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魔導師がユメみたセカイ。  作者: 津森太壱。
【魔導師がユメみたセカイ。】
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03 : 悲しい生きもの。1





 カヤは着々と、学を吸収していった。むろん魔導師の力のほうは、言われるまでもなく上達したというべきだろう。なにせカヤは、魔導師の力を引き出すための、媒体というものを使わずして、力を発現することができる。想像するだけ、思い描くだけで、その力が表面に出てくるのだ。イーヴェは、それを珍しいと言っていた。基本的に魔導師は、なにかしらの媒体があったほうが、力を内面から引き出し易いのだという。それをせずして力を表面化できるのは、それほどまでに力が強大だということらしい。


「魔導師の力というのは、系統で言うと二つに分けられる。攻撃系であるものと、防御系であるものだ。おまえの場合、どちらかが優っているというわけでもなければ、どちらかが劣っているわけでもない。つまり力が均衡に働いている」

「……だから?」

「これは魔導師の多くに見られることだが、偏りがなく均衡に力が使えるとしても、必ずどちらかに力は傾く。だというのに、おまえの場合はまったくの均衡、攻撃も防御も、等しく力が働くのだよ」

「……どちらかに偏りが出なければ、むしろおかしいと?」

「おかしい。偏りとは必ず出るものだ。つまり個体差、というものだよ。均等に力が出ると言われている風詠みの一族でさえ、僅かな偏りがあるのだからね」


 人の身体が左右対称ではないのように、魔導師の力も、攻撃と防御が左右に等しく並び立つことはないと、イーヴェは言った。それができるカヤの力は非常に珍しい類のもので、またその均衡を保てるということは、どちら側の力も強い芯のようなものを持っている証拠であるという。今この国でそんな力を持っているのはカヤだけ、であるらしい。


「おまえは面白いね、カヤ」

「どこが」

「偏りがあってこそ、魔導師は魔導師たる力を発現できる。言ってしまえば、ただの人間ではないちょっとした力を持った者が偏りであり、それが魔導師だ。おまえは、ただの人間ということになる」

「……だが、おれは魔導師なんだろう?」

「そう、だから面白い。おまえがいったいどうやって魔導力を体内で循環させているのか、とても興味があるね」


 にっこりと笑ったイーヴェにいやな気配を感じたカヤは、思わず一歩身を引いた。


 イーヴェはさまざまなことをカヤに教え、知識だけでなく世の情勢も教えてくれているが、そういった師弟関係を持っている一方で、カヤを実験体のように見ているときがある。面白がっているのはもちろんだが、そういうときのイーヴェはひどく穏やかな顔をした。それはカヤに違和感を思わせ、言い表しようのない不気味さを感じさせる。

 カヤは、それがなんとなくいやだった。


「あんた、なにがしたいんだ?」

「なに、とは?」

「おれになにを求めている」

「おや……幾度も言っているだろう。わたしは、おまえにわたしの名を継がせたいだけだよ」

「なぜおれに継がせる?」

「おまえにはその力がある」


 魔導師の力を、どうやって量るのか、カヤはその方法を知らない。だから、いくらイーヴェに力が強大だと言われようと、自身にその感覚はなかった。また、イーヴェから、力の容量を感じることもない。イーヴェ以外の魔導師を目にしたことがないせいかもしれないが、イーヴェの黒っぽい双眸に見え隠れする仄暗い光りに畏怖を覚えているカヤとしては、もしかしたらそれが魔導師の力を示しているのかもしれないと、たまに思うことがある。

 だとしたら、イーヴェの魔導師の力には、底が知れない不気味さがある。


「……おれにその力があるというなら、おれが、あんたより強い力を持っていても、おかしくないのか」

「もちろん。わたしはおまえほど力があるわけではない。ただそれを見ることができる、というだけのことだよ」

「おれはあんたより強いのか」


 じっと、イーヴェの黒っぽい双眸を見つめた。見つめ返してくる双眸には、やはり仄暗い光りが奥に潜んでいる。


 にぃ、とイーヴェは笑んだ。


「当然だろう」


 そう答えは返ってくるとわかっていたが、イーヴェの確信している言い方には首を傾げる。なんの迷いもなく、自分よりも強いと言えることが、不思議でならない。


 人間は優劣を思うさま突きつけられると、自分より優っているその者を排除しようとする傾向がある。カヤは、幼いうちからそれらを経験して生きてきた。仲間だと思っていた者たちから、ただ仕事を手早く正確に片づけられるという理由から、手ひどく裏切られたこともある。

 だから、イーヴェの優しさがたまにわからなくなる。親のように感じることはあっても、奥底の根本は信じられたものではない。

 イーヴェが最初に言ったように、カヤはイーヴェの優しさを利用し、ひとりで生きられるすべを身につけているだけだ。所詮カヤはまだ子ども、どうしたっておとなには劣る。だからこそ、イーヴェの申し出を素直に受け、教育を甘受していると言えるだろう。

 あともう少し、生きられるすべをすべて身につけてしまえば、イーヴェに飽きられて捨てられても、どうにかこの世界で生き抜いていける。

 イーヴェがカヤに名を継がせたいとそう思っている間は、カヤの魔導師の力に興味を見出している間は、その興が反れないように気をつければいい。どうせ、この穏やかな生活を手放せないかもしれないと、怖気づいている自分がいる。カヤはそのことに愕然としていた。手放せないなら、強欲になれとまで思い始めたときには、笑いたくなるような衝動への反応に自分でも戸惑った。それでも、生への執着が潰えることはない。生きられる限り、生き続けたいと思っている。そのためにイーヴェを利用することに、今さら、罪悪など感じる必要はなかった。


「……考えごとをしているね、カヤ」


 一瞬で考えたことを、イーヴェには簡単に見抜かれる。素直に言うこともあるが、このときカヤは口を噤んだ。


「その目がいいね。おまえほど目で語る人間もいないだろう。まったく……わたしはとてもよい拾いものをしたね」


 嬉しそうに笑うイーヴェは、カヤに、自分を殺してもらうことを期待している。死にたがりのくせに、死を拒絶する人間などイーヴェが初めてだ。いや、そもそもイーヴェのような人間なんて、そうそういるわけもない。


 いったい、この魔導師に、なにがあったのだろう。


「……あんた、なんでそうなった?」


 純粋な疑問は、ふと発せられる。


「そうなった、とは?」


「おれは生きたいと思っている。生きている限り、生きるものだと思っている。人間とは、そういうものではないのか?」


 カヤの言葉に、黒っぽい双眸が細められた。不快に思ったわけではなく、それが僅かな思案だというのは、一緒に暮らし始めてわかったことだ。


「……わたしは言ったね、カヤ」

「なにを」

「魔導師とは、悲しい生きものだと」

「それがどうした」

「おまえが魔導師になったとき、その意味が真にわかるだろうよ」


 それは、まだ見習いの身では、理解できないということだろうか。


「……その悲しい生きものに、おれはなるのか」

「そう。わたしが、そう仕向けている。だからね、カヤ、勘違いしてはならないよ」

「勘違い?」

「わたしはおまえに優しいわけではないからね」


 優しいとしか言いようのない行動を取りながら、それを否定する師に、カヤは「やはりわけのわからない人」だと、ため息をついた。







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