11 : 描いたミライ。2
嘘だと思った。
嘘だと信じたかった。
世界は美しい。ゆえに、醜い。
人間が怖い。人間が、恐ろしい。人間に、恐怖を感じない日など、ない。
そう、世界は恐怖だ。
どうしようもなく、恐怖に溢れている。
自分の想いが、世界を恐怖と感じている。
生きることも、死ぬことも、人間も世界も、すべてが恐ろしくて、怖気づく。
「イーヴェ……」
カヤの世界をそんな恐怖に陥れた師の死が、目の前にある。
生を望んでここまで歩んだからこそ、その恐怖は呆気なく、訪れた。
理解できなかった。
なぜ死んだのかわからなかった。
なぜ死を選んだのかわからなかった。
イーヴェが死ぬわけがなかった。
殺せと言ったのはイーヴェだ。
死ぬわけがない。
そう、カヤが手をかけるまで、たとえ切望していたとしても、イーヴェが死を選ぶわけがなかった。
イーヴェを殺すのはカヤだ。
こんなに呆気なく、イーヴェが死ぬなんて、あり得ない。
イーヴェの死を軽んじられては困る。
怒りに目が眩んだ。
「おまえは……っ」
「下がれ、ロルガルーン」
イーヴェの死を軽んずるな。
「下がるのはおまえのほうじゃ。イーヴェはわれわれで天にお返しする」
「イーヴェを殺すのはおれだ。そう約束した。おまえらに殺させやしない」
怒りのまま、邪魔をする者は排除する。
イーヴェの死を、呆気なく受け入れる者たちに用はない。
「やめぬか!」
「おれは下がれと言った」
イーヴェを殺すのはカヤで、それはまだ成されていないのに、死が訪れるなんてありえない。
どうしてそれがわからないのだ。
「王陛下の御前であるぞ、堅氷の! イーヴェだけでなく、王陛下までも愚弄する気か!」
邪魔をするな、そこを退け、イーヴェの死を認めるな。
「下がらぬか、堅氷の!」
なぜわからないのだ。
死ぬわけがないのに、なぜ死んだと認めるのだ。
なぜ。
なぜ。
どうしてそんなに呆気なく、死を許すのだ。
許していいわけがない。
許せないだろう。
なのに、なぜ。
「……邪魔だ。退け」
立ち塞がる者が増える。
「わたくしが愛してあげる」
予想もしていなかった言葉、意味もわからない言葉、けれども聞こえてくるはっきりとした声。
「わたくしが、あなたを愛してあげる」
「……なんのことだ」
「だから認めなさい、堅氷の魔導師」
「おれはイーヴェを殺しにきただけだ。そこを退け」
イーヴェの死を軽んじた者に、邪魔はされたくない。
だのに、その声はよく響いて来る。耳を、穿ってくる。
信じたくないものを、信じさせようとしてくる。
「そこを……退け」
「イーヴェは死んだのよ」
聞きたくもなかった言葉に、身体が強張った。
「街の住人を庇って、護って、イーヴェは死んだの。あなたが殺したくても、もうどうにもならないのよ。いくら大魔導師のイーヴェでも、生き返ることはないわ」
「……おれは、イーヴェを」
「もう殺せないの。死者は生き返らないのだから」
受け入れたくない。
認めたくない。
殺さなければならなかったのだ、イーヴェを。
だのに、見つめてくる蒼い双眸が、思い出させた。
「泣いていいのよ、堅氷の魔導師……いいえ、カヤ」
カヤ。
イーヴェと同じ声で、そう呼ぶひと。
ヒュー。
ヒューはどこにいるのだろう。
ヒューはイーヴェの死を、軽んじたりしない。カヤと一緒に夢を見た。未来を見た。
そのヒューは、いったいどこに、いるのだろう。
ふと、ぬくもりを思い出した。
蒼い双眸が、そのぬくもりまで思い出させた。
「イーヴェは、カヤの師……あなたにとっては、唯一の家族だった」
「……イーヴェ、は」
「悲しいわね、カヤ。寂しいわね、カヤ。わたくしも、悲しくて寂しいのよ」
ああそうだ、悲しい、寂しい。
イーヴェは親だ。自分と、ヒューの、父親だ。家族だ。
だから。
死を受け入れたくない。
受け入れられない。
なのに。
どうして、それを思い出させるのだ。
「わたくしが愛してあげる……だから、もう、泣いていいのよ」
愛しているなんて、言われたことはない。けれども、愛情は感じていた。
あの眼差しが。
あの微笑みが。
あの、手のひらが。
殺せるわけがなかった。
「イーヴェ……」
愛している。
愛していた。
師と尊敬し、親のように。
なぜ、どうして、死んでしまったのだ。
これからの未来を、描いていたのに。
間違いが正されようと、していたのに。
なぜ。
どうして。
ヒューを置いて逝った。
おれを置いて逝った。
描いた未来があったのに。
「天に安らぎを、地に恵みを……われらが至上の世界に」
あなたを殺さない未来があったのに。