魔剣の君 〜覚醒
南の国グラージュオンの門を潜ったジャンヌは、目の前に広がる銀世界を見て、驚いている。
柔らかに降り注ぐ太陽の日差しに、照らされる。
あまりの眩しさに目を細める。
《シェスラード様。ここは?》
「南の国グラージュオンですよ。これから私達が目指すのは、遥か彼方に見える あの白い塔です」
シェスラードが指差す遥か先に、蜃気楼の様に揺れて見える物。
思わず目を凝らして見ていたジャンヌは、溜息をついた。
《彼処まで、どうやって行けば良いんですかぁ》
光る球から、発せられるジャンヌの声は、周りの空気を震わせて聞こえる。
シェスラードは、天を見上げると指を刺した。
「来る」
《な、何が?》
シェスラードが指を指した方向を見上げると、さっきまで風もなにも無かったのに、いきなり大風が吹いて来た。
《ど、どうしたんですかぁ!!》
「お主を彼処の塔まで飛ばすために、竜巻を呼んだのだ」
《た、竜巻?!》
んな物を呼ばなくても、シェスラード様くらいの大天使であれば、私を1人彼処の塔まで飛ばすのなんて簡単でしょ!
心の中でグチグチと文句を言っていると、シェスラードは流れるような金の巻き髪を風に弄ばれている。そんなに口に髪が入るのなら、その髪を縛るか、切るかどうかすれば良いのに....。見ている方が鬱陶しい。
「もし、ここが南の国グラージュオンでなかったら、お主など直ぐに何処へでも飛ばせる。だが、ここは神が作った国ーーーー其処では、いかなる者でも、力は無効となるのだ。例え、魔王であってもだ。だからこそ、竜巻を呼んだのだ」
ーーーそっか、ここってば、神様が作った国だったんだもんね。だから、宮殿はないし、王都も街も人もいない。ここに、住めるのは神、天使、そして神獣達だけ。だから、平和なのかもしれない...。
ジャンヌは、何故クリシャーナ王女がここ(グラージュオン)に魔剣を隠したのかと言う事が、ようやく分かった。
天を仰ぎ見ると、頭上には白い蜷局を撒いた竜巻がゆっくりとジャンヌの方へと降りて来た。
瞼を閉じたジャンヌは、物凄い勢いで渦の中へと吸い込まれて行った。
光る魂の状態のジャンヌは、そのまま竜巻の上の方まで吸い上げられると、竜巻に乗ったまま、塔が立っている所まで、連れて行かれた。
目の前に巨大な塔が出現すると、シェスラードから「降りるぞ」そう言われ、ふんわりと塔の最上階に舞い降りた。
其処には、水晶の中に閉じ込められている古く汚れて錆びた短剣があった。
《これが、魔剣?》
本当にこんなんで魔王とか斬れるわけ?
疑い深い眼差しでシェスラードを見ているジャンヌに、シェスラードは ふっと柔らかく微笑んでいるだけだった。
その微笑みは、私にこの古くて錆びている短剣の中に入れと言わんばかりの笑みである。
《分かったわ》
白く光る魂の塊だったジャンヌは、今一度 魔剣に触れるために人の形に戻って行く。そして、ジャンヌが水晶に手を触れると触れた部分の水晶が、氷の様に溶けていく。
これって、昔は金で施されていたのかな汚れている柄の部分に、ジャンヌの手が触れると其処から物凄い勢いで魔剣の中に吸い込まれて行った。
魔剣を守っていた水晶が、ピキピキと音を立てて割れ始めると、古く汚く錆び付いていた魔剣が、クリシャーナの時代の時と同じ様にきらびやかな魔剣へと変わって行った。
「ジャンヌ。後は、お主の半身を呼べ。彼女が蒼の魔石と赤の魔石を持っている」
《後1つの緑の魔石は?》
「傀儡師に取られてしまっている」
魔剣が蒼く光り輝くと、その波長で周りの空気も波紋を出しながら同調する。
我の半身、アクア。時は満ちた。
呪文の様に何度も魔剣が震える。剣が震える度に、塔が振動で揺れている。
アクアは、ガゾロと一緒にサシュルートの都に漸く入った所であった。
突然アクアの身体が、蒼く光り輝くと、アクアの前を歩いていたアウグスト達がふと足を止めた。
「何か、大きな気が流れている...!! アクアどの!!どうされたのですか!?」
「アクア!!」
アクアは、蒼く光り輝く身体を見てフッと微笑んだ。
それを見たガゾロは、懐から赤い魔石を二つ取り出すと、それをアクアの手に乗せた。
ガゾロは、アクアの顔をじっと見るとゆっくり頷いている。
それに答える様にアクアも、ガゾロに会釈をして、微笑んだ。
「ガゾロ様。ジャンヌ様の魂が魔剣の中に入られました。私の役目ももうすぐ終わりを迎えます。皆様は、どうか残りの緑の魔石を探して下さい。火、土、森、水が揃わなければ、魔剣はただの剣でございます」
アクアの言葉に、ディートリッヒは驚きながらも、残りの緑の魔石は、何処にあるのかとアクアに聞いてみた。
アクアは、身体が徐々に蒼の光の粒になって行くと最後の言葉を三人に伝えた。
《此処の地に....そして意外な方が持っておられます》
蒼い光の粒が消えてしまうと、三人は走ってサシュルートの城へと急いだ。
移動魔術を使えば、敵にバレてしまう恐れがあるので、小さな魔術で馬を三頭動かせる様にすると、それに股がって城へと向って行った。
一方、グラージュオンの塔でアクアが現れるのを待っているシェスラードとジャンヌは、辺りの空気が歪むのを感じた。
蒼い光の粒が、徐々に集まると長い黒髪の女が現れた。
女は、シェスラードを見ると膝をついて頭を垂れた。
「ご苦労であったアクア。して、2人の王子達は大丈夫だったのか?」
「はい、一時はお二人が傀儡師の術に掴まり、ジャンヌ様を巡って決闘を.... 」
「そうか。そなたが此処にいると言う事は、2人は正気に戻ったのであろう」
「はい。ただ...」
「ただ、何だ?」
「フレデリック王の時代に禁断の術と言う事で傀儡の術を使う魔術師達は、焼き殺されていた筈なのですが。どうして今頃...そればかりが気が気でなりません」
「ん....。私も同感だ。後は、ジャンヌ達に任せるしかなかろう」
アクアは、ゆっくりと立ち上がると胸元から二つの赤い魔石を取り出した。
それを持って魔剣の方へ歩み寄ると、アクアの身体が一瞬にして魔石となり剣の中へと収まって行った。
今、魔剣の中にあるのは、蒼い魔石が二つ、赤い魔石が二つとジャンヌの魂である。
シェスラードは、魔剣に触れると魔剣が震え出した。
「さあ、空間を飛んで残りの魔石とジャンヌの身体の所まで行くが良い」
その言葉を聞いた魔剣は、一気に上空へと飛び立つと、疾風の様に去って行った。
シェスラードは、魔剣が飛び立って行った空を見つめると、アクアが言っていた傀儡師の事を思い出すと、眉を顰めた。
まさか....生き残りが居たわけではあるまい...。
腕の良い傀儡師ともなれば、影からその者の魂を作れる事もある。
だが、それはごく一握りの優れた傀儡師だけが出来る技だ。
その技は、門外不出で一子相伝と言われている。
ラグーニで唯一それが出来る者は、もうこの世には生を成していない筈だ。