帰郷6 西の国の奇病 前編
西の国ドルバー公国に入ったガゾロとアクアは、此処におそらく眠っているであろう緑の魔石を探し始めた。
2人が、ドルバーの都に入ると、普段は賑わう筈の市場には、人っ子1人居ない。
何処も彼処も、居ないのだ。
不思議に思った2人は、町外れにある宿屋に立ち寄った。
其処には、他の国から来たと言う騎士や、腕自慢の荒くれ者達が犇いていた。
がゾロは、店の亭主にこの国の事を尋ねると、店の亭主は、周りを確かめる様に、目で見渡すと「あんたもしかしかして、ガゾロさんかい?」そう聞いて来た。
ガゾロは、頷くと店の亭主から手紙を受け取った。
「ガンマって人が、あんたが恐らく此処に来るから、此れを渡してくれって頼まれてたんだよ」
「それは、何時の事だ?」
「ありゃー、半年くれー前だったかんなー? 」
そう言いながら、厨房で重そうな大きな黒い中華鍋を軽々と振っていた。
「どうして半年前だとわかるのだ?」
「そりゃー、分かるさ。なんて言ったって、オイラの娘アンナの結婚式だったからな。 忘れるわけないさ。女だてらに魔導師になるっていってなー。出来た娘なんすよ。ガンマ先生の所で頑張って漸く魔導師になれたんですよ。シャロンさんの友人でトミーと言う魔導師が、オイラの婿だよ。大事な一人娘を攫って行ったんすから、覚えていますよ!」
ガゾロは、其れを聞くと眉間のシワをより一層深くさせた。
そんなガゾロの様子に、店の亭主は怪訝そうなかおをしてガゾロを見た。
「あんた達、ラグーニに立ち寄ったのか?」
アクアに聞いて来た亭主に、アクアは、一言「ああ、そうだ」と告げた。
その途端、彼はアクアの手を掴むと目に涙を溜めて、言って来た。
「あ、あんたもしかしかして、何か知っとんのか? ラグーニの事を何か、知っとんのか? 教えてくれ! 誰に聞いても、何も言わんのじゃ! 何でもええから、教えてくれ!!」
店内は、先ほどまでの騒ぎが一変して、水を打ったかの様に静まり返った。
店の中にいる客達の脅威の眼差しがガゾロ達に集まって来ている。
ゴクリと唾を飲み込む音でさえも、響きそうな静けさだ。
ガゾロは、目を伏せると溜息をついた。
「お前さん、名前は?」
「わしゃ、宿屋のザックだぜ」
「そうか。 ザック、よく落ち着いて聞くのだ。ラグーニは、滅びた。アンナもトミーも、死んだんだ」
ザックの手から大きな中華鍋がスルリと落ちると、大きな音を立てて床に落ちた。カラカラと音を立ると中華鍋が床の上でまわっていた。
「シャロンさんやガンマ先生は? あの方達が生きていらっしゃるならば、オイラの娘もトミーも.....」
「シャロンもガンマも、死んだ」
某然と魂が抜けた様になったザックに寄り添う様に、彼の妻のマリンが彼の背中を撫でてている。
波打つ様に背中を揺らして泣いているザックは、嗚咽するとその場で崩れる様に蹲った。
「アンナは、漸く念願の魔導師になれたのに・・・・・・これから、い、色々な国を・・・・・・夫婦で・・・・・わ、渡り歩いて・・・・い、行くんだって、楽しみにし・・・・・」
ガゾロは、ガンマからの手紙に目を通すと、溜息をついた。
ガンマの手紙には、西の国の奇病について調べて欲しいと書いてあった。彼が調べ始めた頃は、其処まで奇病の被害も少なかった為に、何が原因かと言う事さえも解らないままだったと書いてあった。それが、もしかすると今回の魔王復活とこの公国の王室に関係があるのやも知れん。
ガゾロは、ザックに赤い布に包まれていた物を渡した。
それを受け取ったザックは、大きな体を震わせると泣いていた。
ザックの大きな掌に大事に握られているのは、愛娘アンナと婿のトミーの魔導師の礼服に入っている刻印と、2人の写真だった。 2人の写真の裏には、娘アンナの字で来年の夏には、親になれると書いてあった。その礼服は、シャロンの礼服の下に庇われる様に重なっていた物だった。
ザックは、太いゴツゴツとした指で、写真の中の我が子と婿の笑顔を撫でていた。
店に中は、静まったまま、ザックの嗚咽が店内に響き渡った。
マリンは、前掛けで、目頭を押さえると慌てて、地下室のワイン蔵へと駆け下りると、其処で声を押し殺して泣いていた。ガゾロもアクアもただ、2人の気が済むまで泣かせる事にした。
店の中に居た客達は、皆ザックに声をかけると、其々の家へと帰って行った。
すっかり日も暮れ、夜の帳が降りる頃、店内には涙も枯れ果てたザックと妻のマリン、そしてガゾロにアクアの四人だけとなった。
「何から話せばいいんだろうな・・・」
泣き腫らした目が、まだ兎の目の様に赤いザックが、鼻を啜りながらポツリポツリと話し始めた。
「あれは、半年じゃねーな。一年位まえだったな。珍しい旅の芸人がこの西の国ドルバーに来たんだよ」
「珍しい旅の芸人?」
ガゾロの額にシワが寄る。アクアも怪訝そうに、ザックの話に身を乗り出して聞いている。普通 旅芸人と言えば、子供達を集めて昔話を聞かせる者、曲芸をやるもの、歌を歌う物、際どい服を身に纏い踊りを披露するものくらいだ。なのに、ザックは珍しい旅の芸人と言って来た。 一体その芸人は、何をやって居たのだろうか?
「ああ。薄気味悪い人形を持って居たのさ」
「人形?」
「ああ。大きなズタ袋から見えたんだよ。その男が持っている物が! ありゃー 大きな人形だったな。しかも、一体じゃねー、何体も持っていたみてーだ」
「どうして人形だと判ったんだ? しかも、何体も持っている事とか、どうやって知ったんだ?」
「そりゃー、ガチャガチャ袋から音がするし、なんせ近所の悪ガキが、その芸人の袋をナイフで破っちまったのさ、その時に袋の中身が全て外に出ちまったってわけさ」
人形だと?
ガゾロは親指と人差し指で長いあご髭を撫でながら考えていた。
人形・・・・・・まさかな・・。 ガゾロの頭に中に古代ラグーニで継承されていた魔術ー傀儡師 を思い起こした。だが、あれは、フレデリック王が亡くなった後、二度と同じ様な事が怒らない為にもと言う事で、禁止の魔術となった筈だ。それにその人形使いに用いる魔術書は、とうの昔にワシが全て燃やした筈だ。