帰郷7 西の国の奇病 中編 (改)
「ああ。薄気味悪い人形を持って居たのさ」
ザックは、椅子を引いて少し乱暴にどさりと座ると、太い首を右に左に傾けて、ゴキゴキと首の骨を鳴らした。
「人形?」
ガゾロの凛々しい眉が、ピクリと動いた。隣に座っていたアクアは、人形と言う言葉を聞いて、ガタンと椅子を倒すと立ち上がった。
そんなアクアを宥める様に、彼女の腕を優しくポンポンと叩いたガゾロ。 アクアは、ガゾロの方を向いて、軽くため息をつくと倒した椅子を起こして座り直した。
「スマンな。ザック 続けてくれ」
がゾロの言葉に頷いたザックは、無精ヒゲを触りながら、話し出した。
「ああ。大きなズタ袋から見えたんだよ。その男が持っている物が! ありゃー 大きな人形だったな。しかも、一体じゃねー、何体も持っていたみてーだ」
「どうして人形だと判ったんだ? しかも、何体も持っている事とか、どうやって知ったんだ?」
「そりゃー、ガチャガチャ袋から音がするし、なんせ近所の悪ガキが、その芸人の袋をナイフで破っちまったのさ、その時に袋の中身が全て外に出ちまったってわけさ」
人形だと?
ガゾロは親指と人差し指で長いあご髭を撫でながら考えていた。
人形・・・・・・まさかな・・。 ガゾロの頭に中に古代ラグーニで継承されていた魔術ー傀儡師 を思い起こした。だが、あれは、フレデリック王が亡くなった後、二度と同じ様な事が怒らない為にもと言う事で、禁止の魔術となった筈だ。それにその人形使いに用いる魔術書は、とうの昔にワシが全て燃やした筈だ。
ガゾロは、ウム~とうなりながら、目を瞑るとさっきザックが言っていた言葉を思い出していた。
そして、ドルバーの都に昼間っから、人っ子一人居なかった事とこのザックが言っていた旅の芸人が何らかの関係があるのではと考え始めた。
暖炉に置いてあった笛吹きケトルが、怒った様にピーピーと鳴り出した。
ザックが、暖炉のケトルから4つのカップにオレンジティーをカップに注ぐとガゾロ達の前に置いた。カップの中から、仄かなオレンジの香りと甘い蜂蜜の匂いが漂って来た。カップを両手で包む様に持ったザックは、自分の顔を映し出す紅茶をじっと見つめていた。潤んでいるのか、彼の涙が顎を伝ってカップの中に落ちると、波紋を作った。
「オイラ・・・・・・・そんな気がしてならねんだ・・・・・。この国がおかしくなっちまったのも、全てあの旅の芸人から、始まったんじゃねーのかって」
片目を開けたガゾロはザックの話に耳を傾けた。
ザックが言うには、その旅の芸人は何をするでもなく、ただ このドルバーの都を歩き回っていたと言っていた。普通、旅芸人と言うのは、子供達を集めて昔話を聞かせる者、歌を歌う者や、夜な夜な男どもを集めて薄い布地を身に纏い踊りを披露するものくらいだ。
だが、その旅芸人は、何もせずに何日もこの国の中を歩き回っていただけなのだ。初めは、珍しがって男に纏わり付くように一緒に歩いていた子供達も日が経つにつれ、1人2人と減って行った。最後に残ったのが悪戯坊主のサムだった。
何も芸も見せない男の態度に、痺れを切らせたサムは、持っていた果物用の小型の石のナイフで、男の大きなズタ袋の底を切り裂くと、地面に崩れる様にして落ちた中身を見て震えながら、走り去って行った。
その後、サムはどれだけ探しても見つからなかった。
男は、地面に落ちた何体もの人形を一体一体大事そうに抱えると、自分が着ていたマントを地面に起き、その上に人形を置き始めた。その時、サムが落として行った石のナイフもその人形の山に乗せると、風呂敷を使う様に四方の端を縛ると、其れを抱えて、この宿屋へ泊まりに来たのだった。
その男が翌日の昼間に宿屋を後にした頃、サムが発見された。
サムの体には、奇妙な湿疹が出来ており、日を追うごとにその湿疹から、芽が出るとサムの生気を吸い尽くすかの様に、育って行った。黄色い大きな花を咲かせると、サムは息を引き取った。
その花は、美しく見る者全てを虜にした。
初めは、サムを心配してやって来た友達や近所の者達は、サムの体の変化に驚いていたが、やがて彼等の体にも、サムと同じ様な症状がで始めた。
この半年で都に住むものが激減してしまったのだ。
今では、公国のジョアン姫迄も、奇病を患っていると噂で聞いているが、本当の所は、誰も判っちゃ居ないのさ。 あの事依頼、誰もあの城にも、都にでさえも、近付きたがらねえんだ。
「ザック・・・・つかぬ事を聞くが、そのサムは、普通の子供だったのか?」
ザックは首を振ると、カップを木のテーブルにおいた。木目が見えるテーブルは、悪戯坊主のサムが仲間達と一緒になって、木を切り出す所から、やって作ってくれたのだと言った。
「いいや。サムは、王様が娼婦に産ませた庶子だって言う、専らの噂さ。王様は、大の女好きだったからな~あのサム以外にも、他にも庶子は、居るって言われているくらいだ。 この事は、秘密にしておくれよ。アンナもガンマ様に魔導師の素質があると見込まれなかったら、王様に連れられて行っていたかも知れねーんだ。だから、おいらは今でもガンマ様を尊敬してんだ」
「サムは、最後にどんな状態だったのだ?」
「蔓漆の樹が、突然 サムの家の床から生えると、それに巻きつかれる様になって鮮やかな黄色い大きな花を咲かせて死んだと聞いている」
ドルバー公国の王であるグランマニエ王は、昔は側室さえも作らずに、正室であるシャギー様一筋だったはずなのだが、一体この国で何があったんだろうか・・・・・?
ガゾロは、ザックにグランマニエ王は、何かを集めていたりしなかったかと訪ねた。
ザックは、うーんと唸って居ると、隣にいた妻のマリンが、思い出した様に膝を軽く叩いた。
「あ、あんた あれなんじゃないのかい?」
「あれって?」
「ほら、15年くらい前に、この国が水不足になった事があったじゃないのさ、あの井戸の事じゃないのかい?」
「井戸?」
ガゾロが、怪訝そうに聞いて来ると、マリンは、周りをみると、立ち上がって窓の扉と言う扉を全て閉めた。
「ここの国は元々幻の泉にいらっしゃる女神様に、祈って湧いて出て来たと言われる由緒正しい井戸が、王宮にあったんだよ。だけど、グランマニエ王が、即位された時の夜会で、あの王様は腐った葡萄酒をその井戸に投げ込んだ事から、女神様の怒りに触れたのだと、言われて居るよ」
「あれから、あんなに仲が良かったお妃様には見向きもしないで、毎日夜遊びしてさ、あれじゃあサシュルートから嫁いで来られたシャギー様がお可哀想で、あたしゃ涙が出て来るよ」
マリンは、前かけで自分の涙をそっと拭った。
シャギー様は、レゼンド王の姉君である。
15年前から?もしかすると、もっと前からこの国に何かが起こっていたのかも知れないとガゾロは、そんな気がして来てならなかった。