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魔導師がユメみたセカイ。  作者: 津森太壱。
【魔導師がユメみたセカイ。】
9/18

08 : 仄かな闇の意は。2

*シリーズ中のネタばれがわんさかあります。

 ごめんなさい。





 マルと呼んだらいいのかヒューと呼んだらいいのかわからなかったが、反応の速度ではマルと呼んだほうが水萍の魔導師が振り向く確立は高かった。名前が二つあって面倒だと言ったら、自分でもそう思っているらしく、だからマルでいいと言ってきたので、敢えてヒューと呼んでやることにする。嫌そうな顔をするから、名前に拘りがないと言った彼に対する意趣返しだ。


「おまえ、人に懐くということがあったのだね」


 イーヴェにそう言われて、たぶんそれはあんたの息子だからだと言い返した。カヤには兄弟弟子がいない。そうなると、カヤにとってヒューという魔導師は、師の息子だからというだけで兄弟子のような気がするのだ。身近な気がするのも当然だと思って欲しい。


「ところであんた、ヒューがいるってことは、外見通りの歳ではないんだな」

「外見通り? ああ……どうもわたしは、若いように見えるらしいね。四十も目前なのだが」

「……そんな歳だったのか」

「ある程度力があると、万緑が支えてくれるのだよ。魔導師はとくに数も少ないからね。万全の状態で力が使えるよう、王族がそうであるように、老化の速度は遅い。それでも寿命は変わらないがね」

「初めて聞いた」

「そもそも知っている者が少ない。楽土の魔導師アノイは、ヒューの師だがね、彼女は別の意味で長命な魔導師であるし」

「そういえば小さい魔導師が……」

「あれはもう百年近く生きている。いや、それ以上か」


 幼くはなかったが、かといっておとなと言うには足りない、そんな魔導師が城内を歩いているのは見かけたことがある。話しかけたことはないが、あの魔導師がヒューの師だという。


「やけに貫禄があるとは思っていたが……長命な魔導師もいるのか」

「楽土の場合、力の使い方が違う。生命力を糧にして万緑を従わせる。まああれは、王族の異能が混じっているのだろう」

「王族の……どんなものだ?」

「ヒューに見せてもらいなさい」

「ヒューに?」

「あれは、王族の異能を持っているからね」


 数歩後ろをのんびりと歩き、与えられた任務がそれであるように、たまに土や草花に触れては手帳に書きものをしているヒューは、振り向いて立ち止まっているカヤに気づいて首を傾げた。


「どうした?」

「ヒューに、王族の異能があると聞いた」


 瞬間的に、ヒューは固まった。どうした、と問われたのはカヤであるのに、同じようにカヤは「どうした」と問う。


「いや……聞いたとは、父さんから?」

「今聞かされた」

「そう、か……ああ、おそらくは王族の異能だろう」

「おそらく?」

「わたしは魔導師だ。王族の異能だと、はっきり言うことはできない」

「? だが、イーヴェが」


 カヤが立ち止まったように、イーヴェも立ち止まっている。振り向いて、ヒューを見ている。


「レヒテンが王族だったのだから、ヒューに異能が出てもおかしくはない。異能は魔導師のそれと違って、遺伝性が強いからね」

「……レヒテン、というのは」

「わたしの妻で、ヒューの母親だよ」


 やはりいるよな、と思う。そして、やはりそうだったか、と思う。さらにいえば、もう亡くなっているというのも、間違いではないだろう。イーヴェの視界は、妻を失ったことで世界の色も失っている。イーヴェがその悲しみの中にあることを、カヤは知っていた。


「……ヒューは王族なのか」

「王族に名を連ねる。マルという愛称は、その略称のようなものだね。だからわたしはマルなんて呼んでやらない」


 ふいと視線を前に戻したイーヴェが、さっさとひとりで歩き出した。その後ろ姿に不機嫌なものを嗅ぎとって、カヤは少し距離を置く。ヒューの隣に並び、その顔を見上げた。


「ん?」

「王族なのか?」

「……混じってはいる、らしい」

「混じる?」

「母が王妹だったらしい。病弱だったから産まれてすぐルーク公爵家に引き取られているが、そのルーク公爵家は王姉が降嫁した家だから」


 それは完全には王族と呼べない。確かに連なる者だ。


「イーヴェに妻……想像できない」

「わたしも想像はできないが」

「ヒューは本当にイーヴェの息子なのか?」

「さあ」


 なんとも頼りない返事に、カヤは眉をひそめる。


「違うのか?」

「息子だとあのひとが言うんだ。わたしも幼い頃にあのひとがいた記憶はあるから、そう言われたら是と応えるほかない」

「……親子ってそういうものなのか」

「いや、わたしの場合は三つか四つのときにはもうアノイ……師のところにいたからな。よくわからない」

「なぜイーヴェが師ではないんだ?」

「さあ」


 これまた頼りない返事に、だいじょうぶだろうかとなにか心配になる。


「まあ、わたしは魔導師としての力が弱いから、あのひとが師になるには難しいというのもあるだろう。変な力もあるし、わが師のように王族のそばにいる魔導師の弟子となったほうが、なにかと都合がよかったのではないか」

「……淡々としているな」

「どうでもいいからな」

「……そうか」


 出自をどうでもいいとするのは、たぶん魔導師ならではの考え方だ。

 魔導師には身分や階級など関係ない。平民であっても貴族であっても、力ある者は魔導師になる。それだけのことだ。

 だからヒューは、「わざわざ親子だと周知する必要はない」と言っていたのだろう。

 いくら身分や階級がどうでもいい魔導師でも、イーヴェには大魔導師という称号があって、魔導師ではない者からすれば、それはたぶん、地位的に目を瞠るものだ。それは魔導師にとって煩わしいものでしかない。どうでもいいと思うからこそ、そんなものに振り回されたくないのだ。


「変な力というのは、その王族の異能か?」

「らしき力、だ。……ああ」

「どんなものだ?」

「どんな……説明が難しいな」


 あまり話題にしたくないのか、渋るようにヒューは言葉を選んでいる。考え込んで黙るくらいには、口にしたくないらしい。


「ヒュー」


 と、イーヴェがヒューを呼ぶ。


「見せておやり」


 ちらりと振り返ったイーヴェに、ヒューは嫌そうな顔をする。それでも、再び「ヒュー」とイーヴェに呼ばれると、諦めたように肩を落として手帳や筆を鞄にしまった。


「水害が起きても知らないぞ」

「案ずるな。カヤがいれば空は晴れる。さて、おまえとどちらが勝るかね」

「はあ……」


 その、とたんだった。

 空は晴れているのに、冷たいものが頬を濡らす。それがいくつもいくつも降り注いできて、徐々に衣服をも濡らしていくのだ。


「な……なんだ?」


 空は晴れている。

 だのに、雨が降っている。


「おや、奇妙なことになったね」


 イーヴェが暢気に言った。


「力が相殺されて、天気雨とは……これはまた面白い芸を身につけたものだね、ヒュー」

「……このままでいてもいいか?」

「風邪を引く。そろそろいいだろう」

「一度気を抜くと難しいんだ……しばらく待ってくれ」


 立ち止まって小難しい顔をしたヒューの周りには、たくさんの雨が、いや、水の粒がヒューを囲むようにして留まり、まるで戯れるかのようにヒューの周囲をうろうろとしている。水の粒が徐々に大きくなっている気がするのは、おそらく錯覚などではない。


 なんだこの力は、とカヤは目を瞠った。


「ヒュー」


 イーヴェが眉をひそめてヒューを呼ぶ。


「待ってくれと、言っている……」

「大きくなっているよ」

「難しいと言っている……」

「やれやれ……」


 先を歩いていたイーヴェが踵を返し、戻ってくる。ヒューの前に立つと、無造作にヒューの頭を撫でた。いや、あれは掴んだというのだろうか。


「いくら制御方法を見つけたといっても、それ以外の方法で未だなにもできないとは……おまえのそれは封じてしまおうか」

「え、と…っ…父さ」

「いつかおまえのためになるかと思ったが、その様子では負担にしかならない。おいで、ヒュー、封じてあげよう」

「ま…っ…血を、流せば」

「だから、それでは負担になるばかりだと言っている。ほら、おまえはもうその力を使えない。使う必要もない。わたしの名にかけて、おまえの力は封じられてしまったのだからね」

「いたっ……ちょ、だから、待って」

「ほら、使えない」


 それは強く、掴まれているのか。苦汁を浮かべたヒューが、イーヴェの巧みな会話に言い包められて、短い呼吸を繰り返す。

 ヒューの周囲を浮遊していた水の粒が、ふっと力を失ってすべて地面に落ち吸収されたとき、ヒューはイーヴェの腕の中でぐったりとしていた。


「……なにをした」


 一連のできごとをただ黙して見ていたカヤには、イーヴェがいったいなにをしたのかも、もちろんヒューがなにをしたのかもわからない。


「あれが王族の異能だよ」

「あれ?」


 ぐったりとしたヒューは意識がないのか、イーヴェは軽々とヒューを背負い、持っていた荷物をカヤに放り投げてくる。取り落としそうになりながら両腕に抱えると、イーヴェはすでに前を歩き始めていた。イーヴェの背中で意識を失っているヒューは、苦しそうな顔をしたままだ。


「この子は随分と水霊に好かれていてね。なにもせず、なにも考えず、ただそこにいるだけで水を呼び寄せる。あまりにも水を呼び寄せるから、封じてはいるがね」

「水霊……それが、ヒューの王族の異能なのか?」

「王族は万緑の力を、ただ存在するだけで引き寄せる。祈ればもちろん増幅する。魔導師のように万緑に力を借りるのではなく、王族は万緑を従わせるのだよ」

「従わせる、のか……いや、ヒューのはそう見えなかったが」

「当然だよ」


 ヒューはとても苦しそうな顔をしていた。それは従わせるというには少し、違う気がする。それを言ったつもりだったのだが、イーヴェはどう解釈したのか「当然だ」と言った。


「好かれているだけなのだから、従わせることなどできるわけがなかろう」

「……、は?」

「だから魔導師だ」

「……意味がわからない」

「従わせるのではなく、貸してくれとお願いするほうが妥当だろうが」

「お願い……?」


 混乱してきた。けっきょく同じことではないのかと思った。

 一つだけわかるのは、ヒューが異常なほど水に好かれているということだ。ただそこに存在するだけで、ヒューの周りには水が寄ってくるのだろう。それが集まり過ぎたらどうなるか、答えは簡単だ。水害が起きる。


「……厄介、だな?」

「王族なら問答無用で従わせるからね」

「ああ……そういうことか」


 だから、魔導師なのか。

 王族が万緑を力ずくで支配できる異能を持っているなら、魔導師は万緑に力を乞うことができる。万緑は王族に力ずくで支配されても応えるが、魔導師の場合は希わなければ応えない。そういうことだ。

 ヒューの場合、王族の異能として水が周りに寄ってくるも、魔導師のように力を乞わねば従わせることができないのだろう。

 なるほど、と思った。


「水霊がヒューを好んで集まってくるも、それはヒューの意思ではない。そこが王族の異能。好いているくせにお願いされなければ応えない、そこが魔導師。そんなところだね」

「ややこしいな」

「本人がね」


 ヒューは苦労が多いことだろう。面倒な力を持っている。


「なぜヒューに王族の異能が?」

「レヒテンが王族だったからだろうね」

「……王族の異能は遺伝するのか」

「遺伝性が強いからこそ、王族だ。そうでなければ王の一族ではいられないだろう」

「だが魔導師と似ている」

「王族の異能から魔導師の力は派生したと言われている。似ているのは当然だよ」

「だが違う?」

「力の使い方であるとか、さまざまね」

「……面倒だな」

「別ものだと考えなさい」


 考えるだけ無駄だ、とイーヴェが言うので、そうすることにする。ヒューの力を理解するだけでいいだろう。その根底を知るには、複雑で面倒だ。そういうものだ、と思うのは随分と楽でいい。

 だから疑問がまた一つ、育つ。


「イーヴェ」

「なんだい」

「なぜ、ヒューの師ではないんだ?」


 その背に、いとしげに抱えているくせに。

 ヒューの力を、根底から知って理解しているくせに。

 だのに、イーヴェはヒューの師ではない。親、というにはどこか、ぎくしゃくした感覚をヒューが持っている。

 親子とはこんなものなのだろうか。


「間違えてしまうからだよ、今となってはね」

「間違える?」

「昔はただ、わたしが忙しかったからね。楽土が育てたいと言うから、預けただけだったよ」


 それだけだったよ、とイーヴェは繰り返し、背中のヒューを抱え直した。

 だからたぶん、イーヴェにはヒューの師になるつもりはあったのだと思う。ただその当時はなにかと忙しくて、ヒューの面倒など看ていられなかった。育てたいという申し出があったから、では頼むと、一時的に頼んだだけだったのかもしれない。今となっては、間違えるから、それでよかったと思っているようだ。

 では、なにを「間違える」というのか。

 ばらばらだった答えを一つ一つ枠にはめていき、カヤは可能性に辿り着く。


「……レヒテン、と……間違えるのか」


 今は亡き妻と、ヒューを、イーヴェは間違えるのだと思う。

 ちらりとカヤを振り返ったイーヴェは、微笑んでいた。その目に仄かな光りを見る。

 ゾッとした。

 その仄かな光りは、闇と紙一重だ。

 その意味は、いったいなんなのか。


「おまえだけは、ヒューと、呼んでおやり」


 是と答えたイーヴェに、カヤは息を呑んだ。

 怖い、と思った。



 その日の夜、意識を取り戻したがぼんやりとしているヒューに、イーヴェが宿の食事を運んだ。やけにかまうから、たぶん素直に息子が可愛いのだと思う。ついでのようにカヤをかまうのは、イーヴェにとってカヤも息子みたいなものだからだろう。ではやはりヒューは、カヤにとって兄みたいなものだ。


 けれども。


「レヒテン……」


 誰もが寝静まった頃、イーヴェのそれが起きた。

 仄かな闇に囚われ、目を覚ました。


「イーヴェ、それはヒューだ」


 明かりもなく、夜空の星だけが部屋を満たすからだろう。色彩を失ったイーヴェの瞳は、ヒューを、亡き妻に重ねて見ていた。


「カヤ、気にするな。このひとは、いつもこうなる」

「それでいいわけがない。ヒューは、ヒューだ」


 間違われていいわけがない。現に間違われて、ヒューは青褪めている。気分がいいものではないというのは、一目瞭然だ。


「イーヴェ、気づけ。それはヒューだ」

「カヤ、いい」

「いいわけがない!」

「名前なんてどうでもいい。それに……このひとも本当はわかっている」


 ヒューは諦めていた。間違われていることに青褪めているくせに、悲しいと、寂しいと思っているくせに、どうしようもないと諦めていた。

 この親子が、おもにヒューがイーヴェに対してぎくしゃくとしていたのは、これが原因だったのだと知った。

 どうりでこの三年と少し、ヒューの話も存在も聞かされなかったわけである。ヒューがイーヴェを避けていたなら、イーヴェがヒューを遠ざけていたなら、当たり前だ。


「レヒテン、夜酒はどうだい? なに、酔うほどではない。温まる程度に」

「……それはいいね、イーヴェ」

「カヤ、おまえもおいで。飲ませないが、舐めるくらいは許そう」


 ヒューのことは間違えているのに、カヤの存在はしっかりと理解している。不可解なイーヴェの行動に、本当はわかっている、というヒューの言葉が、カヤをいっそう複雑にした。


 だからカヤは、ヒューの名を呼んだ。

 それでもイーヴェは、ヒューを「レヒテン」と呼んだ。

 その回数は、日を追うごとに、増していった。


 カヤが任務を果たし、ヒューの任務であるレイビ山脈付近へ赴いた頃には、イーヴェはヒューを「レヒテン」としか呼ばなくなっていた。


「間違え過ぎだ。どうして、ヒューだとわからない」

「仕方ない」

「なぜ簡単に諦める」

「得られた自由を奪われた。それは突然に。あのひとはそれを受け入れられなかった。後追いしなかっただけ、奇跡だろう。まあ後追いするにも、その前にわたしが、あのひとの前に行ってしまったからな。そこであのひとは、わたしに母の面影を見つけてしまった。そこからは……ほぼ済し崩しか」


 そこでカヤは、イーヴェが常から言う「魔導師とは悲しい生きもの」だという意味を、理解させられた。







*ヒュー : マル、と呼ばれることが多いのですが、カヤとイーヴェがヒューと呼ぶので、この物語での表記は「ヒュー」にしています。


面倒な設定にしてしまって申し訳ありません……orz


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