山小屋での攻防
山を急ぎながら登山する
「伊奈ちゃん止まれ、目標発見」
猪野の声がイヤホンから流れる
「了解」
小さく呟いて前方方向に態勢を戻す
遠くに山小屋が見える
スコープを通して見て、本物だと判断した
「右だ」
零の声に全員が右を向く
崖の上から下を狙って狙撃しようとしている何人かの相手が見える
うつ伏せになりながら大量に発砲している
そうやって攻撃している人数だけでも8人
山小屋にも若干数名いると考えていいだろう
単純に考えれば山小屋で用意しているのが2人だと考えていいだろう
再びイヤホンから猪野の声が流れる
「俺と零であいつらを全滅させる、全員がこっちを気にしていない、特に難しい事ではない」
「ああ、機関掃射で一発で決まるだろう」
零の声が聞こえる
「問題は山小屋だ、おそら何人か待機しているはずだ、伊奈ちゃんらは山小屋の狙撃をしてくれ、突入しなくていい。ドアが開いて中の奴が出てきたら対応してくれ、足止めだけで構わない」
「了解ー」
「こっちが制圧できたらそっちに向かう、頼むぞ」
「急ごう、下の人達に負担がかかる」
そう言って秋人と奈美を促して森を歩く
「到着ポイントに辿り着いたら報告をくれ」
「了解」
実戦の様子を見て驚いたのか顔が固まっている秋人と奈美を見てため息をつく
はたから期待はしていないが銃の使い方さえも忘れてしまっていそうな2人を見ると情けなくなる
実戦を知らない人間には当たり前かもしれないが、ここに来てその調子だと全く当てに出来ない
下手すれば仲間を撃たれる羽目になるからだ
実際そういった危ない経験も伊奈にはある
(頼むから同士討ちだけはやめてよ)
そう思って銃を構えながら進んで行った
ドアは歩きながら確認したところ開けるタイプのものらしい
だったらーーー
ドアが開いて中の扉が見えるところに自分がーーー逆の方向に秋人と奈美を置いた
秋人と奈美の位置はあんまり意味が無いが伊奈のポジションは危険過ぎるので結局そういう配置になった
狙撃が始まってから3分程でこの配置が出来た
急がないと味方が殲滅されてしまう
「隊長、配置完了いつでも行けます」
「よし、作戦開始だ」
そう言ったのと同時に連続する銃声がなり響き崖の上から下を狙っていた奴らが赤い液体を噴き出しながら倒れていく
伊奈はスナイパーライフルを構えてドアを睨む
慌てて音に反応して出てきた男を射撃する
一発の銃声が鳴り響き見事右手の平に命中し持っていた銃を落とす
「こっちは完了した、援護に向かう」
「了解」
そう言いながらも的確に射撃を続ける
太腿に2発撃ちかなりの流血になった
慌てて後ろから仲間と見られる者が狙撃された男を引きづりドアを閉める
「ちっ」
舌打ちをして軽く銃を降ろした
その時伊奈のもとに猪野と零が駆けつける
見たところ無傷だ
あの圧倒的有利な状況で傷を負うのはやめてほしいが・・・
「最低中に2人います、1人は右手の平、太腿に2発狙撃しています、もう1人は無傷と見られます。どうしますか?」
猪野に指示を仰ぐ
突入にはリスクを負う
ただし勝ちは決まっているがーーー
目標の小屋には窓がない
侵入経路はあのドアだけだとすると・・・
「どうしますか?」
再び聞く
猪野の実力を試してみる
どんな指示をくだすかで今後の印象が変わってくる
「零、ついてくるか?」
「もちろん」
「伊奈ちゃん後ろ頼む」
「了解」
どんな攻撃を仕掛けるのか内心ワクワクしていた
零と猪野がドアの両側にしゃがみ込んだ
伊奈はドアが開いて射撃されても当たらない位置で警戒をし、残る一般人2人は密かに木の影でこっちを見つめていた
零がドアノブ側と反対側にしゃがみ込みながら刃物でドアの鍵を強引に壊す
相当の威力だったらしくほんの数回で鍵が壊れた
(鍵屋さんがんばってよ)
あっさり壊された鍵を責めつつこんなどうでもいいことを思えるのは精神的余裕からだろうか
2人のすることを上から我関せずとばかりに見ているからだ
そしてーーー
零がドアを開けた瞬間中から銃弾が連続して撃ち出される
初めから予定してあった通り零は紙一重で壁に隠れ銃弾をかわしきっているが中からは、これでもかとばかりに爆音が鳴り響いている
少したった頃ーーー
銃弾が止んだ
弾がなくなったのか、これ以上撃っても無駄だと気付いたのかどちらかはわからないが銃弾が止んだ
猪野が零に頷く猪野が開け放った扉から一気に突入する
激しい銃撃の音がしたがすぐに止んだ
そして零と猪野が無傷で出てきた
そして何事もなかったかのように
「崖の上からの狙撃に移る、スナイパーライフル用意を」
「了解」
改めて猪野への認識を変えて狙撃の準備に入る
その指示を出した猪野がライフルを持っていない事に気付き聞く
「隊長、ライフルは?」
「俺は接近戦の方が専門でね、近距離銃しか持ち歩いていないんだ、さっきの俺達みたいにならないように後ろを見張っているからお前達だけで頼む」
「了解」
これ以上頼もしいバックアップはない
狙撃に集中出来る
猪野は秋人も連れていくみたいで零と奈美との3人での狙撃となる
あらかじめさっきの強襲の時に用意していたライフルなのでそれほど用意の必要はなくーーー奈美の用意を手伝った
「ここから覗いてーーー敵の頭を狙うのがベストね。ここのスコープはこうやるとズームするから」
スコープを回して説明する
「わかった」
以外にも覚えの早い奈美に感心して零の準備を確認して猪野に聞く
「全員用意完了、発砲の許可を」
「わかった、狙撃開始だ」
その合図と共にスコープを覗き込み敵を探す
相手が堕天使だとは聞いていた
でも結局は天使が墜ちただけで魔法も使えるし相手にならないと私は夢の中であの天使さんに言った
「伊奈ちゃん、堕天使でも魔法は使える。でも前にも言ったとおりこの世界では魔法は使えないの」
「それでも身体能力が人間とは桁外れなんじゃ・・・?」
「堕天使も私達と同じように戦争するだけの人数はいない、天使数かな?まぁそれはいいとして私達と同じように結局人間にも参加してもらうのよ」
「・・・」
「だから言うとなれば人間同士の戦争でもあるの」
「・・・」
「この話は終わりにしていい?次は相手の見分け方だけど、堕天使側は紅の色の外套または服を着ている」
「それは脱がれたら」
「脱げない、外せない」
「・・・」
「何でって聞かないでね、何故人間は生きているのか?っていう疑問と同じになるから」
つまりそれは決定事項だとーーー
「天使は墜ちたら燃えるらしいの、その所以かしらね?」
物騒な事を誰もが振り返るような美しい顔で言われても困るのだが・・・
「それじゃあね」
「天使さん」
「なあに?」
ゆっくりとした動作で振り返る
もしかしたら自分は心を読まれて今から言おうとしている事がわかっているかもしれないーーとそう思いながらもそれでもいいと思い聞く
「天使さんは私の何処まで知っているのですか?」
自分にしては思い切った質問だった
それを天使さんはーーー思わず女の私でもくらっとしてしまいそうな微笑みで
「あなたの事は知らない」
「・・・」
何も言えなかった
「でも零の知っている事くらいなら知っている」
「!?」
「また会いましょう」
手を伸ばしたが届かない
何処か遠くまで行ってしまった
「天使さん!」
どうしてそんな事を思い出したのだろうか?
それでもしっかりと回想している間にも照準は定められていてーーーあとは撃つだけだった
(何してるんだろ?私・・・)
苦笑しながらも狙いが定まっているのを確認してーーー
引き金を引く
ズシンとした衝撃があったが耐える
脳天に命中して赤い血が一斉に噴き出して、ガラクタとなった物は膝から崩れ落ちーーー
そこまで確認せずに次の目標を狙う
横からも銃を発砲する音が鳴り続ける
(集中!)
そう呟いた頃には先ほどの回想など頭から消えてなくなっていた
狙撃を始めて5分程経った頃ーーー
さすがに堕天使側の人間も上からの攻撃によって自分達の山小屋が奪われた事に気付いて上にも攻撃を仕掛けてきたが、下で展開しているこっち側の人間がそいつらを攻撃するという思った通りの攻撃が展開されている
ただし上に攻撃が来ていて、森の方からも攻撃権を取り戻そうと何人かがこっちに向かっているとの事で、狙撃よりもそっちへの対応が現在の任務となっている
秋人も覚悟を決めたようで思いっきり撃ちまくって敵を脅かしている
熟練してくると、熟練した力を持っている人間よりも下手で適当に撃ちまくる敵の方が怖い、予測が出来ないからだ
そういう意味では秋人が大活躍していた
もちろん伊奈や零も他人任せにしていた訳ではない
猪野の援護や伊奈の単独射撃によってかなりの人数を倒したがまだ何人か残っている
下にこの人数を回せば確実に制圧出来るのにーーと皮肉りながらも状況はあまり有利ではなかった
上を制圧しているので土地的には有利だが何しろ敵が多く木が多い
跳ね返って危ない思いをしたのは数回ではない
もちろんその木を盾代わりに使っているが、敵が多すぎる
(クソッ)
バンバン発砲していた時ーーー
「本隊が到着した」
猪野からの無線が入ったのと同時に敵が引いて行く
こっちの本隊が到着した事を聞いて帰還命令が出たのだろう
これぞとばかりに一斉掃射するが深追いはせずあくまでこの山小屋から動かなかった
秋人は深追いしたそうだったが猪野に止められしぶしぶ諦めた