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魔導師がユメみたセカイ。  作者: 津森太壱。
【はじまりの大地に息衝いた。】
16/18

15 : 半年が過ぎた。2





 まず結果を言おう。

 実験は成功した。

 守護石は、与えられたその役割をきっちりと果たし、王都を災害から護り始めた。最終確認のため配置した八方を見て回ったが、力の負荷もなければ過剰な発動状態にもなく、同胞の協力者たちよって作り出された人工的な自然災害からも守護石は王都を護ったので、これは成功と見做していい。


「おお……これで地方にもっと魔導師を派遣できるな」


 嬉々とした灯火の魔導師トランテは、火事を模した炎を王都に放ってみたが、守護石はそれを弾いた。


「嫌味なくらい完璧になったなぁ」


 雷雲の魔導師ロザヴィンも、己れの身体に吸収することもできる雷を、災害になるほど巨大にして王都に向けて放ったが、やはり守護石はそれを弾いた。


「これくらいなら王都に在住する魔導師を減らせるか……地方に回る魔導師の手が増えて幸いだな」


 王都から出立する寸前で捕まえることができた水萍の魔導師も、やや疲れた顔をしているがのんびりと、それらを見て微笑んだ。


「あとは守護石にどれだけの魔導師が力を付与できるか……だな」


 トランテからの指摘に、問題はそれだなと、その場にいた全員が頷く。

 守護石は完成した。これから、王都だけでなく、周辺の街にも、そして地方にもこの技術を広めていかなくてはならない。それは、どれほどの時間がかかるかわからないことだ。守護石そのものは完成しても、それは構築式が完成したというだけで、維持継続させていく方法は完成したわけではない。


「今のところ、それができる魔導師はどれくらいいる?」

「楽土の魔導師を筆頭に、数人は候補がいる」

「あー……やっぱ、その辺りだよな。うちンとこの師匠もか?」

「ああ。おまえたちも、雷雲を除いて、候補に入っている」


 守護石に、その役割を果たさせる力を付与させ、維持継続していく。今はそれがもっとも有力な手段であるため、力を付与させることができる魔導師の選抜はしていた。

 いずれにせよ、守護石は完成した。だが、もっともっと、改良は加えていかなければならない。今後の課題だ。


「ちょっと待て、なんでおれが候補から外されんだよ? おれだって魔導師だぞ」


 守護石に力を付与させる魔導師の候補から外されたロザヴィンが、不満も露わに文句を言う。


「あんたと灯火はともかく、水萍なんか、ほっとんど力ねぇだろ。その水萍が候補に入って、なんで水萍より力があるおれが候補から外されんだよ」


 もっともな言い分であったが、これはもう決まったことだ。


「おまえには別の役割がある」

「なんだよ」

「あと半年もしたら……おまえはヒューの仕事を引き継ぐだろう」


 やるべきことがあるのだろう、とロザヴィンに仄めかせれば、言葉に詰まったロザヴィンが気まずげに顔を引き攣らせた。


「いや、それは、まあ、そうだけど」


 ロザヴィンはちらりと、明後日の方向を眺めている水萍の魔導師を見やった。視線に気づいた水萍の魔導師は、どうした、と首を傾げる。


「ヒュー、あなたも守護石には関わってもらう」

「え……いや、それは拙いだろう。わたしは」

「文句は言わせない」


 彼に手伝わせる、というのは、独断で決めたことで、協力させること自体周りから反対されていた。強行したのは、守護石のそもそもの発案者が、彼の父である大魔導師であるからだ。なにより、守護石の構築式は、改良を重ねた自分と等しく、彼も詳しく把握している。


「雷雲、おまえはもう少し学べ」

「そりゃあんたらよか魔導師の歴は短ぇけど……でも、なあ?」

「おまえのその力はほかに使いようがある」

「確かに守護石の構築式は、おれにはまだ理解が難しいかもしんねぇけど……それだってできねぇことはねぇよ?」

「理解が難しい、という今の状態では、守護石は扱えない。完璧に理解できるくらいになったら、その台詞を言え」


 この場にいる四人の魔導師の中で最年少であるロザヴィンに、理解を完璧にしろという言葉は重かったらしい。しかし、言われて少々落ち込みを見せたが、その瞳の奥にみえる気力が削がれた様子はない。


「まあさ、雷雲、おまえならその雷、いろんなものに転用できるだろ。守護石のことだけじゃなく、いろんなことだ。おまえ、伸び盛りなんだし、できねえ、なんて、言わないよな?」


 にっかり笑ったトランテにそう言われると、ロザヴィンは「当たり前だ」と力強く頷いた。


「よし。じゃあ、帰るか。このまま様子見するだろ? 異常が見られなければ、複製を作って周辺の街に配置、か?」

「それを予定している」

「それじゃ、堅氷の魔導師さまに呆れられないよう、おれも守護石の構築式を完璧に覚えるとするか」

「東隣の町は灯火に任せる」

「おう、任された。縄張りだからな」


 トランテの「帰るぞ」の一言で、今日の実験は幕引きとなり、それぞれが帰路につく。実験が終わっても、報告書の作成が残っているので、帰る方向は四人とも同じだ。


 けれども。


「ヒュー、行くなよ」


 出足が遅れただけかと思われた水萍の魔導師だけは、そのまま王都を離れようとしていたので、逃がさないよう捕まえておいた。


「今を逃すと王都から出られないのだが……」


 嫌そうな顔をされたが、彼とは話したいことがある。それこそ、一昼夜をかけて話したいことが山ほどある。逃がす気はない。


「そもそも、わたしのことをそう呼ぶ必要は」

「ヒューは、ヒューだ」

「堅氷……」

「カヤ、だ」


 まだそんなことを言うのか、と思いながら、今日の実験の代表者である堅氷の魔導師カヤは、兄のように慕う水萍の魔導師、ヒューの腕を掴み、先を歩くトランテたちを追いかけた。


「おれはあなたのことを、マル、と呼ぶつもりはない」

「わたしはマルだ」

「あなたはヒューだ」


 水萍の魔導師マナトア・ルーク=ヒュエス・ホロクロア。面倒だからと、マル・ホロクロアと略して名乗っているが、カヤは敢えて「ヒュー」と彼を呼んでいる。


 忘れてはならないことがあるのだ。


「イーヴェが死んで……半年が過ぎた。あなたをヒューと呼べるのは、おれしかいない」


 カヤの師は、ヒューの父で、大魔導師だった。その人の死から半年が過ぎた今、ヒューをヒューと呼ぶ人はいなくなった。だから、カヤだけはヒューを「ヒュー」と呼ぶ。


 忘れてはならないのだ。

 ヒューが、ヒューであることを。

 兄のように思うこの気持ちが、今もこれからも変わらないことを。


「あのひとに義理立てする必要はない」

「そういうわけではない。おれが、望むことだ」


 思ったことを口にすれば、ヒューは僅かに目を細め、じっと見つめてきた。少しすると、諦めたように息をつく。


「逃げないから手を離してくれ」


 逃がさないよう腕を掴んでいたが、その気配は消えたので、素直に手を離した。並んで歩き始めて、ふと、自分の背がヒューとほぼ変わらないことに気づく。


「大きくなったな、カヤ」


 自分が思ったことは、ヒューも思ったことだったらしい。静かに頷いた。


「半年が過ぎた」

「そうか……まだ、それくらいか」


 長くも短くもないとカヤは思っていたが、師がいなくなってからの日々は、ヒューにとっては短いもののようだ。


「その官服……喪に服しているのか」

「……こうすべきだと思っている」


 巷で、灰色の魔導師、と呼ばれている魔導師がいる。その魔導師は、最近「黒の死神」と名称が改められた。喪に服した黒い官服で、黒か白か判別のつかない灰色の犯罪者も裁くことから、灰色の魔導師、黒の死神、或いは断罪の魔導師と呼ばれるのだ。その魔導師が、ヒューだ。


「それは、誰に対するものだ?」

「すべて……かな」


 くす、と苦笑にも似た微笑みを浮かべたヒューは、カヤに視線を合わせることなく、ただ静かに隣を歩く。

 問いに対して、きちんと答えるつもりがないようだ。それなら、カヤが思うとおり、ヒューは師や罪を犯して死んだ者たちを、その官服を着ることで悼んでいるのだろう。

 相も変わらず、兄弟子は器用にもお人好しだ。


「……どこに行くつもりだった」

「とくには考えていない。わたしの姿が比喩されるようになって、王都の犯罪は減少したからな……あとは、それこそ雷雲が、その比喩された名称ごとそれを引き継いでくれる」

「たとえ雷雲がそれを引き継いでも、ヒューはそれを辞めることはないのだろう?」

「……そうだな」

「だから、どこかへ行く予定だった。ヒューが王都にいる時間は、短過ぎる」

「きみに言われたくないな」


 きみこそ名が知れ渡るようになった、と次いで言われて、カヤも苦笑する。


「イーヴェの遺児、なんて……ヒューがいるのに」

「わたしはいい」

「守護者はヒューだ」

「きみだ」

「ヒューだ。守護石のことは、おれよりも詳しい」

「守護石の実用化は、きみだからできることで、わたしには無理だ」


 謙遜がひどい、と思う。

 確かに守護石は、師が発案し改良し続け、カヤも改良を重ねた。その結果、今日の最終実験には成功し、実用化が可能となった。だがその成功の裏には、カヤに協力した魔導師たちの努力がある。とくにヒューは、知識の面でいけば、カヤよりも上回る努力をしていた。それは偏に、ヒューには魔導師の力がそれほどあるわけではないせいだ。魔導師の力を提供できない分、ヒューは知識の面で、守護石の実用化に貢献している。

 守護石を作るにあたって、ヒューほど守護石を熟知している魔導師はいない。


「だいだい、守護石の知識はあっても、それと守護者は関係ない」

「関係ある」

「ない。カヤ、忘れたわけではないだろう。わたしは、最弱の魔導師だ」

「ヒューは弱くない」

「わたしの力は魔導師のそれだと断言できない」


 ヒューの力には、王族の異能が混じっている。いや、むしろ王族の異能だと言っていい。魔導師の力には遺伝性がなく、王族の異能には遺伝性があるのだから、ヒューの水を操る力は王族の異能だ。


「……ヒューは魔導師だ」

「そうだな」


 異能が強くて、封じているくらい、それは強い。異能を封じ、自身で制御できるくらいの力が、ヒューの魔導師としての力と言えるだろう。

 だから、けして、ヒューが最弱の魔導師だということはない。異能を封じる必要がなければ、むしろヒューは王族に迎えられていたはずだ。なにせヒューは、今代王陛下の甥に当たる。王女とは従姉弟だ。今の立場とはまったく違う場所に、立っていたことだろう。


「……カヤ」


 ヒューは弱くはないのに、と勝手に歯噛みしていたら、ヒューに呼ばれた。


「もうわたしに、あまり関わるな」

「……なぜだ」


 言われている意味がわからなくて、立ち止まったヒューに合わせてカヤは振り向く。どこを見ているのかわからない蒼灰色の瞳が、眩しそうに細められた。


「忘れたいんだ」

「……忘れたい?」

「寂しさを」


 ぐさりと胸に刺さる言葉だった。


「忘れられないと、わかっていても……忘れたいと、願ってしまうんだ」


 半年が過ぎた。師が不慮の事故で死んでから、半年が過ぎた。その時間をカヤは守護石の改良に注いで、痛みや悲しみをどうにか癒したが、ヒューは違った。

 救えなかったことに、ヒューは囚われ続けていた。

 笑っているのに、その心は、笑えない日々を過ごしていた。







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