戦う理由
「伊奈さんと零さんですね」
隊長格の人間が話しかけてきた
(・・・)
数少ない天使側の出来る人間だった
先程の堕天使側のグループにも劣らない戦場慣れしている人間だった
「そうだけど」
伊奈が黙っていたので代わりに零が答えた
その隊長は零の方を一瞥すると伊奈に向き直り
「緒方様がお呼びです、私に着いて来てもらえますか?」
「それは任意同行ですか?」
「我々はあなた達を保護するために参りました」
機械のように淡々と言ってくる男に若干の威圧感を感じる
ようするにここまで来たんだから断るというのは無しだという事だ
確かに危険を省みずにきてくれたのはご苦労だったがーー
「わざわざありがとうございます、でも私達は帰りません」
男の眼の色が変わった気がした
「私達は今は天使側の人間ではありません、第三者として戦っています」
「何故ですか?」
感情のこもっていない声で聞く
その様子を見てどこか寒気がする
こういう人間は怖い
死ぬ事を何とも思っていない人間ほど、何をしでかすかわからない
「わかりません」
「?わからないのに戦っているのですか?」
何と言われようと偽りのない本心だった
実際にわからなかった
何故戦っているのか
自分は何をしているのか
そしてーー何を望んでいるのか
もしかするとーーー
それを探すために戦っているのかもしれない
「あなたは何故戦っているのですか?」
逆に目の前の男に聞く
「私は・・・」
少し黙り込んで
「これしか生きていく道がないからです」
「?」
理解が出来ず先を促す
私には戦って行くしかする事がなかった
「・・・」
「こんな事を言うと平和主義に反するとか何とか言われますが、戦争はなくならないーー」
事実だった
「傭兵として生きていけばどんな所でも行ける、そして戦える」
「・・・」
「小さい頃に戦争を経験して私は普段の生活では生きていけないようになった」
「・・・」
「何もしていないと身体が暇で暇で潰されそうになる」
「!?」
「だから各地の戦場を飛び回っているのですが・・・」
「未だ答えは見つからない・・・と?」
零が代わりに言った
男は軽く頷きこうも言った
「私も戦う理由なんて持っていません、ですがあなた達には未来がある」
「それで私達を帰還させようと?」
「そうです、まだあなた達は私のようになっていない、まだ間に合います」
「丁重にお断りします」
「・・・」
「私達は第三者です、あなた達に世話になる理由はありません」
零とちらっと一瞥する
苦笑しながらも頷いていた
口をみる
お前に任せると言っていた
「私達に従わないと?」
「ええ、そうですね」
そう言った瞬間ーーー
目にも止まらない速さで拳銃を頭に突きつけられる
(くそっ)
反応出来なかった
零の方を横目で見ると同じく他の何人かに銃を突きつけられている
伊奈と違う所は零自身は銃を構えていたところだ
「あなた達は私達の敵と認識してもよいはずですね?第三者ですから」
何も出来ない
「そうですね、正しい判断です」
銃を突きつけられていながらも冷静な脳が言葉を出す
(天使憑きか・・・)
やはり冷静になり過ぎている
どうにもならない感情が渦巻く
銃を突きつけられているのに違う事を平気で考えている脳に呆れつつも今の状況を打開する方法を考えようと脳に指令をだす
「もう一度お尋ねします、あなた達は第三者ですか?」
「・・・」
何も答えない伊奈を見て零が答える
「あたり前だ、今後俺達はあんたらの為に戦う事はない、俺達と大切な人を守るためだけに俺達は銃を抜き剣を操る」
苦々しい口調で零が話す
大切な人ーーー
はっとした
脳内にこもっていた霧が晴れたような気がした
そうだーー私達は大切な人の為に戦っていたのだ
かけがえのない何かの為に
零は奈美、天使さんの為に
私はーー?
誰なんだろう
大切な人は居たかなーー?
「そうですか、では」
何やら通信機で話をしている
(私殺されるのかな?)
どこか楽観的でのんびりとしている思考をどうにかしたいが・・・
「そうですか、では」
バン
痛烈な銃声が鳴り響く
痛みはない
(零?)
零の方を見ても目立った外傷は見られない
(じゃあ誰?敵?)
焦って見渡すが敵はいない
初めて目の前の男を見ると
(ーー!?)
自分の手首を撃っていた
しかし流血はない
手首に巻いてあった通信機を撃ったのだった
(嘘でしょ、あんな小っちゃいの)
しかし流血はない
見事というべきだが・・・
「あなた達を殺すように指示がでたので」
淡々と通信機の残骸を取り外しながら説明をする
「逃げなさい、次会った時は敵か味方か、それはあなた達次第です」
さあ行けという風な素ぶりをして振り返る
そして自分達の部下に向かってこう言った
「榊伊奈と宮西零は私が通信中の隙を突いて逃走した、その際に私は転倒して通信機を壊した。私を心配して介抱しているうちに君達は颯爽と逃げて行く2人を見失ってしまった、これでいいな」
全員が小さく頷いた
よほど統制されている部隊なのだろう
行動が様になっている
「早く行け」
もう一度同じ事を言ってこっちを向く
「あなたの名前は?」
まだ聞いてなかった
聞いておきたかった
すると男は小さく笑ってこう言った
「大野だ下は伸明、覚えるような名前じゃないぞ」
「一生忘れません」
零も頷く
「そうか、ありがとよ」
銃に弾を装填して行く準備を整える
「あーーお前ら」
口調が雑くなっているがこっちが大野の本当なのだろう
何かと思ってた振り返るとーー
「生きろよーー」
奈美と同じ台詞
知ってるはずがないのだが、それは2人にとって大きな言葉だった
そして最高の言葉だった
『はい!』
2人ぴったり声を発して走って行った
「さて、どうする?」
とりあえず身に迫った危険はなくなったものの未だ一番の問題は解決していない
堕天使の殲滅ーー
これをしないことには奈美と秋人の仇をうつことは出来ない
かと言って2人で倒せるほど堕天使の力は甘くない
どうしたものかーーと考えていると
「来たぜ」
零の通信によって思考を中断させられる
目の前からご丁寧にかなりの数の堕天使が迫って来た
(30人じゃ済まない・・・)
こっちの本隊が到着したのもあるだろうがかなりの大人数だ
たった2人にかき回されているのを阻止する為かもしれない
それほど伊奈達の働きは目立っていた
200人以上は普通に殺しているだろう
それほど際立った動きをされていると堕天使側にも面子があるだろうし、阻止しなくてはならないだろう
それでこの大人数があたったというわけだ
「逃げるぞ」
そう言って手榴弾を投げて逃げ出している
さすがに男の零だけあって女の伊奈よりも正確に遠くに飛んでいる
(さすが男だね~)
微妙な感想を抱きつつ前へと逃げる
伊奈が投げた時のように衝撃はこないで逃げることが出来る
セオリー通りに適度な身を隠せる物を見つけては影に隠れて射撃するーーといった方法で追尾を躱すが・・・
(キリがない!)
時折ゾンビ化した人間も襲ってきて気が抜けない
爆発音がシティに響き渡る
(いい加減にして)
そう思って走っている時にーー
(う!?)
左肘を被弾する
走っていた勢いに加えて後ろからの衝撃により前に転んでしまう
「伊奈!」
零の焦った声がする
「大丈夫!」
全然大丈夫ではないのだが転がった勢いをそのままに再び立ち上がり走り出す
足ではなく左肘にも関わらず全力で走る事が出来ない
(くそっ)
罵声を吐き自分を叱咤する
(走れ、伊奈!)
零が適度に後ろを撃ってくれているようだが、1人と2人では大きく違ってくる
今まで一定の距離を開けてきていたがじわじわと縮まってくる
(八方塞がり!?)
状況を上手く打開する方法を思いつかない
その時ーーー
たまたま落ちてあった石に躓いた
「あっ!」
そのまま転んでしまった
格好の機会だという風に追手の1人が銃を構えるのが見える
スローモーションのようにゆっくりと見えた
よく死ぬ前はゆっくり見えるというがあれは本当だったんだと何か今から死ぬのにも関わらずのんびり考えているとーー
(違う!相手がゆっくりなら私も動けるはず)
そう思い手を動かそうとするがとても重く持ち上がらない
(!?)
全然持ち上がらない手を見てーー
(あ、そうか。相手がゆっくりだったら私もゆっくりなのか)
抵抗を諦めて身を任せる
短かったような長かったようなーー
そんな人生だった
(悪くない)
ここで死ぬのも悪くないと思えた
これで十分ではないか
引き金に指をかけて撃たれる
銃弾が回転して飛んできてーーー
(!?)
血が飛び散った