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魔導師がユメみたセカイ。  作者: 津森太壱。
【はじまりの大地に息衝いた。】
17/18

16 : たぶん、そういうことだと思う。





 雨季に入った。守護石が、その役目の本領を発揮できる最初の季節だ。雨が降り続ける数日、守護石が王都を護れば、師が最期まで貫いた守護者としての姿が、永遠のものとなる。誰にも、師が呪術師に堕ちていたなど、知ることはない。


「カヤ! いてくれてよかったわ。守護石はどう?」


 王宮の廊下で、ぼんやりと雨空を眺めていたカヤは、声をかけられて視線を下げた。

 この国の王女、ユゥリア。輝く金色の髪、深い蒼の双眸は、いつも力強く前を見据えている。この力強さには支えられたように思う。


「今のところ問題はないと、陛下に進言してきたばかりだ」

「そう。それなら、各地に守護石を配置する案は、滞ることなく進められるわね」


 よかったわ、と微笑むユゥリアの、その面影に、ヒューが重なる。ヒューは金髪ではないし、双眸もユゥリアほど澄んではいないけれども、従姉弟というだけあって、似ていないわけではなかった。


「カヤ?」

「……ヒューの助力が守護石の実用化に貢献していると、そう進言したのに、陛下は取り合ってくださらなかった」


 愚痴や文句を言うつもりはなかったのだが、つい口にしてしまう。案の定、ユゥリアは表情を曇らせた。


「わかって、カヤ。彼は、自身で、それを望んでいるの」

「望んで?」

「わたくしだって、できることなら彼の功績を称えたいわ。けれどそうすることで、彼はどうなってしまうかしら?」

「どう……」

「生い立ちからなにから、すべてが露見するわ。それは彼が望むこと?」


 ハッとする。

 べつに、隠していることはない。知られて困ることはない。けれども、知られるわけにはいかないことが一つだけ、ある。


「……そうよ。彼は、大魔導師イーヴェ・ガディアンの名誉を、その誇りを、その姿を、護りたいのよ」


 それは、魔導師の性分、本能とも言うのかもしれない。

 父としての姿よりも、魔導師としての姿を大切にしたいから、護りたいから、知られるわけにはいかないのだ。


「なぜ……きみが知っている」

「忘れているようだけれど、わたくしはこれでも、この国の王女よ。いずれ国の象徴となる者よ」


 深い蒼の双眸が、迷うことなく、躊躇うことなく、カヤに向けられる。その強さに、ぐっと、胸を押されたような気がした。


「教えてちょうだい、カヤ。イーヴェはどうして……あちら側へ渡ってしまったの」


 知られてはいけないことだと、誰かが言ったわけではない。禁忌なのだと、誰かが指摘したわけでもない。けれども、その遺志が踏み躙られるようなことがあってはならないから、これは知られてはいけないのだ。まして、だからといって誰かが知る必要もない。


「……ヒューは言った。生きてくれているだけで、いいのだと」

「それは……イーヴェのことを?」

「ああ。だが、だから、イーヴェは堕ちた」

「なぜ?」

「知っているのだろう、きみは。イーヴェが、なにを誤ったのか」


 魔導師なら、わかる。

 魔導師だから、わかる。


「ヒューはレヒテンではない」


 魔導師であるから、それは起きた。

 魔導師という生きものの性分が、本能が、それに負けた。

 一度負けてしまえば、魔導師はもう、戻ってこられない。


「……殺すべきだったんだ」


 今思えば、描いたその未来が、果たして本当によい考えだったのか、わからない。


「殺してくれというイーヴェの願いを、聞き届けるべきだったんだ」


 今だから思う。

 師が選んだ結末は、間違ってなどいなかった。

 望みを聞き届けるべきだったと、今さら後悔したところで、もう遅いとわかっているけれども。


「それが、イーヴェにとっての救いだったのかもしれないのだから」


 なにが救いかなんて、当人にしかわからない。だからカヤにはわからなかった。描いた未来があった。

 だが、師は初めから、殺されることしか望んでいなかった。

 師はそれが救いであると、言っていたようなものだった。


「わたくしは、あなたがイーヴェを手にかけるようなことがなくて、よかったと思っているわ」

「……ヒューと同じことを言う」

「当然よ。たとえイーヴェが願ったことでも、わたくしも彼も、イーヴェの神ではないのだもの」


 神ではない。

 そう言ったユゥリアに、カヤは僅かに目を見開いた。


 そう、神ではない。カヤも、ヒューも、ユゥリアも。


「すべてを叶えることなんてできないわ。だからわたくしは、彼の望みに、耳を傾けるの。護りたいと、悲しそうに微笑みながら言うから、寂しそうに身体を震わせるから」

「耳を……傾ける」

「叶えてはならない願いもあるのよ」


 願いと、望み。

 師の願いと望み、わかっていると思っていたけれども、本当のところはどうなのだろう。本当に自分は、師のそれをわかっていただろうか。


「あなたは、イーヴェの願いを、叶えなくてよかったのよ」

「……そうだろうか」


 師に願われ、望まれたことを、自分はどう受け止めていただろう。


「描いた未来があったのでしょう?」


 カヤは師の願いと望みを、描いた未来に沿って、聞き入れることはなかった。それは師の願いと望みが、カヤにとって受け入れがたいことだったからにほかならない。


「イーヴェの言うことがすべて、正しいわけではないわ。もちろんわたくしの言うことだって、正しいことではないかもしれない」

「……なら、どこに正しさがある?」


 師の願いと望みを叶えるべきだったと、思った。それが今なら正しいことだったと思うからだ。けれどもユゥリアは、それを否定する。カヤが描いた未来を、肯定してくれている。


「どこかにあるのよ」


 微笑んだユゥリアに、胸で蟠っていたものが、すとん、と落とされた。


「……そうか」


 間違っていたわけではないのだと、未来を描いてよかったのだと、ユゥリアはカヤを肯定してくれる。

 とても心地のよい風が吹いた。


「忘れないで、カヤ。すべてが正しいのなら、すべての人が、賢者となるわ。すべての人が賢者であるなら、そこに、負に塗れた感情なんて、存在しないでしょう?」

「……ああ、そうだ」

「だから、たとえイーヴェにとって救いであっても、あなたにとっては救いとはならないの」


 では、それなら、ヒューはどうなのだろう。


「……ヒューの望みを、きみは聞いたのか」

「あのひとと同じような魔導師を生み出したくない、その悲しみを誰も知らなくていい、幸福なときを過ごしてもらいたい……彼はそう望んだわ」


 クッと、カヤは笑う。

 随分とヒューらしい望みだ。


「そんなことを言って、では自分はどうなのだろうな。どこに……どこに、ヒューの幸福があるんだ」

「そこに、あるのよ」

「そこ?」

「彼はとても緩やかよ。流される雲のように、彼は広い世界を見ているわ」

「……広い世界、か」


 そうか、と思う。

 ヒューなら、道端に小さく芽吹く野花の開花を見ても、その瞬間に幸福を思うかもしれない。同時に、小さな生きものがひっそりと静かに逝く瞬間にも、深い悲しみを思うことだろう。


「いつかそれが、ヒューの心を、壊してしまわなければいいが……」

「それを願うなら、カヤがそれを、努力すればいいのよ」

「……そうだな」

「カヤ、彼の望みに耳を傾けて。あなたなら、聞こえるわよね?」


 耳を澄ませば、聞こえるかもしれない。その想いが、たとえ理解できなくても、なんでもいい、なにかを知ることはできる。

 この世界には正しいことだけがあるわけではない。間違ったこともある。悪いこともある。けれども、どれが正しくてどれが間違いか、すべての人が同じ答えを持っているとは限らない。

 師の願いは果たされるべきだったかもしれないが、カヤが果たす必要はどこにもない。

 たぶん、そういうことだと思う。







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