サシュルートの王都へ(改)
何もかも初めてだらけの馬車の中で、カタカタと体が心地よく揺らされる。
その振動は、眠りを誘う程に心地よい。
父様と母様は、サシュルート王家の使いの方から、今回の王への謁見の招待状の事と、本来ならば娘が13才の時に成人の儀をする事が普通なのだが、どうして娘を早く社交の場に出さなかったのかを聞かれていた。
実際、社交界と言うのは、色々と場を踏んで行かなければならないもの。
挨拶の仕方も、立ち振る舞い、ダンスや作法など、色々と学ばなければならないのだ。トスポートル男爵家では、そのような礼儀作法の練習などと言う物は、あまりしていない。
週に二度、王都で開かれる茶会には、男爵夫人のジャックリーンが出ていた。
年に4度、王侯貴族達は互いの領地の事を王であるレゼンドに報告に行かなければならない。
それは、年初め、春の芽生え、夏の実り、秋の収穫の時期である。たまたま今年の年初めの宴の席で、ベンジャミンの幼馴染みであるバトラー伯爵が、ジャンヌの事を王の前で話してしまった事から、今回の輿入れが秘密裏に決まってしまったのだ。
(一体、王様はジャンヌに何を求められているのだろうか...。この白く汚れ無き我が娘をまさか王子の結婚相手などに選ばれる事はあるまい...。既に王子達には婚約者候補と言われている公爵家の二女アリシア様とスティン伯爵家から三女のロゼッタ様やツマック侯爵家からは、二女のビルマ様と言う3人の候補者達が居られるのだから、わざわざ私の娘ジャンヌを招かなくても良いのに....。)
思い出しても、忌々しい。ベンジャミンは、ギリリと下唇を噛み締めた。
本来ならば、この世界の子供は、13才になると成人の儀を執り行う事になっている。それは、王家との繋がりを示しているのだが、ベンジャミンは敢えてそれをして来なかった。ベンジャミンは、ジャンヌを自分の領地内で彼女が恋し焦れた相手と相思相愛で結ばれれば良いとそう考えていたからだった。
それに...ベンジャミンは自分の領地に居る長老から予言を貰っていた。
「お嬢様は、蒼い石の光を持つお方です。お嬢様は太陽と氷の戦いの中に、既に巻き込まれています。お気をつけ下され。男爵様」
あの年初めの宴の席で 彼奴さえジャンヌの事を言わなければこのような事にはならなかったのに...。
「そう言えば、ベンジャミン。君はどうして自分の娘の成人の儀を執り行わないんだい?もうジャンヌは15才だろ? 聞けば、奥方のジャックリーンと同じ金髪に珍しい瞳の色を持っていると聞いたが、一度見てみたいものだな。あはははは。ジャンヌどのの成人の儀式の後ろ盾は、ぜひ私がなりたいものですな。ハハハハ〜」
バトラーの声が広い宴の間に響いた。
ベンジャミンは、心の中で舌打をした。
それを聞いた玉座に居た王と王子達は、不思議そうな顔をしている。普通貴族達は、自分の子供がまだ13にもなっていないのに、13だと偽ってまで成人の儀を執り行い、あわよくば王の目に自分の子供が見初められればと企んでいる位だったからだ。たまに子供が居ないのに、孤児を街から拾って来て自分の子だと偽り、王の寵愛を受けられる姫として王宮に送り込む為に成人の儀を受けさせる悪徳な貴族達も居る。
「ほう。珍しい瞳の色とは...見てみたいものだ」
レゼンド王の面白そうな物を見つけたような声を聞いたベンジャミンは、ビクリと肩を震わせた。
ま、まさか....我が娘の事を言っているのでは.....。
冷や汗をだらだら流しながら、ベンジャミンはレゼンド王に申し立てた。
「娘はおりますが、まだ社交界のような華やかな場所には、不慣れな者でして....。そ、それに、我が娘は、王家の方々の眼に留まるような者では、ございません。まだ子供でございますから、皆様のお仕事のご迷惑になりましょう」
「そう言えば、ディートリッヒが森で何者かに襲われた時に天使かと思う程、美しい少女に介抱されたと聞いておる。確か、トスポートル男爵の所では、医術が優れているとか聞いているが..。それも、男爵の娘が作っている薬なのかな..?」
「は、医術と言うよりも薬師として今は勉学に励んでいる身であります。ですが、天使のような美しい少女ではありません。父親の私も困る程、おてんばな娘でございまして...とても皆様の前に出せるような大人しい子では、ございません。ですから...」
この話は無かった事に...と言おうと思った次の瞬間だった。レゼンド王はそうはさせまいと、微笑みを浮かべると王子達の方を見てから、ベンジャミンに視線を戻した。
「ふむ..そうか、男爵は、いつも謙遜ばかりで欲が無いと見える。では王である儂が後ろ盾になって、男爵の娘の成人の儀を執り行う。期限は夏の実りの宴以降とする。それまでの間、この王都にある我が王家の別邸に男爵一家を住まわせ、礼儀作法なり何なりの家庭教師を着けてやろう」
レゼンド王は、微笑みを浮かべるとそう言って来たのだった。こうなれば幾らベンジャミンでも逃げる事など出来ない。
ベンジャミンは、顔を青くさせながら「あ.....う....」と力なく言うだけだった。
がっくりと項垂れたベンジャミンは、レゼンド王に反論する前に、全て自分が用意していた答えさえも全て躱されてしまった。
ベンジャミンは謙遜ではなく本気で言っていたのだった。
(ジャンヌが大人しく王宮で過ごせるわけが無い。そんな事が出来るなら、もっと早くに成人の儀をさせてさっさと何処かに嫁がせてる!ダンスのレッスンをする時は、脱兎のように屋敷から逃げているし。社交界の招待状が来ようものなら、「お父様。熱がでましたから、お父様達だけでどうぞ」と言って、森に逃げたりしているし....はあ〜)
考えれば考える程、父ベンジャミンは ジャンヌの破天荒な行動に、頭を悩ませていたのだった。
「人として、見られる立場と言うのは、たまに自分が何者なのかを忘れてしまう事がある。それは幼き頃から崇められ、甘やかされて育つと我が侭と欲望に満ちた心に支配されやすい。ジャンヌ、今はただ他の子供達と一緒に遊び、学びそして民から信頼と言う宝を得る様になりなさい」
父様が言うには、形だけの作法など何も役に立たない。大ジージは、心の中でこのベンジャミンの子として産まれて来て本当に良かったと心からそう思った。
使いの者が言うには、今の侭では王謁見の間に招待しても、何も作法も知らないでは、男爵家の恥となるだろうと言う事で、パーティが催される半年前から王宮でジャンヌに徹底的に礼儀作法、ダンス、乗馬、帝王学、魔術、その他を身につけさせると言う事となったのだ。
「はぁ〜」
何度目だろうか。ジャンヌの口から溜息が出て来るのは。もう既に、男爵家の領地を過ぎて来た。男爵家の領地内では、街の者達に「お嬢様しっかりお勉強して来て下さいよ。」などと声をかけられ、思わずジャンヌも「うん!」と大声を出して答えてしまった。
「そう言う時は、はい。と言うのだジャンヌ。例え領地内の民でも自分よりも年上の者に対しては、失礼が無いように接するように」
父様から諭されるとジャンヌは、領地内の長老に抱きつくと「長老様。では、行って参ります。素敵な淑女になれるように、ガンバリマス!」と元気よく言って別れたのだった。
馬車に揺られる事半日以上。そろそろお尻の感覚が無くなって来た。
窓から外の景色を見ても、王家の領地に入ってからずっと同じ田園風景が続いている。
ジャンヌは、退屈になり父様の膝枕で眠ってしまっていた。
いきなり、馬車が止まり、ジャンヌは父様から揺すり起こされると仕方無く歩いて城の中へと入って行った。
王の使いの者が、「今夜はもう遅いので、明日の朝になりましたら、迎えに行きますので正装をして下さい」そう言うと去って行った。
ジャンヌは、大きく手足を伸ばして欠伸をした。案内された別邸は、王宮から橋一本を渡って行けばすぐに行ける距離である。この別邸から見える景色はなかなかの物だった。
赤や緑、白、黄色などの色彩豊かな明かりが、この王家の領地内にある王都から見える。
家々で灯される魔石の明かりなのだ。それは、まるで今で言う、夜景なのだろう。
ジャンヌは、その王都に灯る夜景がとても気に入っていた。
「まるで、宝石箱をひっくり返したみたいに綺麗! 」
素直なジャンヌの感想に、父様は笑顔でジャンヌに寄り添うと頭を撫でてた。
父様の彫りの深い顔を見て、ジャンヌはつい思った事を口に出してしまった。
「私。父様と母様の子供に産まれて来て、本当に幸せです」
父様は、金髪のジャンヌの髪をそっと撫でると目頭を押さえていた。いくら何も知らないジャンヌでも王宮に行くと言う事が、どのようなことになるのか分かっていた。
もしかすると、大好きな父様や母様の元を離れて、王宮に住む事になるのかも知れない...。
今、この世界の王であるレゼンドには、2人の王子が居る。
だが、一番上は第一王子で年は22才。金髪碧眼で見目麗しいと言う噂が立っている。人々から彼は太陽の君と呼ばれている。
ディートリッヒは第二王子で、年は同じく22才。白銀で蒼い双眸の冷酷の君と呼ばれている。
つい最近、ディートリッヒ王子が何者かに襲われたと言うので、調べている最中だと父様から聞いた。
ジャンヌは、何故2人っきりの兄弟なのに...と悲しくなって来た。
そんなジャンヌの心を知ってか、父様は笑ってジャンヌの白い柔らかい手を重ねると少し寂しい表情をしている。
「私は、お前のそんな優しい所が何よりも好きだ。王子達もお前の様に万人を愛する気持ちを持って下さればどれだけ、この国は平和になるのにな.....」
ベンジャミンは、最後の方をワザと口には出さなかったのだが、心の中で葛藤をしていた。
全ては、明日の王への挨拶の時に知らされるのだろう。
これから、この別邸で最低一ヶ月、最高で半年以上ここで暮らす事になるのだから...。
ベンジャミンは、自慢の前髪を少し掻きあげると額に皺を寄せた。
そんな父親であるベンジャミンの心配を他所に、娘のジャンヌはこのサシュルートの王都の夜景に甚く感動していた。「宝石箱をひっくり返したみたいに綺麗だわ」と言って満面の笑顔を自分に向けて来る。
ジャンヌは、銀の瞳をキラキラと輝かせながら嬉しそうに外を見ていた。
少し内容を変えました。国名が無かったので付け加えました。
文章を直しました。ご指摘ありがとうございます。