05 : 悲しい生きもの。3
少しどころかかなりぼんやりとした印象のある幼い少年は、カヤより四つほど歳下で、ロザヴィンといった。魔導師の力が制御できないらしいと聞いたが、カヤが見る限りでは、ロザヴィンは単に己れの力がわかっていないように感じられる。壊れている、と思ったのは、そのせいだ。力がどんなものかわかっていないから、扱いもわからなくて、ほとほと困っている状態なのだろう。そう説明すると、イーヴェが「なるほど」と頷いた。
「そういえばおまえは、自分の力にあまり驚いていなかったね」
「使えることが当たり前だと思っていた」
「……おまえらしいね」
「おれにとって魔導力は、自然に力を貸して欲しいと頼むことだ。応えてくれなかったことはない」
「それは、おまえが特別だと、そういうことなのだがね」
「おれにとっては当たり前のことだ」
「人が誰しも自分と同じだとは限らないのだよ」
「そうらしい」
無意識にせよ使っていたものが、自分だけの特別なものだと思えるほど、カヤは自惚れていない。力を自覚した今でも、それは変わらないことだ。
「その小さいのも、おれと同じだ」
「どう同じだと?」
「力を使えることが当たり前だと思っている」
「……そのようだね」
ふう、と息をついたのはイーヴェではなく、ロザヴィンを連れてきたロルガルーンという魔導師だった。
「できればおまえに預かって欲しくて、こうしておまえを捜して、ここまでロザヴィンを連れてきたのだがな」
「子どもの面倒はカヤひとりで充分だよ」
「そのようだ。おまえも随分と厄介そうな力を持っとる坊主を見つけたな」
「これにはわたしの名を継がせる。そのために弟子にした。ああ、そろそろ王都へ行こうと思っていたところだよ」
「もはや魔導師と名乗らせるか」
「一年経つ。充分だ」
「おま……どれだけ扱いたんだ」
「失礼だね。これは勝手に育ったのだよ」
「……。おまえ、よく弟子なんか取ったな」
半眼したロルガルーンは、改めてカヤをじっと見つめてくる。そんなに見つめられても困るのだが、と思いながらも、カヤも見つめ返した。すると視線が反らされる。
「ものすごい力だな……抑えられんのか」
「そういえば制御の仕方は教えてないかな」
「! 一番に教えることだろうが!」
「これは勝手に育つのだよ、ロルゥ」
「おまえは師だろうに! 師が弟子の面倒を看るのは当然だろう!」
「めんどくさ……」
「おまえほんとよく弟子なんか取る気になったなっ?」
ロルガルーンがイーヴェに怒鳴る、それはカヤにはなんというか珍しい光景のような気がした。イーヴェが誰かと親しげにしている、というのは、想像するに難しいのだ。
「カヤ!」
「ん」
「と、言ったな」
「おれのことか?」
イーヴェを怒鳴っていたロルガルーンが、再びカヤを見やってくる。なんだ、と顔を上げて首を傾げると、意外と間近にロルガルーンの顔があったので吃驚した。
「な、なんだ」
「あいつでは教えられんことを教えてやる」
「は?」
「この子と共に、その力を制御する方法を学べ」
「……。なぜあんたにそんなことを言われなければならない」
ロルガルーンは、まだ寝ぼけている少年ロザヴィンをカヤの前に突き出し、カヤとロザヴィンの間に移動して身を屈めると、頭の上に手を置いてきた。
「魔導師になると決めたなら、魔導師の因果を知れ」
「……魔導師の、因果?」
「わしらが持つ力は、護りたいものを護れる力だ。だが、その力が及ばぬこともある。わしらは限界を知らねばならない。まあ、おまえさんほどの力であれば、心配するようなこともなかろうが……おまえには、『あちら側』へ行く要素が多くあるように思えてならん。だから学べ、幼き魔導師よ」
ぽんぽん、とロルガルーンは頭を撫でてくる。イーヴェ以外にそんなことをしてくるのは、ロルガルーンが初めてだった。
「わしは大海の魔導師、そしてユシュベル王直下魔導師団の師団長だ。その権限に置いて、おまえを魔導師と認めよう。学べ、幼き魔導師。そして知るのだ、魔導師の因果を」
「……大袈裟に聞こえるが」
頭を撫でられるのが照れくさくて、ロルガルーンの手から逃れながら距離を置く。笑ったロルガルーンは、イーヴェの顔を見やってまた笑い、立ち上がった。
「戻ってくるのだな、イーヴェ」
「……わたしは守護者の名を継いだ魔導師だからね」
「宿舎にあるおまえの部屋はそのままだ。邸は……陛下が護ってくださっている。陛下に感謝するのだな」
「あのおバカは……本当にどこまでもおバカなのだね」
「陛下に対して失礼な発言は許さん。ほれ、戻る気になったのなら準備せい」
「はいはい。……カヤ」
なにやら勝手に話が進められていたが、カヤを見下ろしたイーヴェは、どこか複雑そうな顔をしながらも「行くよ」とカヤを促してきた。
「どこへ?」
問うと、イーヴェは空の向こうに視線を流した。
「悲しき魔導師が辿る道は、この世界と共に在る。諦め、嘆き、絶望し、それでも魔導師は存在し続ける。その始まりの場所へ、連れて行こう」
まるでそれは宣告だった。
未だイーヴェの言葉で理解できないことはあるけれども、その中でもイーヴェが悲しいと言うことのそれは、カヤにもなんとなく理解できるものだ。
魔導師とは悲しい生きものなのだと、けれどもイーヴェのように生きなければならないのだと、このときつくづく感じた。