残党と光筋
猪野と別れてビルの階段を登る
コツコツと足音が鳴り響く
ここは今先ほどまでいた地下ではない
地下では人の気配は全く感じられず、実際誰にも会わず攻撃されもしなかったがここは違う
一歩間違えれば死に直結する場所だ
気を抜くわけにはいかない
零を先頭に奈美、伊奈と続く
全員が無言だった
危険な場所である事もあるが、猪野との決裂も大きかった
本当に今まで隊長として信頼し、指示に従ってきた身とすれば、さっきの別れは辛かった
猪野が緒方のために自分達を殺すと言われたのは、信じられなかった
実力はあった
判断力もあった
運もあった
そういう優秀な人材で隊長として従ってきただけに今さっきの別れを重くしていた
今の空気は重苦しい息の詰まりそうな雰囲気だった
今強襲されたらあっさり倒されただろう
精神的支柱を失ったのは大きかった
伊奈も零の判断には同意していたが、この絶対的支柱を失いどうやってこの危険な場所から生き残るかを考えると見通しは悪かった
「伊奈」
零が専用通信を使って声を通す
奈美には聞こえないようにしなくてはいけない話をするらしい
1人1人の距離を空けて歩いているため奈美に声が漏れる心配はないーーー
気が進まなかったが零の通信に答える
「何?」
短くぶっきらぼうに答える
それを意にも介せず零はーー
「俺の判断は間違っていたか?」
主語がないとわからない
「何に対しての?」
「隊長の事だよ」
「・・・」
器用にも前を警戒しながら話すという離れ技をさりげなく披露しながら進む零に一瞬答えられなかったがーー
「私も零の意見に賛成した、何かを言える立場ではないわ」
奈美の背中を見ながら進む
彼女は何を考えているのだろうか?
それは気になった
彼女も人を殺している
それも数人ではない、かなり大勢をだ
崖の上での激戦や、同じく崖の上からの狙撃ーーー
自分が撃たなければ殺されてしまうという状況ではあるが、それでも人を撃っている
彼女はまだ人の精神として正常なのか?
それとももう狂ってしまっているのか?
それは部屋で話した時にわかった事だが、彼女は罪悪感を大きく感じている
秋人の事件はイレギュラーだったが、それが上手いことに奈美の罪悪感を一時的に消している
毒の上に更に大きな毒を塗ると最初の毒は消え去ってしまう
毒にはそれより大きな毒で対抗したのだ
結果見事自分の罪悪感を打ち消し、秋人への思いに変わっている
彼女もあの惨劇を見たはずだ
1番近くにいた伊奈がよく発狂しなかったものだ
正直危なかったが・・・
身体の原型はとどめておらず無惨にも潰された手足ーー顔は誰とはわからないところまで潰されていて唯一残っていた胴体
想像するだけで戻しそうになった
軽く顔色が悪くなるのがわかる
体温もスーと下がっていった
その変わり果てた秋人の姿を見た奈美だったがこれからh彼女次第だ
今の彼女は一種の興奮状態にあり、まだなんとか精神状態保っているがそれがなくなった
らーーー
想像するだけで恐ろしい
そんな事態にはなって欲しくない
そう思い奈美を見つめていた
再び零から通信が入る
「俺は死ねない理由がある」
強く言い切った零をからかう
「あの天使さん?」
想定外にもきっぱりと
「ああ」
と言い切った
これには拍子抜けした
これまで散々菖蒲の事をからかっても何も反応しなかったのに、この違いは何だ!
何故か少し腹が立って
「ごちそうさま、満腹になりました!」
「何で怒ってるんだよ?」
不思議そうに聞く零を見放す
「いいわね、帰りを待ってくれる人がいて」
「お前はいないのか?」
「・・・」
真面目な口調で零が言い放つ
答えられなかった
「俺がここまで来れたのは待っている人、天使か、がいたからだ。お前はそうじゃないのか?」
非常に的確な所を付かれて困る
困ったあげくーーー
「私にはいない」
「・・・」
「私は死ぬ事を前提に生きてきた、両親も一緒、私が数日間いなくなったから殺されたと思ってるんじゃないの?」
「・・・」
「葬式やってるかもね~あの両親ならやりかねないわ」
笑いながら付け足す
両親の顔が浮かびより一層その思いを強くさせた
小さい頃から変わっている両親だった
「生きて帰ろう」
零が強く言って通信を一方的にきった
鼻がツンと痒くなり、眼から涙が少しあふれる
(花粉症?)
薬を用意しないとな
そう思って生きて帰るという目標を再確認した