緩慢な時
隙が無いーー
そう直感した
ほんの1分も剣を交えていないのにその事実がひしひしと伝わってきた
単純に2対1でこっちが有利のはずなのに彼はそれを感じさせない攻撃・防御を繰り広げていた
というよりも実際は1対1の対戦と変わっていなかった
彼が素早すぎてどちらかが戦っている時は介入を彼は許さなかった
もし下手に攻撃すると同士討ちをしてしまいそうになるほど、2人の立ち位置は鋭く変化を繰り返していた
(マジかよ・・・)
徹底的に彼が片方の攻撃を許さない
いくら仕掛けようとしてもーー仕掛けられない
「くそっ」
横にサイドステップを繰り返す
伊奈がわざと剣戟を中止して遠く離れたーーその瞬間ーー零が投擲用のナイフを投げーーそれを避けられるのはわかっている。
それでも投げて態勢を崩すのを期待せずにーーそんな期待はするだけ無駄だ
そして小太刀を握り、鋭く×を描くように小太刀を動かして攻撃を仕掛ける
しかし彼は見事な手さばきを披露して零の渾身の一撃を回避する
「小賢しい!」
実年齢は零の方が下だろうがそんな事を言い放ち攻撃の手を緩めない
そこで態勢が悪くなったので伊奈と交代する
この連続だった
剣戟の音は鳴り止まなかった
零が休憩している時ーー
(あいつマジかよ・・・)
1対2というハンデを負いながらも全然彼がばてた印象はない
交代しながら攻撃している2人よりも平気そうだ
「ちぃ!」
痛烈な舌打ちを鳴らし隙を狙う
ーーが
隙が無い
まるで背中に眼があるように後ろに立っている零を牽制している
「どーしましょ」
緊張感のない呟きだった
自分の番が回ってきた
もうこれで何回目だろうか?
先の見えない戦いは静かに肉体と貪っていた
そして精神力もーー
零といえども所詮人間
例外ではなかった
鋭い劔の攻撃を眼ではなく勘で避ける
それは理屈ではない
ただ身体の動くままに
これで最後にしようーーー
こう何回思ったのかわからない
渾身の一撃で最後にしようと防御を捨てて正面に小太刀を構えたまま突っ込む
「零ーー!」
伊奈の声が聞こえる
まさに捨て身の一撃だった
彼か自分のどちらかが倒れる
そんなリリスクの高い選択を普段自分はしない
しかし今は疲れきっていてこの戦闘を終わらせる事しか考えていない
全身を小太刀に集中して突っ込んだ
伊奈には零が何をしようとしているのかが一瞬でわかった
思わず叫んで止めようとしたがーー既に遅く・・・
両者の身体は既に最初の位置と反対方向にあってーーー
零が顔を強張らせながら膝から落ちていった
「零ーーー!」
思わず堕天使の事を忘れて零に駆け寄ろうとするとーーー
「ドサッ」
という音がした
さすがに見逃す事は出来ずそちらに小太刀を構えながら向くとーー
堕天使も倒れていた
(何故ーー!?)
零の手には小太刀がしっかりと握られていて堕天使を切った後は無い
そして零の腹には堕天使が切り裂いた傷が生々しく残っている
かなり深くえぐられていた
一瞬の間でこれほどえぐることが出来るのかと思わせる程の傷だった
だからーーー
零が負けたのだと思ったのにーー
堕天使が倒れた
それほど明るくない部屋に沈黙が走る
堕天使の彼には立派な剣が突き刺さっていた
貫いていたーー
零が共鳴剣を使ったのだった
燃えさかる火の中、自分の体ほどある槍と剣を扱い、敵を次々となぎ倒していたドロシーの動きが止まった
「どうした、天使?」
同じように薙刀で敵を寄せ付けず一騎当千の働きをしていた菖蒲が今さっきまで一緒に戦ってきた相棒を様子の変化に気付き、手を休める事なく聞いてきた
同調は切れている
しかし理屈ではなくーー
零が共鳴剣を使った事がわかった
そうなると神殿までいったのだろうがーー
「菖蒲、ここお願い」
そう言い放ちドロシーは本当に戦闘を離脱した
「お、おい・・・」
これにはさすがに呆れたようだったがその間にも敵が近づいてくる
「置いていくかね?普通」
そう呟きながら薙刀を振るう
2人でやっとだったところを1人で防げというのだ
無茶にも程がある
「さすがあいつの相棒だ」
皮肉めいた口調で独り言を言った
菖蒲はそのあいつがどうなっているのかは知るよしもなかった