13 : 魔導師がユメみたセカイ。
変わると思っていた世界は、けっきょく変わらなかった。いつものように太陽が昇って朝がきて、目が覚めたらその日やるべき任務を果たす。同じような毎日を、同じように過ごして、陽が沈んで眠気がきたら眠る。
それまでできるだけ帰るようにしていた魔導師団棟の居室には、より帰らなくなった。そうなると必然的に、同胞たちに逢う機会も減っていく。
噂で、ヒューが黒の死神と呼ばれていることを知った。犯罪者を裁く魔導師だ。ヒューならやりそうだと、内心で笑った。
少しずつ、少しずつ、変わらない毎日が億劫になってきた頃、視界にちょろちょろと映るものが増えた。
「ユゥリアよ。教えたでしょう」
金色の髪、深い蒼の双眸は、どこかで見たことがあると思いながらしばらく思い出せなかった。そうしてふと、たまたま帰省していたときに廊下をその身体で塞がれて、漸く思い出した。
『わたくしが愛してあげる』
イーヴェの葬儀で、よくわからないことを言っていた女だ。いや、王女だったと記憶している。イーヴェがたまに相手をしていて、随分と賢く王の器にふさわしいと口にしていた女性だ。
王女ユゥリアは、帰省していれば必ずそばに寄ってきて、必ずと言っていいほどなにかと話しかけてきた。相手をするのも面倒で適当に聞き流していたのだけれども、あるときふと、ユゥリアに手を引っ張られて思い入れがある場所に連れて行かれた。
「今日はとても天気がいいわ。城下がよく見渡せる」
そこは、イーヴェがこの世界から消えたとき、ヒューが立っていた場所だった。
この頃ヒューにはまったく逢わなくなっていて、それまで兄弟のように接してきた兄が遠くへ行ってしまったような気がしていた。べつに喧嘩をしたわけでもない、溝があるわけでもない、だのに逢いにいけなくて足踏みしていたときだった。
「カヤ……」
強く手を引っ張られて、ユゥリアの存在を強く感じさせられた。
「……なんだ」
手のひらが暖かいなと思った。眼差しが柔らかいなと思った。その双眸は、とても強い意志がありそうだなと思った。
「わたくし……この国が好きなの」
「ああ」
「カヤは? カヤも、この国が好き? ユシュベルを、大切に思ってくれている?」
問いは、カヤの視線を城下に戻した。
「……たぶん」
なにがあっても、どんなことがあっても、世界に絶望しながらも最後までこの国の人々を護ろうとしていた人がいる。
イーヴェの姿を思い出した。
師は、守護石の研究を終わらせていた。それはカヤに、あとを託したものだった。
あの石はこの国を護る。
それなら、あの人が護ろうとしたものを、弟子として護るべきではないのか。
城下を見渡しながら、ああそうか、となにかがすとんと落ちてくる。
最後まで笑っていたという師のそれを、なかったことにしてはならない。
それなら。
この国を護ろう。
この国を愛そう。
悲しい魔導師が、悲しい未来を持っていても、魔導師が夢見ることを許してくれたこの国の未来を護ろう。
自分にはそれができる。できる力がある。
師を救うことはできなかったけれども、それが本当に救いかどうかなんで誰にもわからない。師が救いを求めていたかもわからない。
むしろ。
魔導師が夢見た世界を、師は護りたいと思っていたかもしれない。
悲しい生きものだと教えてくれたのはほかでもない、師であるイーヴェだ。どうにかしたいと、イーヴェは思っていたことだろう。
そうか、とカヤは息をついた。
ヒュー、だからあなたは、罪を裁く魔導師となったのか。
「ユゥリア」
「……あ、なぁに?」
「迎えだ」
「え?」
後方から聞こえてきたユゥリアを呼ぶ声に、道を促した。
行こう、と思った。歩む道は決まった。さまざまなことを知った。もっといろいろなことを知らなければならない。
「カヤ」
歩き出そうとしたところで、ユゥリアが少し強引にその歩みを止めさせる。カヤは振り向き、首を傾げた。
「もしわたくしが、どこか遠くへ連れて行ってと言ったら、連れて行ってくれるかしら」
「? きみは王女だ。望むなら、どこへでも行けるだろう」
なにを言われているのかわからなかった。
「違うわ。あなたがいいの。あなたが連れて行って」
あなたがいい、と言うユゥリアの眼差しが、ことのほか強く、まるでこれから歩もうと決めた道は正しいのだと、言われているようだった。
「……行きましょうか、カヤ」
ふっと笑ったユゥリアになにかが見えた。ちかちかと光ったそれは眩しくて、けれどもどこからかいとしいものが込み上げてくる。
繋いだままの手のひらは暖かく、歩む道を照らしてくれているように感じた。
この気持ちはなんだろう。
ユゥリア、と名を呼ぼうとして、口を噤む。
凛々しく美しい背に、魔導師が夢見た世界の可能性があるような気がした。
これにて終幕となります。
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津森太壱。