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魔導師がユメみたセカイ。  作者: 津森太壱。
【魔導師がユメみたセカイ。】
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06 : 悲しい生きもの。4





 カヤが師事するイーヴェは、ユシュベル王国の魔術師団に属していて、次期師団長と噂されていたらしい。行方不明となっていたせいで師団長の座はロルガルーンのものとなったが、それでもロルガルーンの次にこそ師団長になるものだと噂が変わるだけだった。さらに、師団長がロルガルーンになった代わりとばかりに、大魔導師の称号がイーヴェには待っていた。


「要らないよ、そんなもの」


 大魔導師の称号を前に、イーヴェはあっさり断っていたが。


「黙って受け取れ」


 けっきょく無理やり、王の勅命で、称号を得ることになった。


「大魔導師、ねぇ……なんの役にも立たないよ、そんなもの」


 有難迷惑だ、とばかりにイーヴェは心底要らなそうにしていたが、とある部屋に案内されて「ここを自由に使えるぞ」と言われたら、要らなかった称号も役に立つと思い直していた。


「わたしは研究に専念する。おまえ、もう一人前なのだし、まあひとりでやれるだろう。無理そうなときはロルゥを呼ぶといい」

「おれの師はあんただと思ったが」

「教えられることはすべて叩き込んだつもりだよ」

「おれは力の制御を教えられてない」

「ロルゥにお訊き」


 研究室となるらしい部屋に入ってしまうと、イーヴェはなかなか外に出てこなくなった。師としてあるまじき態度だ、と怒ったのは、カヤではなくロルガルーンである。

 なので、居を魔導師団棟に移してから、カヤの面倒はほとんどロルガルーンが世話することになった。


「やはりあれが師というのは無理がある」


 ロルガルーンはぷりぷりしていたが、カヤの面倒を看ること自体に不満はないらしく、イーヴェとふたりで暮らしていたときより随分と生活が楽になった。まず料理が美味かったし、沐浴はとても気持ちがよかったし、放置されていた白い髪はさっぱりと綺麗にしてもらえたし、破けてもいない衣服なども与えてもらえた。


「これ、ふつうに洗ってだいじょうぶなのか」

「……。おまえ、どれだけひどい生活をさせられとったんだ」

「イーヴェにはよくしてもらっている。これは、おれには高価過ぎる」

「それが魔導師の標準だ」

「……そうなのか」


 魔導師になると、師から魔導師の官服が与えられるという。イーヴェはとりあえず用意してくれていたようだが、まるで身体の大きさを無視してくれたものだったので、それを着用するにはもう少し時間がかかりそうだった。だから急きょ、ロルガルーンが用意してくれた。師ではないからきちんとしたものは与えられないというので、イーヴェの昔のものを作り直した官服だ。古着だが、それでも真新しい感がある。今までに袖を通したことのない感触がして自分には不似合いだと思ったが、ロルガルーンにはその恰好が当たり前なのだと言われた。


「服装は個人の自由だがな、みすぼらしさはいかん。魔導師はユシュベルの要だ。その尊厳は持たねばならん。そのためのものだ」


 おもに国を災害から護るための魔導師という存在だが、他国の者にとってそれは脅威にもなり得る力だという。だからその力を、誰にでもわかるように示しておかなければならない。官服にはそういう意味もあるのだそうだ。


「偉ぶる必要はない。だが、力を持っとることは周知させねばならん。わしらは畏怖されておらねばならんのだ」

「力が、あるから?」

「そうだ。そうすることで、己れにとってもそれが枷となる。己れより弱き者を、虐げることがないように」


 持った力を、ただの力にしてはならない。己れの欲のためだけに行使してはならない。

 ロルガルーンは、イーヴェがそれまで口にしたこともない、もっともな教えをカヤに説いて聞かせた。イーヴェがまともな師ではないらしいと、初めて知った瞬間だった。


「で、だな。おまえには、これの面倒を看てもらいたい」

「は?」

「わしがおらんときでいい。あとな、これが魔導師と名乗れるようになるまでは、たまにでよいが、組んでもらう」


 ロルガルーンが「これ」と称したのは、相も変わらずぼんやりとしている少年ロザヴィンだ。どこを見ているかもわからない双眸は、切り揃えられた髪と同じ土色、ロルガルーンの言葉に反応するものの声は発しない、カヤが試しに話しかけても、頷くこともなければ表情が変わることもない。

 どうしろというのだ、と思った。


「これは魔導師になれるのか?」

「なるしか道はないのだ」

「? どういう意味だ」

「魔導力の系統の話は聞いたか?」

「ああ。おれは均衡状態にあるらしい。攻撃も防御も、等しく働くとイーヴェは言っていた」


 それがどうした、と首を傾げると、ロルガルーンはそっぽを向いているロザヴィンを抱き上げ、眠りを促すように背を撫ぜた。その優しい手つきに、ロザヴィンの意識はすぐに落ちる。


「……早いな、寝つくの」

「持った力が大きいうえ、肉体の成長が追いついておらんのだ。すぐ疲れるんだが、その自覚がなくてな……こうして教えてやらんと、眠りもせん」

「面倒な……」


 そんな問題児、いやロルガルーンからすればカヤも随分な問題児のようだが、それにしてもそんなロザヴィンの面倒を看ろとは、難しいことだ。おまけに組むとは、任務が与えられれば共に行動するということだ。


「これが暴走したとき、止められるのはわしか、イーヴェか、おまえだ」

「……どういうことだ」

「これは攻撃系の力しか持っとらん。防御系は、微々たるものでな」

「つまり?」

「攻撃だけで言えば、おまえを凌ぐだろう」


 瞬間的に言葉を呑みこむ。自分より小さい子どもが、ロルガルーンという壮年の魔導師に危惧させるほどの力を持っているというのだ。


「おれは、イーヴェより力がある。そう言われた。イーヴェがとんでもない魔導師だというなら、おれはもっと厄介だということになる」

「そうだな」

「そのおれより、それのほうが、攻撃力は強いと?」

「同等か、それより少し上か、というところだな」


 具体的にはわからないが、ロザヴィンは危険対象と見なされているのかもしれない。


「あと一つ、ロザヴィンのことで言っておくことがある」

「ほかにもまだあるのか」

「これが、こうなった理由だ」

「こうなった?」

「師団長たるわしのところにいる理由だ」


 攻撃性の強い力を持っているからではないのかとカヤは思ったが、どうやらそれだけの理由ではないらしい。


「これは罪を背負っとる」

「……、罪?」

「この力で、人を殺めてしまったのだ」


 ハッとする。

 息を呑んだカヤに、ロルガルーンは悲しそうな顔をした。


「わかるか、護法の弟子よ」


 護法とは、イーヴェの魔導師としての渾名だ。その弟子として、カヤは問われている。


「……魔導力は、人を殺すことができるのか」

「だからわしらは、力を持っとることを、周知させねばならんのだ」


 人間を殺す、そんなことにこの力が使えることなど、カヤは考えてもいなかった。この力は、自然と共にあり、自然のためにあると思っていた。

 だから考える。

 イーヴェが、自分を殺せと言ったのは、あれはいったいどういう意味だったのか。

 他国へ力を示す意味もある官服を、身に着けるという意味はなんなのか。


「力が強いというのは、そういう意味では、本当に厄介だな」

「……おまえは理解しとるようだな」


 理解させられたのだ、と思う。魔導師の力があるという自覚のある今と、自覚のなかった昔では、考え方も捉え方もイーヴェによって変えさせられている。だから理解しているのだ。

 魔導師の力が、本当は、とても恐ろしいものかもしれないということを。


「力のことは理解している。おれは……そいつも、あまり人と関わらないほうがよさそうだな」

「そう言うな。自覚しとるのなら、それでいいのだ」

「だとしても……おれやそいつは、人を避けるべきだ」


 強い力は争いの種となる。それは言われるまでもなくわかっていることだ。そうさせないために、自身も力に溺れないようにするために、魔導師以外との接触は極力避けるべきだろう。


「ロルガルーン」

「なんだ」

「地方へ赴く任務はないか」

「なんだと?」

「国を見て回りたい」


 もっと、世界を見よう。

 もっと、国を見よう。

 もっと、いろいろなものを見よう。

 そうして考えよう。


「おれは、なぜ魔導師が悲しい生きものであるのか、知る必要がある」


 イーヴェは言っていた。魔導師が悲しい生きものであると。

 その理由も知らねばならない。

 イーヴェの悲しみを知らねばならない。


「これの面倒を頼んだばかりだというに……。近場からにしておけ。わしが忙しいのだ」

「どこからでもいい」

「なら城下からだ。それから少しずつ、距離を伸ばすがよい」


 わかった、とロルガルーンに頷くと、カヤは旅支度を始めるべく動き出した。







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