14 : 半年が過ぎた。1
*本編最終話から半年が過ぎ、一年は過ぎていない頃のお話。
昨夜、襲われた気がする。あまりに眠くてなにもかもどうでもよくなって、襲われているというのに眠りを優先させてしまったが、そもそも悪意も殺意も感じなかったからそんなことができた。
それに、襲ってきたのは女だった気がする。
気持ちよくさせられただけでそれ以上のなにかがあったわけでもなく、眠りを優先させた結果、朝はきちんと目覚めることができたわけだから、やはり殺しが目的ではなかったのだろう。第一、自分が殺される理由が見当たらない。どこかで恨みを買った憶えはないし、恨みを買うようなこともしていないはずである。
「……なんだったんだ?」
よくわからないな、と思いながら、まあ生きているからいいかと、襲われたことはさっさと忘れてしまうことにする。命があるのだ、それだけでいい。この命は使うべきところに使わなければならない。
「ヒューがいればいいが……」
寝台を離れ、さっさと身支度を整えると、今日の予定を頭の中に組み立てる。
今日はわりと大事な日だ。師が残した守護石という装置の、最終起動実験をしなければならない。今日のうちにそれを終わらせて、さらなる微調整を加えたあと、守護石は本格的に起動開始となるのだ。
「おい堅氷、起きてるか?」
「……雷雲」
「おお、起きてんな」
準備を終えたところで、幼馴染のような同胞、雷雲の魔導師ロザヴィンが、ひょっこり顔を見せた。先ごろ魔導師を名乗ることを許されたロザヴィンは、数年前から魔導師を名乗っている自分より歳下の魔導師だ。
「ん? なんかすっきりした顔してんな。昨日はちゃんと眠れたか」
「……、ああ」
襲われたが、命がある以上、それは自分にとって些末なことだ。わざわざ誰かに言う必要はない。だが、ロザヴィンは幼馴染みたいなものだ。
「なにかに、すっきりさせてもらった」
「は?」
「よくわからない」
「いや、あんたが意味わかんねぇよ」
とりあえず説明してみたが、説明しようがないことに気づき、おまけにロザヴィンには通じないようであったので、それ以上は口を閉ざした。
「ところで今日、おれはあんたの手伝いするけど、ほかには?」
「ヒューを捕まえようと思う」
「ヒュー? ああ、水萍か。王都にいんのかよ?」
「いる。だから今日にした」
ロザヴィンには、今日の実験に協力してもらう予定だ。雷みたいな魔導師なので、そう比喩していたら「雷雲」という渾名がついてしまったロザヴィンであるから、本当に雷を自然発生させることができるようになってしまった。攻撃系のそれは、守護石の実験にはとても役に立つ。ついでに、ロザヴィンの力に相乗効果を乗せられる魔導師もいるので、その魔導師も捕まえたら実験開始である。
「水萍かぁ……おれ、まともに逢ったことねぇんだよな。あれだろ? 灰色の魔導師、断罪の魔導師、黒の死神、とかいろいろ呼ばれてるだろ?」
「ああ」
「どんな奴?」
「能天気」
「はぁ?」
「それより、守護石の概要は憶えたか?」
実験に必要なのは、守護石の知識だ。以前からロザヴィンには強力を求めていたので、概要を憶えてもらうのは必須だった。
「守護石。結界の錬成陣を描いた石の別称。自然災害そのほかから国土を護る、まあ巨大な結界式だな」
「それだけ把握していれば充分だ」
今日の実験におそらく失敗はないだろう。最終起動実験の段階まで来たのだから、むしろ安全性が高い。いや、安全性がなければ実用化できないのだから、今日の実験は必ず成功する。とくに心配はしていない。
「あんた、朝飯は?」
「これからだ」
「んじゃ、おれ先に行くわ。一つ、まだ配置場所に設置してねぇんだ」
「設置したらその場で待機だ。守護石の起動は気配でわかる。発雷の頃合いは任せた」
「おう。じゃあ、またな」
ロザヴィンが出て行ったあと、自分も朝食を摂るべく居室を出た。
食堂で誰かが作ってくれていないだろうか、と期待していたら、幸いにも世話好きな魔導師が朝食を振舞っていたので、ありつくことにする。世話好きが作るくらいなので、美味しい朝食だ。ただ、その世話好きな魔導師には、朝食を提供する代わりに一つだけ条件を出された。
「今日、守護石の実験をすると聞いた。わたしの弟子にそれを手伝わせてくれないか」
という、なんとも適当な条件だったので、まあいいかと、その条件は飲んだ。協力の人手が多いことに越したことはない。
「灯火の魔導師トランテ・ラウだ。よう、堅氷。久しぶり」
「おまえか……」
世話好きの弟子はわりと世話好きだ。灯火の魔導師トランテ・ラウには、魔導師団棟にいるときはよく食事に誘われる。断る理由もないので、ロザヴィンと一緒にその手料理をご馳走させてもらうことはよくあった。おかげで食に困ったことがない。
「なんだ堅氷、おれの師匠が誰か知らなかったのかよ」
「一緒にいるところを今日初めて見た」
「あ、それもそうか。おれ、あんまり師匠にくっついて歩かないからな。あのひと、弟子には放任主義だし」
トランテは「灯火」と渾名されている通り、火属性の力に長けている。あまり歓迎された力ではないが、だからといって忌避されるようなものでもない。トランテのつき合い方、或いはトランテの師のつき合い方が、たぶん上手いのだと思う。
「いきなりで悪かったな」
「べつに」
「雷雲に協力させてるだろ? いい勉強になるから、おれから師匠に頼んだんだよ、おれも参加させてくれるように頼んで欲しいって」
「とくに珍しいことをするわけではないが」
「おまえにとっては、な。で、雷雲のほかに誰か協力してるのか?」
「ヒューを捕まえようと思う」
「ひゅー? ああ、水萍のことか。そういえば王都にいたな……今朝は見かけなかったが」
まずい、と思う。協力を仰ぐ話をしていないもうひとりの魔導師が、もしかしたら王都と出てしまっているかもしれない。
「ヒューを捕まえる」
「おう。じゃ、まずは水萍を捕獲するところからだな」
トランテと共に朝食を綺麗に平らげたあと、慌てて食堂を飛び出した。
楽しんでいただけたら幸いです。