閑話 大ジージとジャンヌ
「ジャンヌ様!もう少し女の子らしくしてくださいまし!」
乳母のお小言がまた、庭に響く。
ジャンヌ8才。
言葉遣いを毎日訂正されること何十回。
歩き方から、マナーまで何度も繰り返し乳母に何度も怒られていた。
「何でワシの事を皆は、認めてくれないんじゃ?」
いつもジャンヌは、領地内を抜け出すと長老の所へ身を隠していた。
「お婆様。どうして父様も母様もワシを認めてくれないんだ? ワシは4才じゃなくって98才の老人なのに、それも男だ。何故、みなワシをジャンヌと言う殻に閉じ込めるんじゃ。分からん」
婆様は、ただにっこり微笑むとわしに言った。
「ジャンヌ様。いえ、ではこのお婆に話して頂けますかな?」
そこで、大ジージは地球での事を婆様に、少しずつ話して聞かせた。
自分が、地球と言う名の太陽系第三惑星にいた事や、日本の事。そして青年期に体験した戦争の事を話した。
そして、この世界に来るきっかけとなった事故の事を辛そうに話す大ジージーに、「ゆっくりで、良いのですよ」そう何度も言い聞かせた。
溜息をついた大ジージーは、眉を顰めながら、曾孫ファートムの代わりに自分の命を差し出す事で、曾孫が助かった事を告げると、お婆様はウンウンと頷きながらも何度もジャンヌを見ている。
意志の強い銀の双眸をキラキラと輝かせながらも、お婆も知らない未知の世界ー地球の事を話している様子は、とてもじゃないが8才には見えなかった。
地球の人口の事や、国の数、文明社会だった事、そして、地球と言う世界では魔法が無いと言う事を話すとお婆様は、鎖蛇の干物を粉末にしたお茶をズズッと啜るとはぁ〜と銀色の息を吐いた。
初めて見るその光景に、大ジージは目を輝かせた。
「ワシは….どうしたら良いのか分からないのじゃ。お婆様にワシの話を聞いてもらえれば、スッキリするかと思ったのだが、この事は、お婆様もどうする事は出来ないじゃろうな」
項垂れた8歳児を見たお婆様は、水晶玉を取り出すと人差し指で、弧を描く様に撫でている。
暫しの沈黙の後、お婆様はポツリポツリと自分の考えを話し出した。
「それは、大天使シェスラード様が姫様をこちらの世界にお呼びになったからでございますよ」
「大天使シェスラード様? ではワシがその方にお願いをすれば、元の世界に戻れるのかもしれん」
「いいや。戻れません。お忘れですか?あなた様は、元の世界でその生を全うされたのでございますよ」
「では、どうすれば良いのじゃ…ワシは、ずっと男の心を持ったままの女子になるのか?それでは、あの両親達が不憫でならない」
「姫様。姫様一つだけ方法がございます」
「そ、それは何じゃ?」
「あなた様の意識をこの水晶玉に封印して差し上げましょう。さすれば、もうあなた様が苦しまれる事も、悩まれる事もございません。あなた様の自我の影に隠れてお出でになるジャンヌ様が表に出て来られる様になりますから。全ては、あなた様次第でございます。どうされますか?」
プルプルと震える拳を膝の上に乗せたまま幼いジャンヌは、悩んでいた。
「お、お婆様….か、考える時間をく、下され」
「分かりました。お婆は、いつでもあなた様の味方ですぞ」
「恩に着る」
幼女らしからぬ言葉遣いでも、お婆は皺だらけの顔にもっと皺を寄せて笑っていた。
その日は、ジャンヌを男爵家まで連れて行った。
「まあ!!お嬢様!!何処に行ってらしたのですか? 旦那様も奥様も皆さんそれはそれは心配なされていたのですよ!」
「す、すまぬ」
ジャンヌが言うと乳母は、溜息をつきながらも「また、男言葉を使われるとは…ジャンヌ様にも困ったものでございます。長老様、ジャンヌ様を連れて来て下さって、本当にありがとうございます」
「いやいや。ジャンヌ様は先見の目がございます。ちと普通の子供とは違うのは、大天使シェスラード様のお力がある故でござりましょう」
大天使の名を出されると乳母もこれ以上、ジャンヌの事を責める事は出来なくなった。
大ジージは、ほっとしていたが、いつまでもこんな言い訳が続くわけが無い事など、自分が一番良く知っている。
夕方になり、チャンガと呼ばれる小型の龍が空を飛び交っている。
チャンガは、夜行性のために夕方から明け方近くまで森を飛んでいる。
肉食ではなく、小さな虫を食べるので、畑を作る際には必ずチャンガと契約をする魔術師を呼び、自分の畑を守ってもらうのが、この世界での普通なのだとお婆様に教えてもらった。
地球でやっている農薬などと言う存在は、この世界には存在しない。
医術も、全て魔術で施されるために、魔法の力が強い者は、王宮からの招待状が来るのだそうだ。それを受け取った者達は、自分達の力で王都へ向うと先ずはじめに魔術師の入団テストとして、召還魔法を披露し、その召還具合によって王宮に残れるか、それとも夢破れ自分の田舎へ帰らされるかのどちらかになるのだ。
ジャンヌは、眠い目を擦りながら、乳母に魔術師の話を聞かせてもらいながらも、夢の中へと入って行った。
夢の中では、真っ暗な闇の中にジャンヌと大ジージが対立する様に立っていた。
ジャンヌは、小さな膝を抱えながらも泣いていた。
「お父様に会いたいの……。お母様にも、もう何ヶ月も会ってない…」
泣きじゃくる幼女に、大ジージはジャンヌの側に寄ると、「もうすぐ、其方のご両親に会えるぞ。だから、泣くのはよしなされ」そう囁いた。
次の日、ジャンヌは乳母に「ワシはお婆様の所に行って来るから、心配は要らぬ」とまた男言葉を使い、乳母に嗜められると顔を顰めながらもお婆がいる家へと向った。
大きなアーチ型の観音扉を数回ノックすると、お婆の声が聞こえた。
すると、扉に青白い楕円形が浮かぶとお婆の姿が浮かび上がって来た。
一瞬大ジージ(ジャンヌ)は、その昔よく見たホラー映画を思い出した。
お婆は、そんな大ジージ(ジャンヌ)の頭の中を読み取ると笑い出した。
「お入りなさい。もう、そなたは決められたのでございましょう」
観音扉がゆっくりと開くと、大ジージ(ジャンヌ)に絡み付く様に青白い手が、幼女の小さい手を握ると中へと招き入れた。
「お婆殿...ワシは、やはりジャンヌの精神を押さえ込んでいるのだな...。昨日、夢の中でジャンヌと初めて話をしたのだ。あの子は、泣いておった。お婆様...ワシの意識を水晶玉に閉じ込めてはくれないだろうか...。あの子のためにも、そして男爵家の皆さんのためにも....ワシが出来るのは、このくらいのことしか、出来ん...。無念じゃ」
お婆様は、ジャンヌの顔を見ると柔らかく微笑んだ。
「分かりました。さあ、ジャンヌ様。婆の目を見てご覧なされ。あなた様の中にいらっしゃる方の自我を婆の魔術で封印して差し上げましょう。さすれば、あなた様の中にいらっしゃる方は、水晶玉の画像を見る様に、ジャンヌ様の周りで起こっている事を見るだけになります。決して表に出る事はないでしょう」
大ジージは、じっとお婆様の目を見つめた。
鮮やかな青の色の瞳は、所々に緑や黄色が入っている。
吸い込まれる様に、お婆様の瞳に魅入った大ジージの意識は、金の粒となると小さな水晶玉に入れられた。
水晶玉は、ジャンヌの身体に隠されるとお婆様は、パンと両手を叩いた。
ジャンヌの小さな身体がゆっくりと前に傾くと、そのままお婆様の腕の中へと落ちて行った。
「いつかは、おぬしの力が必要となる時が、必ず来る。それまでは眠りに着くのじゃ。大ジージ殿」
家にジャンヌを連れて行ったお婆は、男爵にジャンヌを渡すと微笑みながら消えて行った。
ジャンヌは、例え大ジージが消えた後でも、何故か男言葉が抜けず、男爵はジャンヌが10才になった時に遊び相手として一つか二つ年上の女児を連れて来た。
大人以外の人を見た事がなかったジャンヌは、キラキラとした銀の瞳で、女の子を見つめた。
「あなた誰?」
「マーサでございます」
「マーサ? 」
「はい」
「ねえ、何処から来た?」
「遠い所からでございます」
「ふ〜ん。だから、髪の色が皆と違うのか。マーサ、幾つだ?」
「12才でございます」
マーサが笑っているのを見て、ジャンヌもおかしくなって笑い始めた。
「ジャンヌ様と私、良いお友達になれそうですわね」
「そうだな」
この日以来、2人は姉妹のように仲良く、時には言い合ったり、笑い合ったりしながら楽しく暮らしていた。大ジージは、ジャンヌの身体に埋められた水晶玉の中から、ジャンヌの目を通して外の世界を見ていた。
大ジージが、ジャンヌの中に入っているのに、何も無いのはおかしいと言う感想を頂き、以前書いていた話をここに持って来ました。




