成人の儀〜記憶の断片
ジャンヌが成人の儀式をキチンと終わらせたのかどうか、憶えていないのでスノーからききました。時間が成人の儀式の日にまで、少し遡ります。
ジャングルの様に昼間でも暗い、鬱蒼と木々が生い茂った森を突き進んで行くジャンヌは、ふと、自分が成人の儀式をやり終えたのか?と言う不安に襲われた。
もしやり終えずに、南の国へ入る凱旋門を通ってしまえば、幾ら自分でも、雷に撃たれて即、塵になってしまうだろう。
それを考えただけで、ジャンヌはぶるりと身震いをすると、自分の体を自分の両腕で強く抱きしめた。
私は、本当に成人の儀式をやり終えたのかしら...?
どんなに思い出そうとしても、成人の儀式の事になるとまるで、頭の中に靄がかかった様になってしまい、思い出せないのだ。
苛立たしい...。
そして、淋しい。
彼ら(アウグスト様とディートリッヒ様)がいらっしゃらないのが、淋しい...。
心にぽっかりと大きな穴が空いたような、そんな感じがする。
一歩一歩進む度に、ジャンヌはまた何かを忘れそうで、足が竦んでしまう。
怖い....。もしかして、私は彼らとの思い出も忘れてしまうのでは....。
人から魔物に変化して行った者達は、皆 人であった事を忘れてしまうと言う事をガゾロ様から聞いた事がある。まさか、私もそのようにいつかは、あの2人の王子達の事も父様や、母様、マーサの事までも忘れてしまうの.....?
そんなの嫌だ...。忘れたくない!
ジャンヌが歩みを止めてしまった事に、気がついたスノーは、立ち止まると心配そうに首を傾げてジャンヌを見ている。
《どうした?》
「え? な、なんでもないの..」
《私に隠し事をするとは、大天使シェスラードも舐められたものだ》
「ごめんなさい。隠し事じゃないの。ただ....、あのね、私ってば 何んだか知らないけど、自分の成人の儀式の事を全く憶えて居ないのよね。本当に私は、ちゃんとやれたのかしら? スノー。教えて!えへへ!」
ジャンヌは、みんなの事をいつかは忘れて、自分は魔物となり、あの伝説の魔王と言うのが本当は自分なのではないかと、考え始めた。魔王は、元々人間が作り出した憎しみ、妬み、嫉妬、恐れ、欲望が集まった物だ。それが、野心の塊で地獄の獅子と言われたフレデリック王に乗り移っただけだ。だが、私とて人間....。もし、私が魔王になってしまったら、彼らは私を止めてくれるのだろうか....?
ジャンヌの銀の瞳が揺れていた。
もし、自分が魔王になってしまったら、あの2人の王子達は、私を止めてくれるだろうか?
あの優しい2人の王子達なら、きっと....私を止めてくれるだろう...。
その時になったら、自分は解放されるんだろうな...忌まわしいこの無駄に大きな魔力も。
《.........》
スノーは、ジャンヌの思考を読んでいたが、敢えて口を挟むような事はしなかった。ただ、足元にじゃれつくように体を寄せると、上目遣いでジャンヌを見た。 スノーは、内心ジャンヌが自分の身体の変調を訴えた時に、影が無いからだと言う様に思わせたのだが...。
今、ジャンヌが魔族に襲われた時に、恐ろしさのあまりに魂が本体から抜け出てしまった事を忘れてしまっているようだ。ともかく無事に成人の儀式が終われた事が、何よりだ。
《ああ。その事か。良かったぞ》
「ならいいけど...。成人の儀式を終えていない者が、南の門を通ったら死にあたいするのよね?」
《ああ。だが、お前は無事に成人の儀式を終えたぞ。しかも、威風堂々としていてな。披露した魔術も良かったぞ。皆感嘆しておったな。それに、ダンスでも…フフフフ 面白かったよ》
「良かった...。ちゃんと水晶玉を作れたのね。だって、最後の練習の時になかなか出来なくって、私ったら王宮から逃げちゃったの。でも、本当に良かった〜」
スノーから、言われてホッとしたジャンヌだった。
どうやら、自分は成人の儀式を全て終えたらしい。でも、スノーのこの不気味な程の笑いは何?
何か私がやったのかしら? ダンスで思い当たる事と言えば、ステップだわ....。
確か、スノーが言っていたわよね....
面白かったって、それって....ああ!考えたくない程、恐ろしいものかも知れないわ!
あの時、魔術を披露しようとしていたジャンヌの立ち位置に魔物が入り込み、彼女の影を掠めて行った。そのために水晶玉を作る魔術も、普段よりも多くの体力を使って漸く作り出していた。
普段なら、軽く心に思うだけで作れる物を全身の筋肉を酷使してまで作っていたから、相当の魔力を吸い取られたみたいだな....。さて、ガゾロとやら達はジャンヌの身体を取り戻せるか、どうかだな。あの小賢しい傀儡師が、そう簡単にジャンヌの身体を返すわけが無いだろうと思うが....。
ここは、彼らの力に託すしかないのか...。
スノーが、色々と考えている間、ジャンヌが顔面蒼白で、額と背中に脂汗をダラダラと流している。スノーは、自分の心配をジャンヌに気取らせないように、目を細めてジャンヌを見ている。
《まあまあ、ダンスは ジャンヌなりに頑張ったんだよな。 あの2人の王子達は、ターンの最中になると、毎回 苦虫を潰したような顔をしていたがな。思いっきりジャンヌに踏まれたんだろうな》
「そ、そうなの? 本当に憶えていないけど...」
や、やっぱり....。私ったら、アウグスト様や、ディートリッヒ様の足を何度も踏んづけたんだわ。アウグスト様にあれほど優しくダンスを教えて頂いたのに....。
とくん とくん とくん とくん とくん....2人の王子の事を思うと、ジャンヌの小さな胸の鼓動が高鳴った。
“....ヌ... ジャ...... ジャ....ン...ヌ” “ジャンヌ...俺の名を呼べ!” 心無しか、彼らの声が聞こえて来るのは、気のせいだろうか?
いつかは、2人の内どちらか一人を伴侶として選ばなくてはならない。それを考えると心が痛むのだ。
私には、どちらの王子を選んで良いのかわからないわ...
《ま、レゼンド王と、お前の父は、お前の脚さえも華麗に躱して、事なきをえたがな》
「わかる気がする。あの王様は、絶対に狸だもん!しかも古狸! 一体 何を考えているのか、分かりゃしない」
《それが普通だ。其々あの王子達が半人前だからな。2人で一人前だな。おっと、そろそろ門に着くぞ》
ジャングルのように生い茂った森を抜けたら、辺りは荒涼とした砂地が広がっていた。其処にぽつんと聳える大きな門。初めて南の国の門を目の当たりにしたジャンヌは、口をあんぐりと開けたまま門を見ていた。
「こ、これが 門なの?まるで屋敷か、宮殿への入り口見たいだわね」
スノーが先に門を通ると、シェスラードの姿になった。
「どう言う事なの? どうしてスノーの姿で、この門を潜る事が出来ないの?」
「この門は、真実の門なのですよ」
シェスラードは、ジャンヌに微笑んだ。
「真実の門? どうしてそんな門を作ったんだ?」
門を隔てた向こう側に大天使シェスラードが立っている。
彼は、ジャンヌにこの門の謂れを話始めた。
「元々、この世界には南の国など存在しなったんですよ。ですが、クリシャーナ王女は、ご自分が偽りの姿でいることに罪悪感をかんじていました。そこで、本来あるべき姿に戻れる門を作り、魔剣を守るために、この国を立てたのです。全ては魔王の復活を阻止するためだけに作ったのですよ。この国は、聖獣達が守っていますので、魔物が無闇に入る事は出来ません」
ジャンヌは、目をぎゅっと瞑ると、「ええい!どうにでも なれってんだ!」そう威嚇しながら、門を通った。魂だけのジャンヌは、ただの光り輝く球体へと変化して行った。
「スノー!これはどう言う事なの?!」
《悪い。今、私と一緒にいるお前は、魂だけの存在なのだ》
「エ!!! じゃあ、私の本体は? 」
《今は、竜の谷だ。 そして、お前の影は、東の国だ。魔物達は、我々がバラバラに行動しなくてはならないように、手の込み入った事をしてくれたんだよ。ただ、魔剣を探すには魂のみが必要となるからな…》
あまりにも、上手く事が運び過ぎている...。
ただ...あの傀儡師の事だ。きっと何か飛んでもない事をしてくれてるかもしれん。私の思い過ごしなら良いのだが...。