蒼い魔石 (改)
此処は、サシュルート王国の辺境にある緑豊かな木々に囲まれた男爵家。
ジャンヌの成長を目を細めて見ている自分の両親達。
彼らは、ジャンヌが転生前の記憶を持っている事を知らない。
母親ジャックリーン、輝く金髪が巻き毛でしかも縦ロールにキッチリと巻かれている。その所為か髪が縺れやすくブラシで髪を梳かれる度に、鳴きそうになる。
幼い頃、一緒にプールで母親と遊んだ時に、髪の毛が水に濡れて真直ぐになった事があった。
ジャンヌの髪もジャックリーン譲りの金髪に天然縦ロールが入っている。
母親のジャックリーンの肌は白くきめ細やかでまるで陶磁器の様な肌をしている。
瞳は、薄い藤色がとても綺麗だ。
ジャンヌはいつも母親の事を「母様」と呼んでいる。
「おはよう。母様」
ジャックリーンは、体が弱く夫と結婚して10年目にようやく念願の娘に恵まれたのだ。
今朝はジャックリーンの体の具合が良いのか、日当りの良いテラスで朝の紅茶を飲んでいる。
ジャンヌの父親は、同じ貴族でも男爵と言う立場だと言う事だった。
彼の名は、ベンジャミンと言う、父親の親しい人達からは、ベンと呼ばれている。
父親は、音楽に精通していて、ジャックリーンにピアノと声楽を教えてくれた。
決して裕福とは言えないが、そこそこの生活が出来てジャンヌはとても幸せだった。
ジャンヌが6才の時、庭でとても珍しい光る石を見つけたのだ。
蒼く光る石は、どうやら自分だけにしか見えていないらしい。ずっとそこにあったのに、誰も気がつかないのだ。ジャンヌがこの光る石に気がついたのは、ヨチヨチ歩きの赤ちゃんの頃だった。
キラキラと光り輝く石に目を見晴らせた。
その時、ジャンヌの中の大ジージは、直感で思ったのだった。
(この石は、今 ワシが触ってしまうと飛んでもない事に巻き込まれてしまうかも知れん。もう少し様子を見て置こう。)
それもその筈、その時にワシの乳母としていたマギーや母親に父親達には、この石が見えてなかったのだ。幾らワシが可愛い声で「ピカピカ!マブチー!」と何度連呼しても、彼らは「ジャンヌにはお日様がまだ眩し過ぎたんだね。それなら、中に入ろう。」そう言われて、ワシは自分の魔力がもしかしたらこの世界の両親達よりも遥か上なのでは...と思ったのだった。
それから5年もの間、雨の日も、風の日も、そして雪の日も、茹だるような夏の暑い日にも、ワシはいつも、あの庭の片隅に放っておかれていた石を見ておった。
あの石は、誰にも気付かれる事無くただ、其処に居たのだ。ジャンヌがその石がある方向に目をやると、石は途端に輝き出していた。
早く拾ってくれと。
その石は、この異世界では魔石と呼ばれて居て、魔力が強い者はこの世に生を受けた時から、魔石を手に握って出て来る子も居ると言う。
ジャンヌが学校と呼ばれる所へ通う様になってから、気付き始めたことは、地方の学校で学べる子供達は、皆 公爵や子爵、伯爵家の者ばかりであった。
石は、青に近ければ近い程、魔力が高いのだと学校で教えてもらった。
ジャンヌが持っている魔石は、蒼く光り輝いていた。
この時までは、自分が拾ってしまったこの石が、ジャンヌの人生をどれだけ変えてしまう事になろうとは、ジャンヌ自身 知る由もなかった。
時は流れ、ジャンヌが15才になったばかりの時だった。薬師としての腕も上がり、病弱だった母親のジャックリーンも、ジャンヌが調合してくれる薬のお陰で、とても元気になって来た。ジャックリーン譲りの薬師としての能力をフルに活かす為に、今日も森へ行って薬草や晩ご飯の山菜を取りに行く事が、ジャンヌの日課となって行った。
男爵家の領地にある森でいつもの様に、山菜を摘んでいたジャンヌは森の奥で何かが自分を呼んでいる事に気がついた。
森の奥は、もう男爵家の領地ではなく、王家の領地となっている。
だが、この時ジャンヌは思春期の好奇心と言う物に勝てず、森の奥へと突き進んで行った。
ジャンヌが草や木々の枝を掻き分けて森の奥地へと進む度に、森の動物達はジャンヌの事を見て皆、頭を垂れるのだった。
一体何が起こっているのだろうか?ジャンヌの目には、光り輝く物体が見えていた。
草原に踞っていたのは、一人の若者だった。年は恐らくジャンヌよりも年上なのだろう。
篭を地面に置いたジャンヌは、彼に近づくと脈を測ったりしていた。若者の顔色は青白く、呼吸も浅い。このままでは意識も無くなってしまうのではと判断したジャンヌは、彼の体に外傷がないかを調べ始めた。
若者の左太腿の外側と右肩には、矢で狙われたのか、矢傷の後があった。
「馬にでも乗っていたんだろうな。でなきゃ、矢傷がやや斜め上に入ることなどないしな...」
自分の周りにいた動物達にジャンヌは、薬草を採って来てくれる様に頼んだ。
その間に、ジャンヌは矢で出来た傷を見て、顔を顰めた。傷口が、少し黒ずんで来ている。しかもグランデーション状に黒ずむと言うのは、あれしかない。
「これは、鎖蛇の毒....。このままだと、彼は死んでしまうかも知れない.....」
鎖蛇の毒は、体内に毒が残らないと言う事で知られ、昔は毒殺で使われていたが、その鎖蛇自体が、乱獲されつくされて、今では滅多に見ぬ蛇となったのである。それゆえ、その鎖蛇に噛まれた場合、解毒薬が無いのである。ただ噛まれた者は、5時間から8時間の間、噛まれた傷が段々と黒ずんで行けば行く程、毒が体に回って行くのだ。それはひたすら死への恐怖を感じながら死んで行くのだ。
ポツリと気弱な事を言ってしまったジャンヌは、頭を振った。
毒の副作用で脂汗が滲んで、多少脱水症状を起こしているようだった。ジャンヌは、若者の口元に羊の革袋を持って行ったが、若者の意識は朦朧としていて飲めないようだ。
ジャンヌは、水を一口含むと若者の口に口移しで飲ませた。
傷を見てみれば、この若者が襲われてから半時も経っていない。
すぐに、足と肩の傷口から毒を吸い出すと、血と一緒に吐いた。それを何度もやって、ジャンヌは持っていた消毒用の塗り薬を傷口に塗り込んだ。
ジャンヌ自身、母親のジャックリーンや乳母のマギー達から魔術を教えてもらった事があった。
その魔術は、薬草を使った薬を作る術だった。
ジャンヌが作る薬は、とても良質で傷が早く癒えると褒めてもらった。
自分の領地に住んでいる人達が困った時に安くで分ける様にと父であるベンジャミンから言われていたのだった。
「良いか。ジャンヌよ、人と言うのは、タダと言う言葉に弱いが、タダと言うのは本当は高い買物をする事になるのだ。だから、例えお前の良心が傷むと思っても、人がその薬を売ってくれと言った場合はその人の負担にならない額で売りなさい。それが、彼らの為になるのだ」
ジャンヌは、父の言葉に従って領地に住んでいる人達に薬を売る時は、彼らに負担がかからない額で売る事にした。お金がない物には、その者だけが知っている珍しい話を聞かせてもらったりしていたのだ。
ジャンヌは、いつもの様に腰に着けていた羊の革袋を取り出すと、大きな石の上に動物達に取って来てもらった薬草を散らして置いた。その上から羊の革袋に入った水を一滴垂らすと「シェスラードの天使の名に置いて..」そういつもの呪文を唱えると塗り薬と飲み薬が出来上がった。
ジャンヌは、若者の側に行くと、傷口に塗り薬を塗り込み、そして口移しで薬を飲ませた。
今まで、鎖蛇の毒を解毒させるのに必死だったジャンヌは、改めて目の前の若者の顔をじっと見つめた。月のような白銀の流れる長い髪、今は固く閉じられている瞼は、どんな瞳の色を隠しているのかしら...。白磁の様なきめ細やかな白い肌。
「一体...この人は、何者なのかしら...?」
若者が目を覚ます前にジャンヌは、そっと若者から離れると森の入り口へと戻って行った。若者は少しだけ意識を回復させていた。ジャンヌが自分を介抱してくれているのを知り、それをじっと見ていた。男は、おや?と目を凝らすとジャンヌの体から、溢れんばかりの蒼い石の光が出ていた。揺れる金の巻き髪は、まるで絵画に描かれていた天使の絵のようだ。こちらを振り向いたジャンヌの瞳を見た若者は、薄れいく意識の中でその瞳の色を忘れまいしていた。
「あれは蒼の石の光...そんな石を持つ者がこの国に居たのか....揺れる金の巻き髪に、銀の双眸...」
ジャンヌが彼を介抱している時に、茂みの向こうから誰かがこちらへやって来る音が聞こえて来た。傷を治していたジャンヌの周りに黒い影が下りて来た。ふとジャンヌが上を見るとまるで入道雲かと思うような男が、自分の目の前に居た。その人はジャンヌに一度剣を向けていたが、ジャンヌが逃げる事もせずに、ただ目の前の怪我人の手当をしている。
「お前は、何者だ?」
「ただの薬師です。名乗る程の者ではない。これで良しと」
「毒?若様が毒を盛られたのか?」
「矢ですよ。鎖蛇の毒でしたが、そうそう手に入る代物ではありませんからね。そうね、東の果てにあるクーダンと言う所でしたら、まだクサリヘビの生息は確認されていますが。.....では、失礼します。家の者が心配しておりますので。」
「名を教えては貰えないだろうか?」
「名乗る程の者では、ございませんから。特別にこちらの薬を差し上げましょう。この人にこの粉薬を一日3回飲ませてあげて下さい。それを6日続ければ、体の中に入っていた毒は、全て体外に出されますから、もう心配はないでしょう。では失礼します」
粉薬を手際良く瓶に入れたジャンヌは、小さじも瓶に入れると男に渡した。見た所、2人とも良い所の出身なのだろう。着ている布地もこの辺ではあまり見かけない物だ。
ジャンヌは、さっさと王家の森から出ると、男爵家の領地へと戻った。まさかこの出来事が後のジャンヌの運命を変えてしまう事になるとは思いもしなかった。
ジャンヌはまだ社交界デビューをした事は無い。
貧乏男爵家に取って社交界デビューと言うのは、金がかかる物以外何も無い。
それよりも、いかに自分の領地を豊かに平和に治める事が出来るのかが、一番大事だと父様がいつもジャンヌに教えてくれていた。
大ジージも、心の中で大きく頷いた。
(この父親、そして母親は若いのに、よく物事の道理を分かっておる。感心じゃわい)
しかし、今年は何故かジャンヌ達までもが、この社交界に呼ばれているのだった。
変な胸騒ぎがしてならないジャンヌ達。
王家の馬車がトスポートル男爵家に迎えに着いた。
ジャンヌは、ぎこちない笑みを浮かべながらもそっと馬車に乗り込んだ。
これから、一体どんな事が待っているのだろうか....。一部の期待と半分以上の後悔を噛み締めながら馬車の窓から見える領地を眺めていた。
誤字を直させて頂きました。
言い回しがおかしかった所を直させて頂きました。