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幻の輝き  作者: ながと
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盗聴のわな

 修平は朝出勤すると冴子に内線をかけた。

「どうだった?修平」

「暗号がとけたよ」

「本当?」

「あぁ、詳しいことは仕事が終わってからゆっくり話すよ」


その日冴子は同僚の沢口恵子と昼食のために久ぶりに社外のランチをしようと外出した。いつもビル内の社員食堂だけでは厭きてしまうからだ。

「今日どこにしようか」

「K喫茶のランチ?それともイタめしのランチ?それとも」

恵子は色々な店のおいしそうなものを並び立てた。

「そうね、わたしは今日はトンカツかな」

冴子は右手の人差し指を掲げてにこやかに笑いながら言った。

「じゃ、賛成する」

二人は一筋目を回ったところにあるトンカツ専門店に入った。結構混んでいたが、丁度今精算をしている人が座っていた場所が空いており、店員が食器を片付けにテーブルに向かっていた。

「お二人様ですね。こちらへどうぞ」

二人はその場所に座るよう案内された。食器が片付けられ、二人は座りお茶とおしぼりが運ばれてきた。

「ご注文は?」

「えーと、B定食」

冴子は迷うことなく注文した。

「じゃ、わたしも同じBで」

「はい、B定食お二つですね」

学生バイトらしい定員は注文を繰り返すと、早足で厨房の方へと向かった。その時、一人の女性が入ってきた。

「お一人様ですか?」

「はい」

「カウンターが空いてますので、カウンターでお願いします」

少し大きめのショルダーバッグを提げていた女性はそのバッグの紐を肩からはずすとカウンターへと向かった。丁度冴子の横を通らないとカウンターへは行けなかった。

冴子は通路側の椅子にバッグを置いていた。その女性は、冴子のバッグがおいてある椅子にぶつかり、倒れるのを防ぐために椅子に手をそえた。その時に冴子のバッグは飛ばされ下に落ちてしまった。

「あっー、イタッ」

冴子はちょっとびっくりして、大丈夫ですか?と声をかけてバッグを拾おうとした。

「あっ、ごめんなさい」

と、その女性は冴子の落ちたバッグを拾い上げて椅子の上に戻した。

「大丈夫ですか?」

店員が駆け寄ってきて、その女性に怪我がないか聞いた。

「すいません。大丈夫です。ちょっとボッーとしていたもので。バッグごめんなさい」

と言ってあやまったので、冴子は頭をペコリとさげてその女性がカウンターの方に行くのを見つめていた。

「何ぼぅーとして歩いているのかしらね」

二人は変な人にはかかわりないと思い、その後は無視をして、運ばれてきたB定食の味を楽しむことにした。


「トヨコ、首尾は?」

「間違いなくバックに取り付けました。感度は良好です」

「ご苦労。後は次の指示を待て」

「はい」


二日後、名古屋港の堀川口で女性の変死体があがった。その女性が冴子がトンカツ屋で出会った人物であったことに気がつくのは、もっと先のことであった。


変な出来事の日の夜―といっても冴子はもう忘れていたが―修平と冴子は中華料理屋にいた。

「仕事お疲れ様、乾杯!」

修平はグラスにつがれたビールをおいしそうに半分ほど飲んだ。

「で、どんな内容だった?」

「それがすごいんだよ。先輩の暗号解読には頭がさがるよ」

 その中華料理店の近くに車がとまり、その助手席では男性がヘッドホンをあてて何かを聞いていた。

「レイノアンゴウハ、レッドマリートイウハプスブルグノダイヤラシイ」

「ソレスゴイワネ。デモレッドマリートイウダイヤドレクライノモノナノカシラ」

「マッタクワカラナイガ、ユウジンガコロサレテイルンダカラ・・」

「シッー、アマリオオキナコエヲダサナイデ」


「暗号とか言ってますが、やばくないすっか?」

「われわれはただ依頼主に言われた通りにすればいい。だがダイヤがどうのこうのと言っているから財産目当てのことじゃないか?」

「兄貴、どうします?」

「どんないやな事でもやらなきゃいけない商売さ。このテープを依頼主に渡すだけさ」

停車していた車―車種はセドリックだった―はヘッドライトを点灯して動き出した。30m程行くと交差点があり信号が赤から青になるところだった。前方に車も停車していなかったので、アクセルをゆるめることなく行こうとした時であった。猛スピードで信号無視をした車がセドリックめがけて飛び込んできたのだった。

キィー!急ブレーキの音

「アッ!ボ」

ドーン!、バーン!

暴走車はセドリックの運転席の横腹に突っ込んだ。セドリックは弾き飛ばされた格好になり中央分離帯にある信号機に助手席側がめり込み、信号機が曲がるほどの衝撃でセドリックは滅茶苦茶になっていた。突っ込んだ車はボンネットは曲がって浮き上がりラジエターが損傷したのか蒸気をあげていた。

 交差点近辺にいた車の人たちは呆然とそのすごい事故を目撃した。しばらくすると誰かが通報したのか救急車のサイレンの音が聞こえてきた。


 修平と冴子は外がやけに騒々しいのに気づいた。救急車のサイレンが近づいてくるのもわかっていた。二人はまだ食事の途中であり気にはなったが車同士の事故でけが人でもでたのだろうと思った。救急車のサイレンが止まりしばらくすると再びサイレンを鳴らして現場から去っていくようだったので病院へ運ぶんだというぐらいの想像をしていた。しばらくすると、二人連れの中年サラリーマンが中に入ってきて、隣のテーブルへ座った。

「ひどい事故だな。運転手は即死みたいだな。助手席にいたのも重傷だぞ」

「ああ、で突っ込んだ方はエアーバッグのおかげで軽傷らしいぞ」

「無理に赤信号で突っ込んできてお陀仏じゃたまらんぞ」


 二人は自然に入ってくる会話を食べながら聞いていた。

「ねぇ、すごい事故みたいね」

「うん、でもあまり事故現場はみたくないね」

 修平も冴子もその事故の被害者が自分たちを監視していた人物だったことは露とも知らなかった。食事が終わり外へ出るとまだ野次馬が交差点の周囲にいて事故現場を眺めていた。路地の灯りに照らし出された無残な姿になった車が見え、警察が現場検証をしていた。

「修平、見たくないからこちらから行こう」

「そうしようか」

 修平はちょっと見たい気持ちもあったが、冴子が見たくないという心を配慮してかその場から急いで立ち去っていった。


「あいつら遅いなぁ。どこかでさぼっとんのか?」

 ある事務所の電話がルルルとなった。夜九時であったがまだ灯りがついており数人がなにやら話し込んでいた。

「はい、大下興信所です」

それは警察からの電話であった。

「えっ、そうですか。はい。いまから伺います」

電話は切れた。その所長の表情はこわばっていた。

「所長、あいつらどうかしましたか?」

「交通事故でチュウはあの世、セコは意識不明だと」

「エッー!事故?」

「とにかく病院へいってくる」

「あっしらもいっしょに」

「いや、俺一人でいく。ちょっと気になることがあるので連絡するまでお前らここにいてくれ。いやタケ、お前一緒にきてくれ」

「わかりました」

所長の大下はハンガーにかかっている背広をとり素早く着ると車のキーを持ち出ていった。

タケが後ろからついていった。大下は病院へと急行した。セコは集中治療室で医師たちによる手術を受けているところであった。警察官が二人いて事情を聞いた。事故車は大破して潰れているので、トラックの荷台に載せてとりあえず中警察署の駐車場に置くという。

「車を見にいっていいですか?」

「?いいですよ」

 大下は病院にタケを残して中警察署の駐車場へと向かった。到着すると丁度車をトラックから降ろした所であった。

「すいません。この車を運転していた者の会社の所長ですが、ちょっと車の中を見ていいですか?大切なものを持っていたんで」

「ああ、いいですよ」

大下はスクラップ同然になった車の中に首を突っ込んだ。外灯だけでは中はあまり見えないので、ポケットからペンライトを出して照らした。赤黒く血糊らしい跡も光の中に浮かんだ。なんとも言えない血の匂いとオイルの匂いが漂っていた。黒いカバンを見つけると外へ出して中を見たが、目的のものは入っていなかった。再び中に入って辺りを探したが何も他に見つからなかった。

(ひょっとすると事故現場に落としたままかも)

と思った大下は礼を言うと、今度は現場へと車を走らせた。しかし、そこには綺麗に片付けられており、ガラスの細かい破片が落ちているだけで目的の物は発見できなかった。

「どこにいったんだ、畜生!」


 事故が発生し救急車がきて救急隊員が助手席から重症の男性を運び出すときは、手にそのあるもの−録音したテープ−をしっかりと握りしめていたが、担架に乗せるときには手からスルリと抜けて路上に落ちた。だれもそれには気づかなかった。ある一人を除いては。

その一人−帽子を深めにかぶり眼鏡をかけていた−がそのすぐあとに車の中を窺うように近づいてその落ちていたテープを拾い取ると素早くポケットにいれ、すばやくその場を離れ近くに停めてあった車で静かに走りさっていった。


翌朝、修平は会社のビル前で冴子の来るのを待っていた。今朝はよく晴れているが、風が強めに吹いており、向こうからかるいてくる冴子の髪の毛が風に揺れていた。修平は軽く手を振った。冴子は修平の姿をみると小走りに走りよってきた。修平はその姿を見てほほえましい顔になっていた。

「おはよう。どうしたの?」

「おはよう。話があったけど仕事が終わってからにするよ」

「えっ?なーに」

「行こう」

 修平は冴子の顔を見たとたん昨日の暗い事故の話など朝からするのはよそうと思った。仕事場で冴子は、修平が話があるといったことがどうも気になって思うように仕事が手につかなかった。そこで、お昼前に修平の席に内線電話をかけてみた。

「はい、システム岡島です」

「修平さん、冴子・・」

「あぁ、冴子。どうした?」

「お昼どうするの?」

「まだ決めてないけど」

「それじゃ、一緒に外でランチしない?朝の話しって気になって・・」

「そうだな。そうしょう。十二時に一階のロビーで」

「OK!」

 冴子は修平をさそってランチに外へ出た。そこで何の話かと思って聞くと昨日の夜事故らしい事が起こったが、それが二人が死亡する事故だったことを告げたのであった。事実は二人にとっては重大なことであったが、冴子はそんな話のためにやきもきしていたと思うとおかしくなった。

「新聞を見たときはほんとにびっくりしたよ」

「もう、修平ったら私はもっと重大なことだと思ったのよ」

「興味なかった?か。ごめん」

「もうそろそろ時間よ。帰りましょう」

冴子は少し気分を害していた。立ったときにあまりにも勢いがあったので椅子に躓き、その上に置いてあった自分のバッグが床に落ちていた。それを拾いあげようとした時に何か取れているのに気がついた。

「あっ、とれちゃった!」

冴子はその落ちたものを拾った首をかしげた。

「これどこのかな?」

「見せてごらんよ」

と、修平はその落ちたものを手の平に載せた。目に近づけてみたが、黒いプラスチックのようで裏には粘着性のボンドのようなものがついていた。

「なんだろう?あとで調べてみるよ」

修平はハンカチを出しそれをくるんでポケットにしまった。職場に戻った修平はしばらくすると思い出したようにハンカチを出し、その不明なものをそっと手にもち一回り眺めてから机の上に置いた。次長の坂上が偶然にその動作を見ていて、不審な様子なので修平の所まで近寄ってきた。

「どうしたんだ、それ?」

「彼女のバックについてたのがとれたんですが、何か変なんですよ。次長」

「ちょっと見せてみろ」

坂上はその黒い小さな物体を手に取り眺めた。

「あっ?」

見て何か思いついた様子だった。

「ひょっとすると・・」

坂上は高性能盗聴器ではないかと思ったが、いま一つ確信がなかった。ただ一人部内に詳しい人物がいた。

「井上はいたか?」

「ええ、今隣の部屋でパソコンを修理していますよ」

「ちょっと呼んできてくれ」

 近くにいた馬場が呼びにいった。しばらくするとまん丸顔の井上がやってきた。

「何ですか?急用ですか、次長」

「ちょっとこれを見てくれ」

 井上は次長から黒い物体を受け取るとじっと見つめ回した。

「これ盗聴器ですね。それも高性能で多分米国製だと思います。CIAがよく使っているやつですよ」

「えっ?」

次長がやはりそうだったと思ったが、それがCIAという言葉が出て思わず声を出した。修平はあまりにも突然の出来事に唖然として言葉もでなかった。

「でも、何でこれがここに?」

井上は、こんなものが何故ここにあるのかが知りたかった。

「岡島君の彼女のカバンについていたらしい」

「修平、何か彼女と揉め事があるんじゃないのか?」

「そんなのはないよ。だけど・・今はちょっと言えない」

「何だって?まあ、プライベートのことだからいいけど」

次長はそれ以上は追及しなかった。

「井上先輩、夜ちょっと飲みにいきませんか?」

修平は聞きたいことがあったので井上をさそった。


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