彼女の見た夢
階段を上がって廊下に出る
3人共に一定の距離を保ちながら歩く
ガラス張りになっているので外の様子がわかりやすいぶん、狙撃される危険が高い
前を警戒しながらも外にも注意を払わなくてはいけないーーこういった状況の中でいきなり悲劇は起こった
1番後ろという立場上、後ろを警戒しなくてはいけない
しかし、いくら前に零と奈美がいるからといって前を警戒しなくていいわけではない
更に外にも警戒するという3方向に精神を集中させて前へと歩いていたがーー
バン!
鋭い銃声が後ろから聞こえる
現在伊奈は後ろを向いて立っていたので本当は前の方向だ
急いで振り返ると零が驚いた顔をして後ろを振り返っている
見た限り外傷はない
冷静に観察している中で眼の端に何かが崩れていくのがわかる
(えっ?)
「なっ!」
零の声をマイクが拾って伝えてくる
膝から思いっきり倒れこんだのはーーー
「奈美!」
零が走り寄る
そして伊奈は捉えていた
血が真横に飛び出していたのをーー
奈美の倒れた場所の隣には通路があってーー
「危ない!」
反射的に飛び出して倒れこんだ奈美とこっちに走ってきていた零を巻き込んで先ほど零がいた方の通路から見えなくなる場所まで飛び込む
案の定、その奈美が撃たれた通路からは銃弾が飛んできていてーー
(うっ!?)
肩を流れ弾が被弾する
致命傷にはならない傷だが、かなりの痛みがある
血が流れて落ちる
(くそっ!)
今もまだ通路から外のガラスを破る銃弾が続いている
足音は銃声に紛れて聞こえないが、おそらくこっちに向かってきている
奈美の傷も深いが応急手当によっては助かるかもしれない
しかしここにいたままではいつか殺される
安全な場所を見つけなくてはーー
「零、場所を変えるぞ、ここじゃやられる!」
マイクを通さずに生で言う
奈美のそばに座り込んでいた零はーー
「置いて行くのか!」
同じく生で叫んだ
「まだ生きている!」
「わかってる、落ち着いて。ここじゃ治療は出来ない!」
今の零は確実に自分を見失っている
気が動転しているのがしっかりわかる
「零ーー!」
大声で叫んだ
そして頬を打つ
パチンと銃声にも負けないいい音がする
「あなたがしっかりしないと奈美は助からない、ここは私がなんとかする!あなたは奈美を連れて逃げて!」
やっと正気に戻ったらしい零はーー
「わかった」
と小さく呟いた
「後ろの奴らは私が対応する、殿は任せて。前は出来るだけ人がいない所を選んで」
今度は何も言わず頷いた零は
「死ぬなよ」
「それはあなた次第ね、死ねない理由があるのでしょ?」
さあ行ったという風に手を動かす
呻いている奈美を担いで零が走り出した
零が奈美を担いで走って行った方向を見ていた
(こっちの仕事に集中するか)
自分に言い聞かせて準備をする
うるさい程鳴っていた銃声が止まる
(角まで来たか?)
隠れずに堂々と廊下のど真ん中に立つ
勢いよく出てきた2人が状況を確認する暇をやらず
ババババババッ
アサルトライフルの連射機能を活用して2人を落とす続いて出て来た人間をーー
1人、2人、3人と次々と倒して行く
そして少しずつ下がって行く
今の目的は敵を倒すことではない
零達を警護する事だ
そのために深追いは必要ない
追ってきた人間を足止めするだけだ
そして奈美を抱えているため足が遅くなっている零を最低限見失わないように距離をとる
銃弾が切れる
咄嗟に手榴弾を握りピンを抜く
「室内では使わないでよーー」
天使さんの声が聞こえる
少し笑って出来るだけ遠くに飛ばすように水平に投げる
そして後ろにしゃがみ込むーー
ドゴーン
地面を揺らすような勢いで手榴弾が炸裂する
急いで銃弾を変えていた時にこの爆発が起きた
予想外に勢いが強い
結構遠くに飛ばしたはずなのにーー
爆風に巻き込まれ飛ばされる
激しい衝撃が走る
頭が痛い
ズキズキする
(こりゃ天使さんが室内で使うなというわけだ)
変に冷静になっている部分が解説する
今日は妙に冷静になっている脳だ
(・・・まあ冷静の方がいいよね)
納得して衝撃に耐えながら銃弾を交換する
すると誰も出てこない
(枯れたか?)
しかし今の爆発でかなり零達との距離が遠くなった
後ろからは来ないので、来ない物を待っていても仕方ない
警戒をしつつ、零達の元へと走って行った
「なぁ、俺達このまま進んでもいいのか?」
「さっきの手榴弾、相当の威力だったぜ」
「投げたやつも死んだんじゃねえか?」
「いや、結構こっちに放り投げてたからな」
「あいつ死ぬ気か?」
「・・・」
死ぬ気で動いてくる奴ほど怖い相手はない
角の先で待っているであろう脅威に追手は動けなかった
予想以上に手榴弾の攻撃は相手に精神的攻撃を仕掛けることに成功したらしかった
「伊奈、ここだ」
進んでいくと一つの部屋の中に零達はいた
そこは昨日寝たところと同じような無骨な部屋で照明が一つしかない部屋だった
しかし、前の所よりは横に広く照明が一個しかないのがより一層暗さを示していた
(暗い)
やはりそのイメージだった
しかし照明の下は幾分明るくーー
そこに奈美は寝かされていた
どこから持ってきたのか布団が引かれていた
応急処置をしようにも器具が充実していない
取り敢えず傷の場所を確かめる
胸に1発、腹に数発ーーー
血液をそうとう消費しているらしく、血は止まりかけている
それは治ってきているのではなく、そこの部分を捨てようとしている
つまり壊死ーー
しかしこんな所を壊死されたら困る
まだ少し血が出血している所に止血剤、あとは増血剤を撃ち込んだ
そして傷口を包帯で巻き鎮痛剤を撃つ
銃弾は見事に貫通していたらしく、不幸中の幸いだったが、後の回復は奈美次第だ
このまま死ぬのも生きるのもーー
奈美の回復力を信じるしかない
これまでの処置を終えて時計を見ると夜中ーーー
(時間が経ったな)
出来るだけの事はやった
ゆっくり壁際にもたれ掛かる
睡魔が襲ってきて眼を閉じた
「奈美?」
零の声で目が覚める
そして奈美へと駆け寄った
目が薄く開いている
(成功した?)
手を握り脈を測ると薄っすらとだが波打っている
あまり油断出来ない
むしろここからだろう
奈美の力を信じなくてはいけない
「零・・・君?伊奈・・・ちゃん?」
小さかったがしっかりとマイクが音を拾って伝える
「喋るな、大丈夫だ、助けてやる」
零が優しく声をかける
奈美の顔色は悪い
息も浅い
「天使さんがね・・・」
「ん?」
零と伊奈が奈美の言葉を待つ
『天使』という言葉に零も喋るなと言えなかった
「迎えに来たよって」
「!?」
声にならない悲鳴が漏れる
会えるはずがない天使が来たという事はーーー
「大丈夫だ、助けてやる」
「天使さんは笑ってた」
「ああ、綺麗な笑顔だろ」
(ごちそうさまでした)
さりげなく惚気た零に突っ込む
「ありがとうって」
「え?」
聞き慣れない単語を聞いた
「奈美?」
「ありがとうって言ってた・・・」
誰に?
そして何を?
疑問が渦巻く中ーーー
「私からも・・・ありがとう」
『奈美?』
零と声が重なる
「ちょっとだけだったけど・・・楽しかったよ、零君と付き合った事・・・」
忘れていたーー
零も忘れていたらしい
「伊奈ちゃんも・・・」
「ん?」
名前を呼ばれて反応する
「いろいろ教えて・・・くれてありがとね・・・」
息が荒くなる
「奈美、喋っちゃ駄目、助けてあげるから」
「伊奈ちゃん」
「何?」
器具を用意していると
「もういいよ」
「え?・・・」
「もう、十分」
「助けてあげるわ」
「私わかってるの」
「・・・」
「自分が死ぬ事、今まで認められなかったけど・・天使さんが来たから・・自分が死ぬ時はわかるんだね・・・」
「・・・」
「何だか怖くないなぁ~ずっと死ぬ事考えてたのに・・」
「奈美!」
駄目だ、現世に意識を留めさせなければ!
冥土に行かせるわけにはいかない
「零君も伊奈ちゃんも恰好良かった」
「どうせなら可愛いの方がいいよ」
冗談を言って注意を引く
人間は気持ちでの面が大きいーーまして極限状況では自分の意識次第で変わってくる
「いいや、恰好良かったよ・・これで楽になれる」
「奈美!」
零の声が響く
「生きてーー」
何も無かった右手を伸ばし伊奈に触れようとしてーー力が抜けたようの崩れ落ちた
「奈美ーーー!」
夜が明けた頃ーーー
奈美はゆっくりと息を引き取った