蒼白い月の空を(10)
そんな平和な日々も長くは続かず・・・
「ちょっといいかな?」
久しぶりに奈美に話しかけられる
「おう」
だるそうに返事をして奈美の方向を見る
気のせいか顔が強張っている気がする
廊下の方に向かって来いというジェスチャーをしている
(めんどくさいな 何だよ)
睡眠を邪魔されたので幾分か機嫌の悪い零だったがおとなしく付き合う
廊下を出て、何処かへ奈美が向かっている それを追って歩いている零だがどうやら廊下で話すわけではないらしい 黙々と歩き続ける奈美を見て
(・・・?)
疑問を多大に持ちつつ何も言わずについて行った零だった
奈美に連れていかれたのは予想外な事に保健室だった
そこには当たり前のように養護教諭の竹島美奈がいた
「竹島先生 ここお借りしてもよろしいですか?」
ずっと黙りこくっていた奈美が声をかける
「うん いいけど 何したの? 零」
「何もしてね~」
「じゃあ何であんなに顔が怖いのよ?」
「特に思い当たる節がないんだが・・・」
「竹島先生 外してください」
有無を言わせない声で美奈姉をおいだす
「後で教えなさいよ」
ウインクをして保健室から出て行った彼女に毒づいてた零だったが・・・
「それで?用事って何?」
あまりいい雰囲気でないので先手をとらしてもらう
「…」
黙ってしまった奈美を横目に勝手に保健室の備品でコーヒーを作っている零だった
「あのさ・・・山蕗さんの事どう思ってるの?」
「菖蒲か?そりゃ山蕗家の次期当主だろ」
菖蒲っと呼び捨てにした瞬間に顔を曇らせた奈美だったが、零は普段は気がついたであろうその変化を気づけなかった
「菖蒲って呼び捨てで呼んでるんだね」
「あいつが零って呼ぶからな こっちだけ山蕗だったら変だろ」
コーヒーを作り終えて、悠々とソファーに座りくつろいでいる
「私の事嘉川なのに・・・」
やっと彼女の不機嫌の訳を誤解した零は
「奈美って呼んで欲しいならお前も零って呼べよ」
本棚を探り本を探す
「ねえ、別れよう?」
くつろいでいた零の表情が一変する
奈美の方を向いて問い返す
「今なんて?」
「別れようって」
「なんで?」
「だって宮西君 山蕗さんの事好きなんでしょ?」
「なんでそうなるよ?いつ俺があいつの事好きって言ったよ?え?」
「だって結婚するんでしょ 山蕗さんと」
「あんなのあっちが勝手に言ってるだけだ」
「でも、いつもお昼を一緒に食べてるじゃない!私達と食べずに」
「お前それはおかしいだろ!元はといえばお前らが最初に裏切ったんだろ あの時俺はお前らと一緒に食べると言ったはずだ それなのにお前らが裏切りやがって俺はあいつと食べる羽目になったんだぞ」
自分が悪いと言われるとは思っていなかった奈美は顔を真っ青にさせている
「で、でも 零君は結局山蕗家に入るんでしょ?」
「誰がそんなことを言った?」
「だって、結局宮西君もこれを機会に山蕗家に取り入ろうとするんでしょ!何だかんだ言っても、お金が欲しいんでしょ!」
自分でも酷いことを言ってるとわかっているらしく、表情は硬い
しかし下を向いていたせいでわからなかったが零の表情も冷たかった
「嘉川」
「?」
顔を上げた瞬間奈美の顔が凍りつく
零とは違う一般人に零の表情に耐えられる力を持っている者はいない
もちろん零も本気で怒っているわけではないが、ちょっといけないことを言ってしまった奈美を冷たく見ていた
「・・・俺がそんな奴に見えるか?」
声は優しい
いつもと変わらない声ではあったが、表情が悪すぎる
「・・・」
何も喋ることが出来なくなった奈美を冷たく見つめ、独り言のように呟く
「俺は女を殴る趣味はない」
暗に殴られたくなかったらここから立去れと脅しているのを、ちゃんと理解したのかどうかは謎だが、泣きながら走って出て行った
奈美お出て行ったドアを頭をかきながら、微妙な表情をしていると
「一般人にそれは駄目だわ」
美奈が入ってくる
「いつからいたんだよ?」
「最初から最後まで?」
「何故疑問系なんだよ」
「それよりあんな顔したら女の子は泣いちゃうわ」
「あれはあいつが悪い」
「あれは失言だったわね~零以外ならなんとかなっても、零にはあれは駄目ね」
声は笑いながらも顔は真剣だ
「で?どうするの?」
「ほっとく」
「あっそう」
気のない素振りを見せながらも心配しているのがわかる
「言っただろ 女の子に手はださないよ」
厳しい顔をしながらもふと美奈は笑って
「失恋したら、ここに来なさい 愚痴を聞いてあげるわよ」
「一応専門か」
「一応って何よ?」
笑いながら廊下に出た
「何してるの?」
頭の中に文字が浮かび上がる
「何してるんだろうな?」
「嫌いになった?奈美ちゃんのこと」
「元々好きで付き合ったわけじゃないからな」
「あれは強引だったわね~」
「誰のせいだ?」
「ははは…」
笑って誤魔化された
「俺は所詮金に目が眩んだ亡者に見られるだけの存在だったんだな」
自嘲する
「あれは勢いで言ったことよ」
「勢いでもちょっとでも思っていないとあんな事は言葉に出ないよ」
「ねえ、このままにするの?」
「なるようになるさ」
「それもそうね」
楽しそうに笑う
「ねぇ?今日帰ったらゲームしましょ!新しいゲーム出たのよ」
「へぇ新作か」
「これであなたと私は同じスタートラインから始まるわね」
「負けないぞ」
「私だって!」
2人で頭の中で笑う
天使なりに慰めてくれているのがわかっている
(ありがとう)
通信には飛ばさずに心の奥底で呟いた