底なし沼から出てきた物は?⑷
「ぎゃ~」
情けない声が一瞬校舎を駆け巡る
しかしその声はほんの一瞬で終わってしまう
声自体は大きい声で目立つものだったが一瞬だけだったこと、そして放課後で生徒が誰もいなかった事が幸いしてその声は誰にも気づかれなかった
「情けない・・・」
「あんたを基準にして物事を考えるな」
「しかしこのぐらいで落ちるようでは・・・」
どうやら男と女が喋っているらしい
それも誰もいない校舎では異例な事だ
カップル?
それにしては異様な空気だ
では誰?
そこに男が物騒な事を言い出した
「さて捕まえたし、次行こうぜ」
「ああ」
何を話している?
捕まえた?
生物部が何かの動物を逃がしたのか?
それであの2人は生物部の部員?
そうではなさそうだ
「これで3人目か」
「ああ、予想外に多かった」
「こいつらどうするんだ?」
「私達の仕事の範囲ではない、生かそうが殺そうが私達には関係ない」
「ごもっともで」
生かす?殺す?何を物騒な事を言っているんだ?
それよりもあの2人は何を言っていた?
「これで3人目」
人ーーー人間を数える単位だ
ということはーーー顔色が悪くなるのが自分でわかる
しかし好奇心には負けられず
そっと隅から眼を出す
予想通り2人の男女が立っており、その間に座っている人間ーーー男か女かはわからないが座っているというよりひざまずいている
その様子をじっと見ているとーーー
「なぁいつから気付いてた?」
「顔を出す前からだ」
「何故飛びかからない?」
「お前が出ないからかな?まぁ私の気まぐれだ」
まるで自分の事を言われているようで悪寒が走る
「行くぞ」
女が言ってこっちに走ってくる
自分の予感が当たってしまったことを自覚した時には既に走っていた
(なんでこっち向いてないあいつがわかるんだ)
息を潜めて、眼も最低限に抑えて見ていたと言うのに
(怪物かーー!?)
背中からは足音が迫ってくる
(速いーー!?)
想定外の速さに後ろを振り向きたいのを我慢して校舎を駆ける
(どこか、どこかないか?)
幸い校舎の地形は頭に入っている
どうせあいつらは私と同じ立場だが報酬を巡ってか仲間割れをしたに違いない
この校舎は私の庭同然だ
ここは広く走りやすい
絶好の逃走環境だ
逃げきれないはずがないーーー
実際校舎の角という角を利用して後ろの足跡は聞こえなくなってきている
まったく聞こえないわけではないがだいぶ突き放したようだ
(ざまあみろ)
心の中で罵って一つの教室に入る
(ここならわからないな)
この学校には教室がたくさんある
万が一ここが
ばれたとしても外に逃走ルートがある
絶対的有利の場所だった
のはずだがーーー
教室のドアが蹴られて開く
強烈な音を残して入ってきたのはーーー
あの男の方だった
全身に鳥肌が立つのがわかった
そして外へと走り去った
2人とはもちろん零と菖蒲の事だった
話していた通り3人を捕獲し報酬を得ていたのだが、その途中に近づいた気配を気づき校舎での鬼ごっこになったというわけだ
逃げている男は上手い走り方で逃げ切って零達をまいたと思っていたようだが、実際は零の白銀の眼を使いあっさりと見つかっていた
さすがに零の持っている白銀の眼は扉越しにすべてが見えるわけではなく、赤外線と同じように人間の体温で反応するように設定したので、人間がいる場所は一発でわかった
ちなみにすぐに追いかけて来たのが菖蒲だけだったのは零が捕まえた3人目を処理していたからだ
なんで見つかったんだという男の嘆きを無視して男に向かって透視をする
案の定、煌に教わっていたスパイするための道具を2、3個発見する
そこで菖蒲に向かってイヤホン型の通信機に叫ぶ
「対象発見、対象はDブロックに向かっている、ついでに当たりだ」
当たりーーー意味はそのまま、捕らえるべき標的だということだ
最初は零も菖蒲も相手が標的だと思って攻撃を仕掛けたわけではない
間抜けな話だが外れの可能性もあったが、どっちにしろ口封じの為に捕らえる必要があったから追いかけたわけだーーー失敗していた時は考えたくないが煌に後始末を任せる事になっていたかもしれない
その心配が無くなっただけでもありがたいが追っていた男が驚愕の行動に出た
もう捕まってしまうことを覚悟したのかベランダから下に飛び降りたのだ
(おい!?)
さすがに焦って下を見ると男がいない
白銀の眼を使って探索するとーーー
(おい・・・)
下の階のベランダから教室に入っていくのが見えた
(マジかよ)
優れた運動神経は評価するにあたいするがこっちもする事になると結構なスリルがある
なにしろ眼の前に地面は無い
今自分が立っている所の真下に地面はあるわけで単純に前へ飛べば地面へ落下する
そんな危険はおかせないが今は時間が無い
手すりに煌から渡されてあった人間の重さにも耐えられるワイヤーという七つ道具を使い下に降りる
戸惑っていた時間をロスしてしまい見失いかけるがーーー
「零!4ー1来賓周辺だ」
「了解ーーー」
いいところで菖蒲の援助が入る
「行くぞ」
「先行く」
回り道をして先回りをする
短刀の形にした武器を片手に走って行った
(くそ、何なんだよ!)
走っても走っても追手が現れる
(洒落にならねーぞ)
走っている男は失踪しているこの高校の生徒の親に雇われた者だ
それなりの優秀で成績も残しているのだがーーー
前に男が現れる
(くそ、悪いな)
よく見るとこの学校の生徒らしいがやるしかない
ナイフを取り出し構えそのまま前に全力疾走する
よければそれで良し
よけなければ刺さる
それまでなのだが、眼の前の男はよけなかった
(悪いな坊主)
走るのをやめず突っ込んだ
男の眼の前に回った零の男がナイフを取り出すのを確認した
それでもよけずにそのまま反撃の態勢を作る
(来い)
迫ってきたが特に動きをせずただ悠然とたつ
(よし)
短刀の攻撃範囲に入った途端顔めがけて短刀投げる
命中し勢いを大胆にも足で手の方向を変えてそのまま頭を後ろから蹴りあげる
ここまで綺麗に決まった男の運命は決まっていた
「ご愁傷様」
菖蒲の呟く声が聞こえた