蒼白い月の空を(16)
開始の合図とともに菖蒲が打ち込んでくる
眼にも止まらない、長い薙刀を使って攻撃しているとはとても思えないような速さで打ち込んできた
実際の刀の部分は試合ように木製になっているが、まともにくらうと骨折どころでは済まない速さだった
(くっ!)
本能的に左手に握っていた短刀を使い直撃をさけ薙刀の勢いをそらす
(痛・・・)
短刀のほうが力が込めやすく単純にダメージが少なくてすむはずだが、実際はそうではなかった。短刀を選んだ理由も衝撃を避けるというためもあったのだが、予想外に菖蒲の薙刀は短刀という好条件を無視した威力だった
接近戦で勝負しないとまず短刀しか(実際は短刀より長い それと天使がくれた武器もあるが)もっていない零には不利だが、接近戦でも菖蒲には通用しないとわかると菖蒲の一撃目を逸らした瞬間に後ろに飛び移りーーー距離を空けた
「やるね・・・」
菖蒲は零を不思議そうに見て
「今まであれを耐え切った奴はいないのだが」
非常に名誉な(嫌な)情報を教えてくれる
(今頃だが、あいつ世界一だったな)
すっかり頭から抜けていた事実を今度は抜けないように叩き込んで素早く次の攻撃をよける。今度はこっちから攻撃を仕掛ける
よけて攻撃に移るまで約3秒ーーー
普通、菖蒲程の威力で攻撃をするとどうしても反動で次への攻撃・防御が遅くなる
それが長い武器を使って戦う者の弱点だが懐に零が飛び込んで短刀ではは腹を攻撃しようとすると、菖蒲が薙刀の刃ではなく柄の部分で防ぎそしてそのまま腕力で押し返してきた
(やべ・・・強え~なぁ)
そんなことを頭の中では思いながらも手と足は動き続けている
ここで止まることは敗北を意味する
両者とも止まらず、相手の隙を見つけようとするが動き回る相手に苦戦している
刃が交わる音だけが道場に響き渡る
真は菖蒲と零が戦う姿を見て驚いていた
(これならば・・・)
永遠の呪縛を解き放つことが出来るかもしれない
もしかしたら自分は隣に座っている彼女に大金を払う羽目になるかもしれないと感じていた
同時にどこか零に期待していた
この子ならば・・・と
真も、もちろん我が娘の実力を認めている
始まるまでは伊奈には悪いが自分の勝ちを信じて疑わなかった
しかし道場に入って零の姿を見ると
記録映像や写真、ましてや先ほどと纏っていた雰囲気が違う
オーラが見えるほど戦闘体制に入っていた
菖蒲も本気の時はそうしたものを纏う
真も昔武道をやっていた事があるのでそういった気配には敏感なのだが、普段とは違う圧倒的な威圧感をも感じた
(あの子達を返して正解だったな)
少なくともあの子達のような一般人に見せれるものではないし、見せてはいけない
零の経歴を調べても何もなかったがおそらく零は昔なにかしらの訓練を積んでいる
それでなくてはこのような洗練された技と雰囲気は感じられない
また探ってみようと決心した
菖蒲も真と同じような感想を抱いていた
一歩一歩の動き、瞬発力、そして判断力
一つ一つのレベルが高い
本人は堅気だと言っていたが、昔に何かをしていたか、高レベルの訓練を積んだのだろう
何故そこまで嘘を突き通すのかわからないが、人には人に話せないことの1つや2つある
無理矢理聞こうとはしないが気になった
しかし今はそのような事を考えているだけの余裕はない
一瞬の油断が命取りになる
気を引き締めた
一方伊奈は予想外の展開にーーー零に賭けたが実際は菖蒲が勝つと思っていたのにもかかわらず、いい勝負をしている
最初は賭ける対象が同じになってしまうからと零に賭けたが予想外の出来事に驚いている
菖蒲とは小さい頃からの付き合いで菖蒲の実力をよく知っている
知っているからこそ菖蒲の勝ちだと思っていたが、零の勝ちに賭けてみるのもいいと思った 理由は零の纏う雰囲気が菖蒲にどこか似ているからーーーそれだけの理由だったがいい勝負をしているため、もしかするとーーと勝った場合の入る金額を計算してみる
真が勝った場合は、元々両者とも菖蒲が勝つと言っていたため伊奈が取られる金額はたいした事はない
しかし、逆に伊奈が勝った場合は多大な臨時収入が入ることになる
しかし、山蕗家にとっては端金だが・・・
そのまた雅は予想外の勝負をしている2人に眼を見張っていた
正直勝ち負けはどうでもよく、零が菖蒲に対してどのような感情を持っているのかを知りたくて勝負を煽った
あっさりとOKした零に拍子抜けし
(勝つ自信があるの?)
と疑問に思った
いざ始まって見ると恐ろしく強い
そして綺麗だった
立ち振る舞いから短刀を扱う手の動き、そして服の上からではわからない、おそらく相当鍛え上げられた筋肉ーーーそれらを使った戦い方に感心すると共に惚れ惚れとした
雅も菖蒲の勝利を信じてやまなかったが、もしかすると自分は戦う羽目になるかもしれない と危惧していた
そして自分はどうやら零に対して間違った判断をしていたようだ
そして改める必要がある
ーーーーー零は強いーーーーーと
簡単に勝たせてやるつもりはないし、菖蒲と戦ったあとに自分と対峙するだけの体力が零に余っているのかは謎だったが、どうやら自分は零に嫌われてしまったらしい
あんな事を言っといてなんだが、雅には手がなかったのだ。てこでも動かなそうだったし山蕗を恐れていない。仕方なくあんな自分の美学に反する事をやってしまった
それのせいで零に嫌われてしまったのなら仕方ないと思いながらもどこか残念だった
自分と零は話が合いそうなのに、たいして話していないうちに嫌われてしまったのはもったいないーーーと。人間は一度嫌ったものはなかなか好きになる事はできない
人生経験が多い雅ならではの感想だった