表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使憑き  作者: 夢籐真琴
91/104

一つの結末

ビルの非常階段として使われる場所にたどり着いた

非常時に使用するという事でドアは頑丈に出来ており、銃弾に負けない程の厚さを誇っている

鍵を閉めて上を零が見に行ったが上からの攻撃は受けることはないとの事だった

最高の条件だった

防火扉という銃弾にも耐えれる壁を持ち、周りを完璧に囲まれている

狙撃の心配もなくじっくりと治療に励めるこの環境は貴重だった

現にドアの前では機関銃が鳴り響く音が続いているが今は大丈夫だ

時間が経てばもちろん破れてしまう可能性があるだろうが、当分その心配はない

零がドアのそばにもたれかかりながら立って、伊奈は踊り場を利用して猪野の治療に当たる事にした













戦場に出る事が決まった時ーー天使さんに救急セットを預かっていた

もちろん零も貰っていただろうが、伊奈の場合は特注品だった

天使さんに指示をだして貰っていたのだ



「これは救急セットよ、一般的な治療は一通り出来るだけの物を詰めてあるわ」

「ありがとうございます」

中身を見てみると小型で持ち運びがしやすくなっているにもかかわらず、中身は豊富で多数の怪我、事故にも対応出来るようになっていた

(魔法?)

そう思ったが魔法は使えない事を思い出す

きちんと整理してあって、余分なスペースをとっていない

理想的な収納だった

「天使さん・・・」

「ん?」

伊奈が中身を感心して見ているのを面白そうに見ていた彼女に問う

いきなりだったので聞き返してきたが

「昔私が使っていた救急セット出せますか?」

「?」

本気で知らないようだった

(無理か・・・)

諦めかけた時意外な事を言ってきた

「あなたの心を読ませてくれるなら出せるわよ」

ならば最初からそう言ってくれーー

そう思ったが・・・

ある事実に気付いた

(まだ天使さんは私の心を読んでいなかった)

連れてこられた時にとっくに読まれていたものだと思っていただけに意外だった

だが心を読まれるとは想像だがいい気持ちではないだろう

自分の深層心理を探られるのだから

だがーーー

ーー背に腹はかえられないーー

死んでしまっては深層心理もへったくれもない

あの()も知られる事になるが・・・

(まぁいいか)

自分は確証はないのにこの天使さんを信用している

そんな事はしてはいけないのにーー

しかし自分の直感を信じる事も時には必要だ

それがこの時だーーー

「いいですよ」

「え!?」

自分で読んでもいいかと聞いてきたのにもかかわらず驚いた表情を見せる天使さんを見て少し笑ってしまう

そして微笑してーー

「どうぞ」

戸惑っていたようだが、伊奈の顔の決心を読み取った彼女は

「いくわよ」

眼を軽口瞑った

そんな事をする必要はないのに自分も眼を閉じる

予想外に嫌な気分は無かった












この経緯があって伊奈の救急セットは特注品になっている

(これは助かる!)

猪野の傷口を見て伊奈はそう感じた

傷口の酷さも助かるかは運だった奈美とは全然違う浅さで幸運な事に中の臓器が破裂しているという事もなさそうだ

特注品である長いピンセットを用いて傷口に埋まっている銃弾を一個ずつ取り出す

集中力が左右する作業だが、常に戦場に立っていた伊奈からすると特に苦にもならない作業だったーー戦場の方が遥かに過酷で常に集中力を高めなくてはいけない場所ではなく、身の危険がない場所での作業だったので神経を使わなかった









30分程の作業だっただろうか

最後の傷口である太腿に包帯を巻きつけて猪野の治療は終了した

太腿からの摘出には苦労したが他は予想外の浅さであっさりと成功させる事が出来た

ただ、血を多く流したので顔色は良くないが本部での本格的な治療をする事が出来ればーーーまたは輸血が出来る環境になればその唯一の心配もなくなるだろう

「終了です」

伊奈が猪野に告げる

治療中痛みもあるだろうに呻きもせずにただ眼を瞑って座っていた猪野はここで初めて眼を開いた

「そうか・・・」

そう言って再び眼を閉じる

どうしようかと零に目線で問いかけると、そんな事知るかと言わんばかりの目線を返されて黙るしか出来なかった

扉を見てみると傷は入っているがまだまだ数時間は優に耐えられるだろうと判断した

(まぁいいか、時間はたっぷりある)

そう思った瞬間今まで張り詰めていた緊張が解けたせいか急に睡魔に襲われる

まぶたが重い

眼を開けていられない

かろうじて眼を閉じてしまう瞬間に零を見る

困った顔をしながらも少し頷いているのがわかった

(ありがとう・・・)

そうして深い闇の中に落ちていった














再び伊奈が眼を覚ましたのは夜になっていた

扉を見てみると諦めたのか銃声がなくなっており、攻撃が止んでいる

零も壁にもたれかかって眠っていた

時計を見ると、ここに飛び込んでから10時間程が経っていた

予想外の睡眠時間に苦笑しながら、猪野の事を思い出し猪野を治療した踊り場を見てみる

(!?)

何時の間にかいなくなっていた

(嘘・・・)

逃げたとは考えにくいがここから出ないと隠れる場所は見当たらない

後ろから足音が聞こえる

振り返って銃を弾こうとするとーーー

同じように起きて後を追ってきた零と鉢合わせした

「零、猪野さんが」

居ないと言おうとした瞬間零が伊奈の背中を指差す

振り返ってみるとーーー

足を引きずっておりてきた猪野だった












「何してるんですか?」

極めて順当と思われる質問をする

「月を見ていた・・・」

「月?」

猪野が指差す方を見ると鉄格子越しではあるが綺麗な半月が写っていた

(月か・・・)

時間を確認した時は気づいていなかったが時刻は既に夜中だ

月が出ていてもおかしくはないがーーー

(律儀ね)

ここの世界は戦争のために作られた場所(フィールド)のはずだ

ビルの構造一つをとって見てもそうだが、すべてリアルに再現してある

律儀といえば律儀だが・・・

「話してください」

「何を?」

めんどくさそうに答える猪野を見据えてこう言った


「本当の事を」















「俺は全て本当の事しか言ってないが」

「全然喋っていません、私の事・・・知ってるでしょう?」

この発言にはかなりの勇気が必要だった

事実話しているだけで冷や汗が湧いてくる

(精神上よい状態じゃないな・・・)

この状況でもこんな事が考えられる自分を見つめて自分のおかしさに少し笑う

零は傍観の姿勢を取り続けている

元通り壁にもたれかかって腕を組んでいる

ここは伊奈に任せると表情が語っていた

「何故俺が伊奈ちゃんを知っているんだ?」

猪野の言葉で現実に引き戻される

「勘です」

「勘!?」

猪野の驚いた声が廊下を響きわたる

「私の勘、外れた事はないんです」

一言一言ゆっくりと言葉を発する

そして堂々とした態度で言った

ここまでくると嘘でも本当に聞こえる

詐欺師顔負けの説得力だった

「勘ねぇ・・・」

面白そうに呟いた猪野を見つめ再びこう言った

「教えてください、事実(・・)を」















「事実ねぇ、不幸になる事実でもか?」

真面目な顔をして猪野が言う

「ええ、真実を」

「わかったよ」

あっさり受け止めた猪野に拍子抜けしたが再び表情を引き締める

「・・・真実を話そうか」














猪野はそう言うとその場に座りこんだ

片膝を抱え込むように座って話し出した

「伊奈ちゃんが言ったことは正しい、俺は伊奈ちゃんと関係がある人間だ」

表情を引き締める

やはり自分の勘は当たっていたようだ

「とは言ってもだ、直接的には関係していない・・・」

零が意外そうな表情を浮かべる

対象的に伊奈の表情は強張る

間接的に関わっているとしたら()に関係する人物しかいない

「お兄さんとは知り合いでね」

零が少し動揺する

零が調べた情報では伊奈には兄弟がいない事になっている

少なくとも表面上はそうなっているはずだ

役場で調べても戸籍上(・・・)はそうなっている

「私とお兄さんは・・・(あきら)とは同じチームでね」



榊暁ーーー伊奈の実の兄だった

腹違いの兄とかではなく歴とした実の兄だった

ただ戸籍上は存在しない

そういう存在だった



「暁は俺を、自分で言うのもあれだが尊敬していた、実際俺について来て軍に入ったのだからな」

そんな話初耳だぞとばかりの表情を浮かべている零を見ている余裕もなく伊奈は驚きを隠そうとせず顔を強張らせていた

あの兄の失踪(・・)が猪野が関与していたという事実にーー








優しい兄だった

伊奈はそんな兄が好きだった

元々山奥で生まれ育ったせいで森の中で2人でよく遊んでいた

兄は野山に混じるのが得意だった

いつの間にか後ろに立っているーーなんて事も珍しくなかった

そんな兄を尊敬し憧れていた

しかしーーー

伊奈が小学生になった年ーー

暁は失踪した

伊奈は山奥で育っていたせいで普通の子供とは違っていた

少なくとも中学生並みの知能と性格を持ち合わせていた

そして学校から帰って何故周りの友達がみんなこんなに幼いのかと・・・兄に聞こうと思っていた矢先にーーー

暁は居なくなっていた

部屋を覗いて見ても誰もいない

全ての場所を探した

それどころか兄の道具は一切なくなっていた

両親が帰ってきて尋ねて見ても

知らない、そんな子は知らない

あなたの思い違いじゃないの?

そんな子は初めから居ない

夢を見てたの?

そう言って優しかった両親は笑い飛ばしていた

戸籍を確認してもそんな人物は存在していなかった

兄の部屋は物置へと変わっていった・・・

伊奈は理解出来なかった

兄と遊んだ感触は今でもはっきりと残っている

あれが夢のはずがない

しかし悲しいかなそれを証明する手段がない

そうして少女期を悩みながら過ごしていった

しかしーーー

卒業式の時に変化が起こる

今まで開けなかった物・・・昔使っていたオルゴールを開いてみると

「!?」

声にならない悲鳴が漏れた

心臓が飛び出るかと思うくらいびっくりした

慌てて口を抑えて周りに誰もいないのをわかっているのに周りを見渡す

たった一枚の紙ーーー

『アメリカの特殊部隊。暁』

6年間忘れることの出来なかった名前が書いてあった紙があった

両親に聞いてもそんな奴はいるか、夢を見ていたんだと言われて話をはぐらかされてきた

しかし、これを見て疑問が確信し変わった


兄は存在(・・)していたーー


それから両親とは口をきかなくなった

彼らは思春期にでも入ったのだからと半分諦めていたようだが、実際は違った

嘘を平気でついていた両親を信じられなくなったのだ

だから距離を置いた

何も喋らなくなった

そして兄が最後に残していった紙切れを調べる事にした

アメリカの特殊部隊ーー

このワードを検索してヒットしたのは多数あった

しかし検索してヒットしたのは特殊部隊とは言えないだろう

何故ならすぐにヒットするような部隊が特殊部隊のわけがないからだ

そして伊奈は一つの決断をした


アメリカに渡ろうーーと

アメリカに渡って兄を捜そうーーと


小学生の時に転校してきて唯一伊奈と同等の知能を持って話すことが出来る相手がいた

菖蒲だった

その菖蒲が留学するらしい

元々菖蒲の家庭を知っていてまともではない留学だとは聞いていた

それを聞いて閃いた


菖蒲について行こうとーー


菖蒲について行って兄を捜そうと

幸い菖蒲が留学するのは本物の特殊部隊だった

(これしかない)

山蕗家の権力を使えば余裕で自分の両親を説得出来るだろうしなにより家を離れられる

あの家に縛り付けられているのは嫌だった

息が苦しい

そういった理由でアメリカに渡ったのだ














その兄が猪野を追ってアメリカに向かったとは・・・

衝撃だったーー

猪野の独白は続くーーー













俺と暁が初めて出会ったのは暁が10歳の時だった

俺はその時ある任務で日本に潜入していた

そして仕事を終えて偶々立ち寄った田舎の街で暁と出会ったんだーーー


何も深い意味は無く偶々入った森の中で暁に出会った

森の中をふらふらと歩いていた

特に当てもなくふらついていたんだ

俺は自分がした仕事に嫌気がさしていたのかもしれない

しかし逃げられない事はわかっていた

普通の生活に戻る事が出来ないのは百も承知でこの世界に入ったんだ

それでもあの時ほど後悔した仕事は無かった

ふと気を抜くと銃をそこらじゅうに乱射してしまいそうだった

それを必死に抑えていた

そして疲れた

森の中に不自然にもそこだけ別世界だった神社があった

威厳があってそこで初めて神様の存在を信じたよーー

そして何かに導かれるようにーー神様かな?そこの神社に歩いていったんだ

そして暁に会った

神社の境内で1人で立っていた男の子と出会ったんだ

さすがに疲れ果てていた俺でもその事の異常さはわかった

大人の俺でもそれなりの時間をかけてここまで歩いてきたんだ

子どもがーーしかも神社周辺の気配を探って見ても誰もいないーーこれは異常だろ?

つい声をかけた

何してるの?

ってな

我ながら何を言ってるのかと思ったよ

そして何をしてるのかって

すると暁はな

「おじさん、凄いね。ここまで来れるなんて」

これには驚いた

俺が言いたかった台詞を全部返されたからな

そして暁といろいろ喋った

もちろん仕事の具体的な内容は喋っちゃいないが、人に顔向け出来る仕事ではないって言った。暁もそれなりも感じ取っていたと思う

それくらい聡明な子供だったぜ

喋っている俺の方が舌を密かに巻いていたからな・・・

頭の回転が速すぎる

こいつは俺達の仕事につけば一流になる

そう感じ取ったぜ

誘いはしなかったがな

疲れ果てていたからかなりの事を喋った

夕方になるまで喋ってたかな?

久々に人生に潤いを感じたな

無感動で無機質な仕事を続けていたからな

知らず知らずに人恋しかったのかもな

それはともかく人と久しぶりに話せて楽しかった

そこで暁とは別れたんだが・・・

それから数日間はその神社で過ごした

幸い荷物は全部持ってきていたし、食糧にも困らなかった

夜は電気のない世界という物も楽しかったな

星が綺麗だったよ

月もな

それから暁は毎日来るようになった

朝から夜までその神社で話したり身体を動かしたりしていた

毎日だぜ?

さすがの俺でもこれはおかしいと思ったよ

小学生くらいの年齢の子供が平日でも神社にいるんだぜ

それを聞いてみるとーー

「僕は学校行ってない」

いや、義務教育だろ?

「教育する必要はないんだって」

・・・

何も言い返せなくなった

俺でもわかった

暁が既に高校生並みの頭脳を持っている事がな

そうか

「うん・・・」

そうして2人して境内の中で暴れまわった

身体が軽く運動神経に優れている暁と身体の使い方を熟知している俺ーー

普段飛び道具を使っているせいかいい勝負になって、いい運動にもなった

そして長くとっていた休暇が終わってなーー

俺はアメリカに帰る

「僕も行く」

は!?

「僕もアメリカに渡って訓練する」

必死で止めたよ

この聡明な子供に自分と同じ道を進ませるわけにはいかない

でも・・・

「元々こういう運命だったんだよ」

・・・

「僕は表には出られない、じゃあどうせなら世界を見てみたい」

詳しい事は聞かなかった

聞きたくなかったのかもな

この少年の背負っている運命をーー

いいのか?

「いいんだよ・・・でも妹に」

妹?

「妹に別れをいいたい」

家族には何も残さないほうがいい、あとあと矛盾が出るようになるぞ

「オルゴール・・・」

ん?

「オルゴールに託す、開けるか開けないかは伊奈次第」

伊奈って言うのか?

「そう、可愛いよ」

そうか・・・わかった明日旅立つぞ

「わかった、僕は・・・」

「飛べたんだ、翼を持てたんだ」







籠の中の鳥が飛びだった瞬間だった

ずっと囚われてたんだろうよ

家族という籠になーー

血の関係っていうのは1番めんどくさい関係かもな

俺はもういないがな・・・

何年も前に殺されたよ

その割りには暁のやつは家族を重要視していなかった

血を気にしないから何にも囚われずに活躍できた、まぁあいつも俺も隠密行動を主にしていたがなーーあいつは凄いよ。俺が教えるような内容がなかった

全部自分で覚えて判断して行動していた

だがなーーー

暁が日本に帰っていた時の事だ

日本で久しぶりに妹に会いにいくといってなーーー楽しみにしていた

でもなーー忌々しいあの事件が起こった

201便の事件だ

知ってるよな

テロの奴らにハイジャックされた事件だよ

そこで偶々乗っていた暁は奴らと銃撃戦になって1人にも関わらず全員を射殺して自分も流れ弾が原因で死亡

同じ便に乗り合わせていた協力者によって死体を隠す事に成功した

そしてそいつがテロリストと銃撃戦を交わしたという事に事実上なっている












兄が死亡したという事実に呆然とした

力が入らなかった

身体中から力が抜けていくようだ

膝に力が入らない

思わず崩れそうになって両手で膝に手を起く

「兄貴は・・・?」

「俺達専用の墓で眠ってるよ、葬儀もした。立派なやつだったぜ・・・」

目の前が真っ暗になった

今まで私は何をしてきたのか

何のために何も生みださない戦場を渡り歩いたのか・・・?

ここまで考えて頬に伝っていた涙に気付いた

何時の間にか流れていたようだ

止めようと思っても止まらない

ひたすら流れ落ちていった

「止める必要はねぇよ・・・」

あくまで第三者として見守っていた零が初めて声を出した

無駄の努力を見透かされていたようだ

そのまま地面に涙が落ちていった












突然地面を根本から揺るがすような衝撃を受ける

「くそ!」

零の罵声が響く

この衝撃はここに来てから何回も味わった事のあるものでーーー

「ロケットランチャーか・・・」

猪野が他人事のように呟く

そうやら防火扉を強引に開こうとしたらしい

たしかに勿体無いが防火扉を確実に破壊するのはこの方法が正しいだろう

実際銃弾ではびくともしなかった扉がしなっている

眼を開けて状況を頭は把握していたがどこかぼんやりして他人事のように感じる

ちゃんと意識が覚醒していない

もうどうにでもなれと思っていた

兄が死んだ以上生き続ける事に意味はない

そう冷静に自分を観察していた

その時ーーー

だらしなく垂れ下がっていた右腕を上に持ち上げられた

零だった

自分でも何をしているのかと思うほど身体が自由に動かない

自分でも焦点のずれている眼をしているのがわかる

ぼんやりと麻薬中毒者のように零を見つめていた

いきなり何をしだすのかと不審にも思った

「・・・」

「お前事態がわかっているか?」

失敬な、よくわかっている

今このままここにいれば危険な事くらいわかっている

こくりと頷いた伊奈を見て零はいらただしげに髪をかいてこう言った

「お前はここで死ぬ気か?」

わかり切った事を言われた

もちろんその通りと軽く頷いた

するとーー

零が腰から銃を抜き出しーー伊奈の脳天に銃口を向けてこう言った

「悪いな・・・」

足掻きはしない

自分からも頼もうと思っていたところだ

零から殺そうとしてくれるのはありがたい

無駄な労力を使わないですむ

ゆっくりと眼を閉じた

零に殺されるなら本望だ

「お前を相手の手にかけさせない」

つまり仲間を殺されるくらいなら自分で手を下す。これが零なりの温情なのだろう

不器用で荒っぽい手段だが・・・

(零なら躊躇わない・・・)

躊躇わずに速攻で、そして即死出来るように殺してくれるだろう

その時ーーー

「お前は暁に会わないつもりか・・・?」

「!?」

猪野の声だ

眼を開けて猪野を見る

「暁に会わないでここをリタイアするつもりか?」

顔が不自然に強張る

「・・・」

沈黙が場を制する

零も撃つ気配を無くす

物騒な気配なので収めてくれるとありがたい、猪野とゆっくり話せる事が出来る

「お前は暁に会いに行かないのか?」

どういう意味だ?暁は死んだはずだ

「暁は生前お前をずっと気にしていた、ずっと謝っていた・・・」

「・・・」

「それを無にするつもりか?それでいいのか?お前は()に会わないのか!」

会わないのかという言葉に肩を跳ねあげる

眼を開く

脳が覚醒する

身体が活動しだす

ゆっくりと立ち上がった

深呼吸をする

身体に酸素が行き渡る

身体がエネルギーを充填したエンジンのように動き出した

顔を上げる

零と目が合う

心なしかーーー零の眼はーー白銀色に輝いているような気がした















エネルギーをしっかり蓄えた伊奈は銃に弾を装填する

先程からの銃撃戦でほとんどの銃が弾をきたしていた

(危ない・・・)

じわじわと実戦での感覚が蘇ってくる

「行きましょう」

零がそう言って猪野を支えようとする

この場所も安全ではなくなった

すでにドアが曲がっている

「俺は残るよ」

「隊長!」

猪野の言葉に反応した零が怒声を出す

「状況がわかってますか?今はそんな事言ってる場合じゃないです、急いでください」

そう言って猪野の片手を握り抱えようとするとーーー

「お前達だけなら逃げ切れる・・・」

猪野の冷静な声が頭を冷やす

「大丈夫だ、お前達ならやれる」

そう言って零の手を拒むようにやんわりと手を振った

「俺は歩ける足じゃない、怪我人は足で纏いになるだけだ、お前達だけで行け」

「そんな・・・」

事ないですよとは続けられなかった

猪野の言ってる事は事実だからだ

足で纏いになるーーそれは歴然とした事実でーー戦場での常識だった

「俺は手榴弾と残った弾丸で相手を足止めする、先に逃げろ」

冷静な声が逆に怖い

それが事実を告げているからだ

「猪野さんはどうするのですか?」

すがりつくように聞いた言葉も虚しく・・・

「俺はここで死ぬだろうな」

あっさり言わないでくださいと言った心の中の思いあっさりくだいてーー

「わかっているだろ?効率を図るためには時には割り切る事も必要だ」

じわじわと頭の中に文字が浮かんでくる

こう言い終わったあと猪野はくすっと笑って懐から短剣を取り出した

「暁の形見だ、使ってやれ」

鞘にいれたままぽいっと投げ渡された

あわてて両手で受け取る

いい具合の重さがあり、鞘を抜いてみるときちんと研がれていた

「ちゃんと管理はしてきた、いつでも使えるぜ」

そう言って顔をそむけて片手をひらひらと振った

「さっさと行け、扉ぎりぎりで待ってろ」

頷いた零と割り切れない伊奈ーー2人の間には確実に認識の違いがあったがーーー

「はい」

声だけは揃った

隊長の指示に従うのは常識だーー

階段を駆け上がって1番上の階を目指した











「本当大きくなったよ・・・」

誰もいない階段で1人呟く

暁にもしもの事があったら妹を頼むと言われて本当にこんなことになるとは・・・思いもしなかった

だいたいこの世界で会うのもおかしいのだ

(案外世間っていうのは狭いんだな・・・)

どこかで聞いたことがあるようなことわざを(?)思い浮かべながら少し笑った

今がその時だーーー

(約束は守るぜ・・・暁!)

銃をリロードして身体を匍匐前進しながらいい場所に移る

(やっと会えるな・・・)

ドアがぶち破られて扉が壁に叩きつけられる

「行け!」

伊奈達に通信して通信機を放り出して銃を構える

少なからず、いや多くの事で大きな影響を与え続けた自分と暁

離れ離れにはなってしまったがもう少しで一緒になれそうな気がする

(待ってろよ・・・)

少しの沈黙のあと武装した集団が乗り込んでくる

どこからこれだけの人間を集めたかと聞きたくなるような人数だったが、猪野は高速で、そして確実に1人1人葬っていった

次々と死体の山が出来上がる

しかしいくら有料な場所からの攻撃も人数には負ける

「う!?」

流れ弾が当たって血を吹く

(くそっ!)

悪くなる視界の中で円柱状の物体を探し当てる

その間にも敵は続々と集まってくる

「いたぞ!あっちだ」

下から多数の人間がこっちに向かってくる

(何処だ!)

闇雲に手を動かすとそれを見つけた

すかさず栓を抜いて相手を待つ

(終わりだな・・・)

妙な感慨と共に最後の抵抗として身を隠し残った弾丸を闇雲に撃つ

音だけで何人かを倒せたことを察知する

(!)

またも一発被弾したーー

(これで終わりか)

出来るだけ被害が広がる場所を目掛けて手榴弾を投げ込む

敵の動揺を察知するーーがもう遅い

爆発と共に爆風が押し寄せる





「生きろよーー」







猪野の最後の言葉は奇しくも奈美と同じ言葉だった



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ