帰郷5 トロルの森②
森のあちらこちらから、白い煙が立ちこめる。
一体何人のトロル達が犠牲になったのだろうか...。
ガゾロは、眉間に皺を寄せながら、白髪の長い髪を煙と一緒に立ちこめる熱風に靡かせた。
もしかするとまだトロル達を襲った敵が、居るやも知れん。 彼は、目を瞑ると長い白髪に魔力を送った。 ガゾロの髪は、フワリと毛先が広がると傘を開いた様に、バッと髪が四方八方、放射線状に広がった。
トロルの生存者は、今の所神殿の地下に隠れていたモンクと言う男の子だった。 モンクが言うには、ドイルと言う幼馴染みも何処かに隠れていると言っていた。
ドイル....確かヴォールの孫娘だったな。
次世代のトロルの森を任せられる魔力を秘めている娘だと、ヴォールが自慢げに自分に行って聞かせていたのをガゾロは思い出した。
普通、トロル達は深い緑の瞳をしているが、稀に森を護る魔力を持って産まれて来るトロル達もいる。
彼らの瞳は、その他のトロル達とは違って、赤い瞳をしているのだ。髪も白く肌も白い。そんなトロルが産まれて来るのは数百年に一度と言われている。
トロル自体、寿命が長く、200年から300年生きると言われている。
彼らの天敵は、人間では無く魔族であり、火龍なのだ。
火龍は、森の精を食べ、その力を内に宿し、口から火を噴く。その火は、火炎よりも赤く火山の炎よりも熱い。
誰かが、トロルの森に魔力を持った子供が、産まれたと言う事を魔族に教えてしまったのだろう。
そんな事を考えながらガゾロは、ゆっくりと黒こげになった大地を見渡した。
一房のガゾロの髪が、フワリとある方向を刺している。ガゾロは髪が指し示す方向に向かって行くと、そこには藤の幹が岩に絡み付いていた。
ガゾロが、藤の樹にそっと手を触れると樹が、ざわつく。 ガゾロの手を押しのける様に藤の蔦がガゾロの腕や身体、そして首に巻き付いて来た。 ガゾロは、蔦に攻撃などせずになすが侭にさせていると、首に巻き付いていた藤の蔦から花が咲きこぼれて来るとガゾロに話しかけて来た。
「お主は誰だ? トロルに害する物なのか?」
この藤から発せられる声は、風を使い藤の花を揺らして響く。普通の人間では聞こえる事が出来ない声。藤の樹は、トロル達に取って神聖な樹木だ。 その昔、トロル達の先祖は藤の花から産まれたと言われている。 藤の花は一つの蔓から沢山の花が咲き誇るが、一つ一つは小さくても集まれば周りを圧巻させるほど、神聖だ。
「我は、ガゾロ。トロルの森の長ヴォールの弟子だ。」
ガゾロの身体に巻き付いて来た藤の蔓は、ゆっくりとガゾロの身体から離れ始めると、藤の幹に絡み付かれていた岩が支えを無くして、ゴロゴロと横に転がって来る。
その岩の影に隠れる様に丸まっていたのは、白い髪をした少女だった。
トロルとは、全く違う身体をしてる。少女は、藤の蔦に肩を叩かれ、ようやくガゾロの方を見上げた。
「..........だ...れ....? 」
「ヴォールの弟子、ガゾロです。君が、ドイルかい? 」
コクリと頷く少女は、深紅の双眸でガゾロを見上げた。
藤の蔦がドイルを岩陰から、外に誘導する様に優しく出すと、ドイルは藤の樹木に向って両手を胸の上で交差させるとトロル達が祈りをする時のポーズで、祈り始めた。
その祈りは、人語ではなく、風の言葉だ。
風は、吹く度に火を起こさせるだが、ドイルの風は、彼女が泣いているせいもあるのだろう。少し湿った風が吹く。やがてその風に押される様に、雨雲がやって来て、トロルの森に恵みの雨を降らせる。
ドイルが起こした雨は、不思議と温かく感じる。ガゾロは、火龍に寄って燃え尽きてしまった森林を見ると哀しそうに頭を振った。
ドイルの祈りが終わる頃、燃え尽きた樹の屑や、葉、そして炎で真っ黒だった大地から、新しい力が湧き出て来た。 緑の新芽が重い頭を擡げる様に、黒い大地から一斉に出て来ると天を目指す様に、我先に伸びて行く。
「すっげー。ドイル 」
いつの間にかガゾロの側に来ていたモンクが、目を輝かせてドイルの魔力を見ていた。自分の隣にいるモンクには、何か別の魔力が備わっているのに、この少年がその事に何も気がつかないのはおかしいと思い始めたガゾロ。
ガゾロは、モンクの肩を掴むと彼の額に自分の額を着けた。
こうすれば、彼が持っている魔力の情報が入って来るのだ。
モンクの魔力は、守護だった。しかも、彼がいるからドイルの魔力が使えると言う事が分かった。
どうやら、彼らは2人でワンセットの魔力らしいな。
神も、なんて粋な事をして下さるのだろうか。
微かに微笑んだガゾロの顔を 怪訝そうな目で、見上げているモンク。
「どーしたんだよ。ガゾロさん? 気味悪ーよ」
目尻を下げたガゾロは、2人を見て逞しくなって欲しいと願った。
恐らく大人のトロル達は、無事にこの森に戻って来る事は無いだろう...。
魔族達の食事は、トロルの血と肉そして、命だと言う事をガゾロは知っている。
もし、その事を彼らに少しでも話せば、折角生き残った彼らさえも、命の危険が付きまとう魔王退治に、己から名乗り出るだろう。
ヴォールは、それを良しとしない事をガゾロは、知っている。
今は、トロルの森を復活させることが、彼らの第一の使命である事を。だから、彼らには悲惨な事をこれ以上話して、心を惑わせるわけにはいかない。
そんなガゾロの思考を読んだアクアは、黙ってモンクとドイルを見つめていた。
「モンク。お前の魔力はドイルの力を引き出す力の様じゃな。2人で協力してこの森をふっかつさせるのだ。分かったな 」
ガゾロに優しく促される様に言われたモンクは、黙って俯いていた。
そんなモンクの手を藤の蔦が誘う様に巻き付くと、ドイルの方へ連れて行った。
ドイルは、深紅の瞳を潤ませながらモンクに抱きついていた。彼らの心が通った時に、森の中から神々しい光が刺して来た。
驚いた4人は、急いでその光の方へと走って行った。
黒い大地の中から、強い力が土や岩を押しのけて上へ上へと伸びて来る。
4人の目の前に出現したのは、大きな一枚岩で彫られたレリーフだった。そのレリーフを見たガゾロは、震え出した。
「ま、まさか....。こんな事が起こっていいのか? 」
自分達よりも博識で、魔力もあって、その上トロルの長だったヴォールの弟子であるガゾロが、此処まで動揺している事に驚いていたモンクとドイル。
アクアは、無表情でそのレリーフを見ているだけだった。
レリーフに刻まれた文字は、古代エジプトで使われているような象形文字だ。その文字の中に、虫鯨の文字が何度も刻まれていた。そして、レリーフの一番上には、こう刻まれてあった。
『世界が破滅に向う時、神は異世界から聖なる魂を連れて来る。魂が宿りし身体には、蒼き魔石宿る。神獣をも従わせる力に、皆平伏す。その者、月を纏った双眸をし、金の髪を靡かせ空から舞い降りる。蒼、深紅、緑の魔石を『魔剣』に..』
此処で、レリーフが欠けていて読めなかった。魔剣.....。
魔王出現の記述も刻まれていた。
ラグーニの人形使い。
魔族の中に確かに、人形使いに長けていた者が居たが、あの様な者達が王宮や王都に入れるわけがなかろう。ならば一体何故今頃になって....。
ガゾロが、真剣な眼差しでレリーフに刻まれた文字を解読していると、ドイルがレリーフの両脇に埋められていた石を取り出すと、ガゾロの大きな皺だらけの手をとり、その上に乗せた。
「ドイルどの..。これは...」
「藤の花が、あなたにこれを渡す様に言ってました。魔剣の君がこれを必要としているそうです」
「すまぬ」
「いいえ。ここからの出口は、藤の樹の穴に入って下さい。全ては藤の樹が教えてくれます」
ガゾロとアクアは、ドイルに言われた通り、巨大な藤の樹に開いていた穴を見つけると、2人は藤の蔓に誘われる様に、樹の穴の中に入って行った。
中は空洞で広くて暗い。反対側から光が差し込んで来たから、それを目指して2人は歩いて行った。
暗い穴から出て来た2人は、目の前の景色に驚いていていた。
此処は、既に西の国ドルバー公国の外れにある藤の樹だった。どうやら、トロルの森にある藤の樹とこのドルバー公国にある藤の樹は、どうやら同じ樹らしい。藤の樹を通して二つの場所を行き来しやすくなっているようだ。
そう言えば、ドルバー公国の何代か前の王は、ヴァールの一番弟子だったと、ヴァールから聞いた事があった。
そんな事を考えながら、ガゾロは藤の樹の穴から出て来ると、背伸びをした。2人の目の前には、トロルの森に置いて来たトゥダが二頭いて、ガゾロとアクアの2人を待っていた。