蒼白い月の空を(20)
廊下に出る
雅は中で何か考えているようだったので置いて出てきた
左手と脇腹が痛む
さっきは何事も無かったのように話していたが、予想外の痛みがある
長い廊下の壁に背中を着けて座る
「まったく、とんだ女だ」
小さく呟いて脇に手をやる
発熱している
それもかなりだ
(折られたな・・・)
それと左手
握力は既に無く、感覚もないがただ痛覚だけがある
(まずいな)
こんな所で座り続けているわけにはいかない
ここは敵の(?)本拠地だ
こんな所で眠るわけにはいかない
不思議と痛みがある時は寝ようと思っても痛すぎて寝ることは出来ないと思われるがちだが、逆に眠たくなる。(結局は気絶するのと大差はないが・・・)雪山で寝るなーーーと同じ様に眠ると楽にはなるが、2度と眼が覚めないかもしれない。確かにここは雪山ではないが、
(これがあるからな)
制服の中にある物を探り当てる
拳銃
こんな物騒な物を持ち歩いていると分かればどんな扱いを受けるかわからない
良くて警察、悪くて問答無用の監禁、暗殺だ
したがってこんな所で寝転んでいる場合じゃないーーーないのだが残念な事に身体が重くて動かない
(どうするかねぇ?)
危機感を感じさせずのんびりと考える
「零?」
「会いたかったぜ」
「あなたね!なんで同調切ったのよ!」
「うるせーな。頭に響く」
通信を使うて交信しているので大声を出されると頭が痛い
零が平然としていられた理由
それはもちろんドロシーがいるからだ
零はドロシーと同調をした瞬間に文句が山のように降ってくると思っていたが予想外になかったので若干心配していたのだが、たんなる零が誰かと話していたから控えてくれていたようだ。
(ありがたい事で・・・)
声には出さないで心の中で呟く
「勝手に同調切るから何が起こったのか心配だったのよ!」
「へぇ?心配してくれてたの?」
「前の一件があるからね」
「・・・」
美夏の叔父の事ーーー
言われるまで忘れていたが、あれとほとんど同じ状態だった訳だ。ドロシーが心配するのは当たり前だが、零は平然と言い返した
「あの時は勝手に切れたんだよ。今回は違うけどな」
「だからなんで同調切ったの?死んだかと思ったじゃない」
「そんな簡単に死んでたまるかよ」
「零、人はね。簡単に死ぬのよ。しかも勝手に一方的に・・・ね」
悲しげな声に変わる
ドロシーのいう通り
人は簡単にそして勝手に死ぬ
生きている者に心の準備をさせずに
別れの言葉を言わせずに
言い返す言葉がない
それが事実だとわかっている。それに認識している零は返す言葉などあるはずがない
残酷な光景が脳裏に浮かぶ
(ちっ)
それを振り払うかのように頭を振る
「零?どうしたの?何かあった?」
零の異変に気付いたのかドロシーが言葉を重ねてくる
「何もない」
それを否定して話題を変える
「天使。俺の前誰と組んでいた?」
してはいけない話題を振ってしまったかもしれない
零にしては珍しくもう起こってしまった事を後悔したがもう遅い
失言を後悔し唇を噛み締めていると
「聞きたいの?」
予想外だ
正直聞きたい
しかし聞くべきかどうか迷っていると
「零が聞きたいなら教えてあげる」
魅惑の音域ーーーソプラノの声で聞いてくる
(いい声だ・・・)
今まで気付かなかったがドロシーは高い声だった。それでも、やはり天使と思わせるような人間ではない声。零自身異性の声を気にした事は無かったーーー気にする人はあまり多くないと思うが
綺麗な声だった
今まで何も気にしていなかった事を気付けた
これは零の中では大きな事だった
出会ってから半年が経とうとしているが、新しい発見をする事が出来た
人間は発見出来なくなれば終わり
そう勝手に定義付けしていた零にとっては嬉しい発見だった
新しい物を見つけるのが楽しいーーーだからこそ零は比較的(正確にはとても)勉強が出来る。新しい知識を身につける事に貪欲で手を抜かない。だからこそある意味難関校であるお嬢様学校の山蕗高校にトップクラスの成績で入学する事が出来たのだ
少し笑う
それを感じ取ったドロシーが
「どうかした?」
疑問を浮かべるような声を出す
(綺麗だ・・・)
2回目の感想を浮かべたあと
「いや、そういやお前どこにいるんだ?」
さっきの質問に答えずドロシーに問う
「山蕗邸の庭ーーー広いわね~」
簡単ではないはずなのに事も無げに言うドロシーが面白い
ある意味自分達は最高の相棒になれるような気がした
壁にもたれ掛かっているとドロシーが見える
ここだという風に唯一使える右手を振る
「天使~ここだ」
ゆっくりと歩いて来て次第に表情がわかるようになる
顔をしかめている
「また酷くやられたわね」
「ああ」
実際は話す気力もないはずだが平然と話す
「誰に?」
「菖蒲」
「勝ったの?」
「一応な」
少し後ろめたい感情があるが勝ったのは事実だ
「立てる?」
「立てたら呼んでねぇーよ」
「そうね」
天使に肩を貸して貰って立ち上がる
「いい匂いだな」
「そう?」
「何付けてんだ?」
「内緒!」
少し嬉しそうに見えたのは気のせいか?
これでまた一つ知っている事が増えた
そんな格好で歩いていると
「零?」
聞き慣れた声が聞こえる
気のせいであってくれーーという願いも虚しく伊奈がいた
「零ーーー誰?その人?」