蒼白い月の空を⑺
教室に帰ってきた零を待っていたのは、何処か気味が悪い人を見る眼のクラスメイト達と居場所が悪い思いをしていた奈美ら4人だった
「ねぇ・・・どうしたの?」
珍しく歯切れの悪い口調で尋ねてくる美夏と
「大丈夫だったか?」
こちらの心配そうに尋ねてくる良太だった
「まぁ、一応」
聞かれたほうも珍しく話す口調が苦い
「何だったの?」
「あぁ・・・驚くなよ 結納しようって言われた」
「結納!?」
卒倒しかける奈美をなんとか支えた美夏も顔が真っ青になっている
良太は珍しく真剣な眼をしている
「それで?返事はどうした?」
「断った」
「はぁ!?」
何時の間にかうるさかった教室が凍りついており、みんなの大合唱になった
「零 なんで断った?別に悪い話じゃないだろ」
「俺奈美と付き合ってるし」
これまた教室が凍りついた
奈美は美夏の腕の中で気絶している
全員の心の中では言い方は悪いが奈美と山蕗家を比べてどちらを取るか ということだ 利口な者ならすぐに山蕗を取るだろう 菖蒲は美人だし特に性格の問題ないように見えるし、なにより山蕗家の婿になれば相当の権力と富が手の中に入ってくる事を意味する
それ以上に山蕗家に逆らっては
ここ山蕗家の支配下の土地では住めなくなる
からだ
しかし、それをあっさりと断って奈美を取った零を他の者たちには理解できなかった
馬鹿かと思った 死にたいのかと思った
ところが本人は大真面目で結納なんてまっぴらだと考えていた
そんな嵐の昼休みが終わり菖蒲が教室に入ってくる
零の隣の席なので嫌でも顔を合わせることになる
帰ってきて机に座った菖蒲は
「おい零 なんか空気が変じゃないか? まるで私を怪物か何かを見る眼をしているぞ」
呼び捨てかよ と嘆きつつ
「あんたが結納なんかしようなんていうからだ」
「私に事は菖蒲でいいぞ なんだ話したのか」
「迷惑だったか? 悪りぃな口止めされてなかったから」
「別にいい もう周知の事実だからな」
「それはありがたい事だねぇ」
やたらと身体が疲れている実感を持ちつつ
「あんた、なんでこの学校に来たんだ?」
「いや、お母様の学校だからな」
「そうじゃない なんで帰国してまでここに来たんだ」
「知ってたのか?」
「ああ、俺の相棒が調べてくれた」
相棒の意味を聞かずに菖蒲は
「あっちで学べる事はほぼ終わったからな」
「日本なら学べる事はあると?」
「ああ、お前に出会えた」
「それは光栄な事で」
嘆息しつつ窓の外を見る
2人の周りには人は1人もいないが(よりつけなかった)、教室はいつもより静かだ それなのに2人の声は聞こえなかった それは2人が声を眼の前にいる相手だけに聞こえるように話していたからだ こういう芸当が出来ないと菖蒲はアメリカでトップに立てないし、零も山蕗家で有名(?)にはならない
「お前雪が好きなのか?」
相変わらずの荒い口調でそして小さな声で聞いてきた
「ああ、綺麗だろ」
「そうだな 綺麗だ」
2人は黙って窓の外を眺めていた