感じたことは一度もないぞ?」

「この恥れ者が!! わらわをその辺の妖怪変化共と一緒にするでないわい」

「いや、でも、俺からすれば分類として同じような者の気がするんだが……」

「ハァ……。全く、なんでこのような者にわらわの姿が認識できておるのやら。謎じゃ」

「それはこっちが聞きたいよ」

 俺らは二人そろってため息。神様とか言いながらも俺と一緒にため息をつくなんて、本当に人間臭い。

「して、主よ。時間は大丈夫なのかや?」

「え、時間?」

 自称神様の少女に促されて先ほどポケットにしまったスマホを取り出し時計を確認する。スマホに映し出されたデジタル時計は既に日を跨いでいるという事実を俺に突き付けてきた。

「うぇぇ! もうこんな時間!? やべ、帰らないと」

 一人暮らしだから起こしてくれるような人なんて誰もいない。朝は自分で起きなきゃいけないのに、このままでは寝坊する可能性大だ。

「ふふーん。困って居るようじゃな」

 そんな時、俺の近くからそんな威張り切った自称神様の少女の声が聞こえてきた。

「ああ、思ったよりも時間食っちまったからな。じゃあな自称神様」

 そうして俺は少々駆け足気味にこの場を後にしようとする。

 だが、

「ちょっと待たんかこの恥れ者が」

「なんだよ、こっちは急いでいるんだが?」

「主は少々信仰心が足らんようなのでな、この機にわらわの凄さを教えてやろう」

「いや、いいって。マジで急いでいるから」

「ところで主はどこに行く気じゃ?」

「どこって……」

 俺はそんな自称神様の言葉に釣られて頭の中で俺の住むアパートを思い浮かべる。

 すると、

「了解じゃ」

 その次の瞬間。

 俺は自分のアパートの前に立っていた。

「は? なんで?」

 俺は何が起きたかわからないまま、体を触り異常がないかを確かめる。

「ふふーん。どうじゃ? これでわらわが本物の神だと思い知ったか?」

 俺は特に異常のない体を確認したあと、偉そうに胸を張る少女を視界に収めてから自らの頬を抓る。結構強めにしたが、普通に痛い。

「お主、結構安直じゃな」

「うるせー! こうでもしないと頭が追い付かないんだよ! なんだよこれ……。どうなってんだ? 瞬間移動? ありえない。瞬間移動するためには時間遡行しなきゃいけないんだぞ? アインシュタインの相対性理論を覆すことはまだできていない。なら俺はあの一瞬で光よりも早く移動したってことか? なら俺は死ぬか、良くても微粒子以下の存在になっていなきゃおかしいはず。一体どうなってやがる……」

「お主、めんどくさい奴じゃの」

「ほっとけ!」

 そう突っ込んでいると、ちょうど帰ってきたらしいアパートの住人に変な顔を向けられた。

「あ、すみません」

 その人は関わり合いにならないようにか足早に中に入ってしまったが、逆にその現実的な対応が俺にこれは事実であるということを突き付ける結果となった。

「マジか……」

「マジじゃ」

 俺は隣にいる自称……いや、認めよう。自他ともに認める人が……「神じゃ!!」。

 ……自他ともに認める神様を見下ろした。

「お前、まさかあがっていく気か?」

「ふむ。久しぶりに人間の暮らしぶりを観察するのも悪くない」

 今度は俺一人で盛大なため息をついた。

(こいつの人外じみた力は身をもって確認した。今ここでごねるのはあまりよろしくない、か)

 俺は現状を打破することをあきらめ、カバンからアパートのカギを出す。

 俺のアパートはカードキータイプになっていて嵩張ることがないため財布の中に入れているのだが、俺がそれでアパートのドアを開けようとすると、やけに熱い視線を横から感じた。

 俺はうんざりするも、何かされても困るので一応横で目をキラキラさせている少女(神様)に声をかける。

「カードキー。見るのは初めてか?」

「ふむ。その面妖な物は『かーどきー』というのか。わらわの記憶によれば、棒のよなものに凸凹をつけたもので扉などを開けていたと思うのじゃが」

「あー、そういうのもある。ただ、これは最近できた新しいやつで、詳しい原理は俺もよく知らん」

「ふむふむ。面妖じゃのー」

 そう言いながら、俺の持っているカードキーをちょいちょいと突っついている。その様子は本当に見た目そのまんまの少女だ。

「もういいか? 入るぞ」

「おう、さぁ、開けるのじゃ!」

 そう命令口調で言われ俺はげんなりするも、特に逆らう理由もなく差込口に入れ扉を開ける。

「おー!」

 俺はそんな何でもないドアの開閉に瞳をキラキラとさせて喜ぶ神様を横目にエレベーターのボタンを押す。

「なぁなぁ、主よ。これはなんじゃ?」

「これはエレベーターって言って階段を使わないでも上に行ける物だ」

「ほへー。面妖なのじゃ」

「面妖って……。まぁいいか」

 俺はちょうど来たエレベーターに乗り込み、部屋がある三階のボタンを押す。

「お、お、なんか足元が浮いている感じがするのだ」

「まぁ、確かにするわな」

「な、なんか不安になるのだ」

「へーへー。落ちたりしないから大丈夫だ」

 そう言っている間にも、三階なのですぐエレベーターは止まりドアが開く。

「ほら降りるぞ」

「おー! 主よ! いつの間にか地面があんなに遠くにあるぞ!」

「遠くって……。三階だからそんなに高くないだろ」

「何を言っとるんじゃ、お主は。わらわ達はあの面妖な箱に乗ったまま、一歩も足を動かしておらんのにこんな高う場所におるのじゃぞ? もっと驚きをもってしかるべし、じゃ!」

「そんなもんかねぇ」

 俺はそう返しながらも対して取り合わず、この階の真ん中あたりに位置する俺の部屋の鍵を開ける。

「ほれ。着いたぞ」

「どれどれ……」

 そうして、俺の部屋に入った少女(神様)は俺の部屋を見渡すと一言。

「普通じゃな」

「普通で悪かったな」

「まぁ、先ほどお主の心の中から見ておったのだがな」

「見ていたうえでその感想か!」

「いや、お主ぐらいの年の男にしては片付いておるのではないか?」

「そんな無理やり絞り出しましたみたいな顔されても、反応しづらいわ!」

「まったく文句が多い奴よのう……」

 なんで俺、こんな奴にこんなこと言われなきゃいけないんだろう?

 奴(神様)は俺の部屋にあるベッドの上で「おお! ふかふかじゃ!」とか言いながら跳ねて遊んでいる。

 俺はもう一度ため息をつくと、とりあえずシャワーを浴びようと給湯器をつけ着替えを用意する。

 すると、給湯器をセットした際の電子音でこちらに気付いた少女(神様)が、またもやその両のつぶらな瞳を輝かせながらこちらに近づいてきた。

「これはなんじゃ?」

 俺は着替えを準備しながら「お湯を沸かす物」とだけ簡潔に答える。

「お湯を沸かす? それじゃあ、この面妖なもので湯沸しを行っておるやつらに指示を出しておるのか?」

 違うっちゃ違うが、言い換えればそのようなもんだろうと思って(決して面倒くさくなったわけではない)俺は「そうだ」とだけ返すと、風呂場に入る。

「何をするのじゃ?」

 すると、またもやこの神様が小首を傾げながら聞いてきた。

「何って風呂に入るんだけど?」

「わらわも入るのじゃ!」

「えー、ガス代もったいないじゃん」

「わらわは人間が湯あみを頻繁に行うのは知って居るが、実際にやってみたのは数えるほどしかないのじゃ。この機会を逃してなるものか!」

 正直、俺はいつもシャワーしか浴びていない。浴槽はあるのだが、お湯を張るのが面倒くさくてやっていないのだ。だから、おそらくこいつが想像している湯あみと俺がこれから行う湯あみは違うものなのだが……

「問題ないのじゃ! このような面妖な物に囲まれて生活する者の湯あみを経験してみるのもまた一興じゃ!」

「まぁ、そういうなら……いいかな?」

「いいのじゃ!」

 風呂となるとお互いに裸になるものなのだが、少女の体では俺は何とも思わんし、少女の方も湯あみの何たるかぐらい知っていそうなところを見ると、俺の裸を見るぐらい何とも思ってなさそうだし、そこまで入りたいなら別にいいかな。

「さてお主よ。わらわの裸体を見て不埒なこと考えたならばすぐにわらわに伝わることを肝に銘じておくのじゃな!」

 そう宣言するや否や、少女は一瞬にしてその着ていた服を脱ぎ一糸まとわぬ姿を俺に見せつける。

「どうじゃ?」

 そう言ってくる少女は確かに可愛らしくはある。ただ、やはりその体は俺の予想の範囲内で。

「そういうことを言うのはもうちょっと成長してから言え」

 俺は慌てることなくそう返答することができた。

 しかし、シャワーの使い方がわからないこいつにシャワーを浴びせている間など、終始にやにやこいつがしていたのは、俺が動揺したのを敏感に察したためなのだろう。……不本意ながら、な。

 その後も、冷蔵庫を見るや「これはなんじゃ?」といい、テレビを見れば「これはなんじゃ?」と聞き、パソコンをつければ「これはなんじゃ!」と驚く等、いちいちリアクションをとるこいつの相手をしていた俺は自分の部屋だというのにくたくたになり、こいつに土下座する勢いで「もう寝かせてくれ」と頼み込み。眠りに落ちたのだった。

 ついでに、奴は当然のように俺のベッドの中に潜り込んできて、「あったかいのじゃー」とか言っていたが。

 そんな風に終始ペースを崩されていながらも、目覚めは悪くなかった。

 朝目が覚めたらこいつは消えているんじゃないかと思ったりもしたが、かわいらしい寝顔を晒している神様は確かに俺の隣にいて、そしてそのことに安堵している自分がいて、俺は自分で思う以上にこの少女とのやり取りを楽しんでいたのだなと実感させられた。

 そうは言いながらも、そんなに長い間泊めておけるはずもなく、俺は家を出て学校へと向かう途中で少女に忠告する。

「今日はもう帰れよ?」

「当たり前じゃ! そう何日も開けていられるほどわらわの祠は暇ではないのだ!」

「なら、一日だって開けるなよな……」

「また、罰当たりなことを考えておるな主よ」

「へー、へー、悪うござんした」

 そんな事を話しながら駅までの道を歩く。

 どうやらこいつの姿は本当に俺以外に見えていないらしく、最初のうちは独り言を大声で言っている痛い人になっていた。それに気が付いてからはこいつの言葉にリアクションをとるときはなるべく小声だ。

「あっ……」

「ん? どした?」

 先ほどまで楽しそうに笑顔を振り向いていた少女が急に立ち止まった。俺はそんな少女にいぶかしげな視線を送り、少女の視線の先に目をやる。そこでは、黒い霊柩車と喪服を着た多くの人が目元をハンカチ等で抑えていた。

「誰か、亡くなったのか」

「そうじゃの……」

「なぁ、亡くなった人達っていうのはどうなるんだ?」

「……」

 少女は先ほどまで見せていた見た目相応の表情を引っ込め、昨日木の上に腰かけていた時の、その神服が似合う見た目に合わない表情で、軽く首を横に振った。

 俺は「そうか……」とだけ言うと、彼らの横をなるべく目線を上げないようにして駅へと向かった。

 しばらく無言で歩く。しかし、先ほどまでうるさいと思うほど騒がしかっただけに急に静かになった事に居心地の悪さを感じ、視線を落としたまま声をかける。

「さ、さっきは悪かったな。妙なことを聞いちまってよ」

 しかし、隣から返事は来ない。どうしたのかと思い先ほどまで少女がいた場所を見る。

「あれ?」

 そこには、当然いると思った姿はいなかった。

 前後左右見渡すがあの洋服文化の中では浮きまくる服装の神様はどこにも見当たらない。

「どこ、行ったんだ?」

 疑問に思うも、電車が来る音で俺は現実に引き戻される。

 僅かに逡巡するが、俺は結局電車に乗り込んだ。幸いなことに、今日の授業は午前のみだ。

 俺はひとまず大学まで行き、授業をきっちりと出てから急いで昨日通った道を行く。

 昨日通った時とは打って変わって、通りの多くの店は両端共開かれ、多くの人が行きかう賑やかな通りとなっていた。こうして改めて見ると、昨日団子を買った団子屋のような店も多くあることがわかる。

「そういえば、昨日団子がどうのこうの言っていたよな」

 俺は昨日会ったときに捲し立てていた説教の中に団子の話題があったことを思い出し、どうせなら昨日買ったところと同じところで買おうと記憶を頼りに団子屋を目指す。

 だが、昨日団子を売っていたはずの店にはなぜかシャッターが下ろされていた。

「え? なんで?」

 その団子屋の両隣の店は元気に売り出しを行い、反対側の通りの店からも客を呼び込む声が聞こえる。

 その団子屋だけが、まるで世間から取り残されたかのようだった。

 何か臨時休業でもしているのかと思ったが、それらしい張り紙も特にない。

 俺は濁流のように押し寄せる胸の中の不安を抑え込むように、胸を鷲掴む。

 なぜか焦る動機と鼓動にせかされるまま、俺は駆け足から徐々に速度を上げ、いつの間にか全速力で昨日の鳥居を目指していた。

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 奇妙に開けた空間の奥の方にある祠には、誰もいなかった。

 こんなにも賑やかで人が多く行きかっているというにもかかわらず、ここは先ほどシャッターが下ろされていた団子屋と同じように世間から隔離されていた。

 俺は息を整え、鳥居をくぐる。

 そして、その朽ちかけたご神木を見上げた。

「よう」

「……」

 そこには、予想通り少女がいた。

 ただ、その表情からは感情がうかがえず、どこか遠いところを眺めているような印象を受ける。

「急にいなくなって心配したんだぜ?」

「……」

 ちょっとお道化るように言っても少女の表情に感情は戻らない。

 ただ、その視線をどこかから俺に移してくれた。

 そして

「……恥れ者が」

 そう小さくつぶやいた。

「そういうなよ。これでも急いできたんだし、団子だって買ってこようと思ったんだ。まぁ、売ってなかったんだけどな」

「……だから、恥れ者と言ったんじゃ。主の考えていることなどわらわには全てわかる」

「そうでした」

 そう言って頭を下げる。参った。と心の中で唱えながら。

「……わらわ達神々の姿は、普通の人間には見えぬ」

 すると、少女はまた視線を遠くへとやりながら、そういった。

「ただし、極たまに信仰心の厚い者の中にわらわ達の存在を感じる事が出来る者がおる。その程度が強くなると、わらわ達の姿を認識できるようになるのじゃが……そんな人間、何世紀に一人と言った程度の数しかおらん」

「じゃあ、なんで俺はお前の姿が見えるんだ」

 口を挟まないほうがいいかなと思ったが、なんとなく、このまま少女に語らせ続けるのは嫌だった。どこか、それこそ見えていても、見えていなくても、関係ないほど遠くへ行ってしまいそうだったから。

 すると、彼女は今日初めてその顔に年相応の表情を見せた。

 それは、悲しみ。

 少女の瞳からは、涙が零れ落ちていた。

「……お主の食べた団子は、特別なんじゃ。彼女は、わらわの近くにおる最後の一人じゃった。その彼女が、最後に想いを込めて渡した団子。……本当に、恥れ者じゃな」

 昨日俺に団子を渡してくれたおばあさんを思い出す。優しく、慈愛に満ちた表情で手を振ってくれた彼女。そんな彼女が最後に、この小さな神様に向けた想い。

 それが、俺と少女を引き合わせたというのならば確かに少女にとって、彼女は間違いなく『恥れ者』だろう。

 それはつまり、彼女は俺と同じことを想っていたということなのだから。

 少女はひとしきり静かに涙を流すと、すくっと不安定な枝の上だと思えないほど確りと立ち上がる。

 そして、詠った。

 それは、彼女に向けた鎮魂歌なのだろう。いや、少女たちのような存在が歌う場合は葬送歌というべきか。

 それは、淑やかで、静謐で、そして、淋しく、悲しい詩。

 それでも、最後は笑顔で終われる詩。

 少女は優しい余韻を残して吟じ終えると、くるりとこちらを向いた。

「それでは、さらばだ主よ」

「え?」

 俺は改めて少女を見る。すると、心なしか姿が薄いような気がする。ただ、すぐにそれがただの勘違いではないということが分かった。

「な、なんで……」

「言ったじゃろ。わらわ達の姿を認識できる者など何世紀に一人程度しかおらぬと。お主はいわば、彼女によってわらわと縁が繋がっていたにすぎぬ。その効力も、もうじき切れる」

「……じゃあ、もう、会えないのか?」

 どんどん薄くなる彼女に、俺は言葉に詰まりながらも懇願の想いを込めて問う。

 しかし、その想いもわかっているはずなのに、彼女はにこやかに笑顔を浮かべる。

「よかったではないか。昨日、主がわらわのことを疎ましく思っていたことは分かっていた。それでも、言葉で拒否しない主のやさしさに甘えておった。これからは、昨夜のような思いをすることもなくいつも通りの生活が送れるぞ」

 彼女は、俺の心が読める。

 だから、俺が心の中では彼女のことを拒否したいと思っていたことにも気が付いていたのだろう。

 でも、それなら、もう一つの俺の気持ちにも気が付いていたはずだ。

「俺は、確かにお前のことを面倒くさいと思ったし、鬱陶しいとも思ったよ。でも、それと同じくらい俺は楽しさも、喜びも、嬉しさも感じていたんだ。まさか、俺の心が読めるくせに、そんな事には気が付かなかったとは言わせないぞ」

 だから。

 俺は、もうほとんど消えかかっている彼女にも聞こえるように叫ぶ。

 周りを気にせず叫ぶ。

 これは誓い。

 これは宣誓布告。

 これは感謝。

 これは

「俺はもう一度、お前に会う!!」

 言葉では言い表せない感情。でも、少女になら、神様になら、伝わる想い。

「絶対に!!」

 だから言おう。だから叫ぼう。たった一日だけど、この小さな神様に会わせてくれた、彼女の想いの詰まった団子を受け取った者として。

 少女は最後に一筋の涙をこぼし、口を開いた。



 そして気が付いたら、少女の姿は完全に見えなくなっていた。





 四年後。

 俺は大学を卒業し、地元の国立大学院へと進学することが決まった。

 もう荷造りも終わったし、部屋も引き払った。

「だから、ここに毎日来るのも難しくなりそうだ。悪いな」

 俺は、あの日以降毎日通うようになった祠に団子を供えながらそう報告する。

 あの日の後、再びあの場所を訪れたらあの団子屋は営業を再開していた。

 事情を聴いたところ、あの団子屋はあのおばあさんが切り盛りをしていたのは間違いないが、そろそろ年も年だし代替わりしようとしていたタイミングだったらしい。そのため、店を取り壊すこともなく味もそのままで、今はあのおばあさんの娘夫婦が店を切り盛りしている。

 ただ、その団子を食べても、もう一度あの小さな神様に会うことはできなかったが。

 それでも、俺はその団子屋で毎日二本(・・)の三色団子を買い、一本だけ串を持ち帰っていた。

「それも今日まで、か」

 大学の図書館で神様関連の書籍を探してみたところ、日本には八百万の神という概念があり、その概念上の数多の神は人々に必要とされると生まれ、人々に必要とされなくなると消えてしまうのだという。少女はあの時、あのおばあさんのことを最後の一人と言っていた。

 それはつまり、あの小さな神様は俺があの日あの路を通って帰ろうと思わなければ、あのおばあさんの店で団子を買おうと思わなければ、消えていたということだ。

 そしてそれは、俺があの少女の存在を忘れてしまったときも同様だということ。

 ただ、あの小さな神様はそんな俺たちの心配を『恥れ者』の一言で片づけてしまっていた。神様から言わせれば、「神様なんて言う存在に頼らずに、自らの力のみで立てるようになったことを喜べ!」といったところなのかもしれない。

「さて、そろそろ電車の時間だし俺は行くわ」

 結局、俺は一度も彼女の姿を見ることはおろか、存在を感じる事も出来なかった。

 それはある意味当たり前で、想定内のことなのだけれど、やっぱり悔しくもあるし、情けなくもある。

 それでも、あの日の叫びは俺の中で生き続けているのは確かなことだ。

「そういえば、あの日最後に彼女が言った言葉は何だったんだろう」

 俺はあの最後の言葉を聞けていない。

 言葉になる前に俺の前から姿を消してしまった少女の最後の言葉は、この四年間俺の中で消えないわだかまりとなって漂い続けている。

 ただ、その言葉はなぜか容易に想像できる。

 そう、その言葉は

「きっと……「恥れ者が!」」

 俺は突然聞こえてきた大声に驚いて後ろを向く。

 そう、その言葉はきっと、そんな厳しくも優しい言葉なのだろう。


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