似た者親子〜ジャンヌとジャックリーン
「ジャンヌ!一体何処に行っていたんだ!? 探したんだぞ!」
別邸のドアを開けた途端、久々に父様の雷がジャンヌに落ちた。
「庭に居ましたが」
「お前の姿は見えなかったぞ!」
「見えないのは、当たり前ですよ。庭で結界張って寝てましたから」
シレッと言っているジャンヌは、母様やマーサと一緒に料理をし始めた。
ジャンヌは、そっと自分の唇を指の腹で触った。フフッと微笑むと楽しそうに食器をテーブルに並べ始めた。
食事の用意が出来てテーブルの上には、いつもよりも豪華な食事が並べられている。
食前酒、生野菜のサラダ、牛肉のソテー、柔らかそうなクリームを練ったロールパンにそれから、人参のタルト。
ジャンヌ達は、女神シュスラーを崇拝しているので、食事の前には、いつもお祈りをしている。女神シュスラーと大天使シュスラードは、この世界の神であり、信仰の象徴と言われている。お祈りが終わった後、マーサがふと気付いたようにジャンヌに聞いて来た。
「ジャンヌ様。ご帰宅された時から口紅が乱れていますが、どうされたんですか? 袖口にも、ハンカチにも、紅は付いておりませんのに…」
少し小さな溜息をついたジャンヌは、父様達が口に食前酒を含んだのを確認すると爆弾発言をした。
「ああ。先ほど口付けされたからですわ」
ベンジャミン達は口から食前酒を吹き出していた。ジャンヌは事前に持っていた銀のトレーをさっと自分の前に出して、自分の分の食べ物と服を食前酒の飛沫から守った。ジャンヌは何事も無かったかの様に、トレーを予備のナプキンの上に置くと黙々と食べ始めた。
ベンジャミンは、ナプキンで口元を拭くと、マーサに早くテーブルを拭く物を持って来る様にと指示を出していた。マーサは、ジャンヌの様子から見てこう言う事をなさる方だからと、既に予備のナプキンを多めに用意していた。
ジャンヌがいつも何か爆弾発言をする時は、決まって食前酒を両親が飲み始めた時に言うのだ。それで何度も被害にあっている旦那様を見て、マーサはお気の毒に….と毎回心の中で合掌をしているのであった。
「く、く、口付け?! 何処のどいつにそんな事をされたんだ!殴ってやる!」
「あら、父様。あの方を殴ったりなさったら、困るのは父様ですよ」
「どうして、相手を庇うのだ。ジャンヌ!」
「だって、相手は王子様なんですもの。殴ったりしたら父様が不敬罪で牢獄行きか、男爵家の爵位までも剥奪されてしまうわよ」
今にも爆発しそうな様子のベンジャミンだったが、またまた魂を抜かれてしまった父ベンジャミン。そんな父様に対して妙に落ち着いているのが、母親のジャックリーンだ。
「あら、でも王室に輿入れは決まっているのだから、良いんじゃありませんか? それにしたのではなく、されたのですからね。 で、ジャンヌ。どちらの王子なの?」
この親子は本当に似ている。この母親にこの娘ありと言った感じだろうか…。
「金の髪で碧眼だったからアウグスト様よ。う〜ん。でも、寝ている時に二度されただけだから、私が起きている時になされば良いって言ったら、もう一度して来そうになったけど、寸止めだったわ。全く根性無しよね」
父様は、口を開けたまま魂が抜かれた様に、今夜何度目なんでしょうね。またまた失神していました。
ジャックリーンは、テーブルに身を乗り出してジャンヌに聞いて来る。
色気も何も無い、男勝りだった娘が、殿方と口付けなんて….。しかも、相手はご婦人方の憧れの太陽の君だなんて….。我が娘でも羨ましいわ〜。
「あ、でも….そう言えばディートリッヒ様とも一度やった事がある。でもあれは口移しで薬を何回かに分けて飲ませただけだから。口付けとは言わないかも。もしも、本人がその事を覚えていたら、どうか分からないけどね」
娘の爆弾発言から漸く立ち直った父ベンジャミンは、またまた失神した。
それを聞いたジャックリーンは、目をウルウルさせるとジャンヌに、どうだったの?とか感想を聞いて来た。
「ディートリッヒ様の時は、助けるのに必死だったから、分かんないわ。それに今日のなんて、私が眠っている時だったから、どうせなら私が起きている時にすれば良いのに…」
ジャンヌはそう言うと、人参のタルトをパクッと食べていた。
人はいつも見かけで自分を判断している所がある。確かに男爵領地でも、初めはみんなジャンヌの事をお淑やかな女の子だと思っていたようだが、ジャンヌ自身もうそれが窮屈で溜まらないのだ。
どうして自分を出しちゃダメなの?!母様に泣いて相談すると母様は、ジャンヌの頭を撫でると淑女の嗜みの入門編として教えてくれた。
「ジャンヌ。可愛いジャンヌ。もう泣かないで頂戴。あなたのそういう所を好きになる殿方もいらっしゃるのよ。それまでは他の皆が想像しているか弱き少女のイメージを保っていれば、良いのよ。演じ分ければ良いのだから。人生は演劇なのよ!ジャンヌ!」
そう言う訳で領地内では、男勝りのジャンヌだが、何かの行事の時には淑女らしく振る舞っている。
だが、どんなにジャンヌが淑女の様に振る舞っていても、完全に出来ないのが一つだけあった。それはダンスだった。ジャンヌの両親はダンスが上手なのに、何故かジャンヌはダンスの才能が無いのだ。それに降って湧いて来たような、今回の成人の儀。これにはダンスがもれなく付いて来る。
何度もジャンヌに足を踏まれている父様は、ジャンヌの練習に付き合う様に母様に言われていたが白旗を上げる始末。
ジャックリーンは、溜息をつきながらもジャンヌにどうやってダンスを教えたら良いのかを考えていた。
「母様。アウグスト様にダンスを教えてもらう事になりましたから、だからダンスの事は心配しないで下さい」
そう言うとジャンヌはナプキンをテーブルの上に乗せた。マーサが食器を下げ始めると、ジャンヌはさっさと二階の自室へ行ってしまった。
ベッドの上で今日の反省を自分なりにしていたジャンヌは、はぁ〜っと溜息をついた。
「アウグスト様にされた時に、泣けば良かったのかしら?」
ジャンヌは、そんな心にもない事を言いながらも、窓から見える王都の景色を眺めていた。
どちらかを選べって…。
成人の儀まで後6ヶ月。
誤字脱字を何とか修正しました。