女神の予言
「歴史は繰り返される」
そう言っていた。
ディートリッヒは、まだ水面の上に横になって浮いているジャンヌを見つめていた。
「女神に会ったのか....」
ディートリッヒが女神に会ったのは、彼がまだ6才の少年だったあの夏だった。周りの木々が、生温い夏風に枝を踊らせる様に揺らしていた。幹には赤い目をした蝉達が停まり、一斉にミンミンと大合唱している。空を見れば、ムクムクと遥か彼方の地上から沸き出したかの様に見える入道雲は、風に押されて形を変化させて行く。
小さな王子は、自分の腹心であるアルフレッドに連れられて、この赤く不気味な泉にやって来た。性格に言えば、連れて来られたのだ。しかも無理矢理にだ。この世界で幻の泉の事を知らないものはいない。
彼らが恐れるのは、泉よりも泉に住んでいる女神だった。
女神は子供の様に気まぐれで、彼女はやってくる者達に対し、自分が気に入ったら予言をしてやっていた。
もし彼女が彼らを気に入らなかったら、泉の底へ引きずり込むのである。
最初、ディートリッヒは驚き泣きわめいた。無理も無い。まだ子供だったのだから。
無理矢理、アルフレッドに泉の中心へ移動魔術によって移動させられたのだ。
肩を震わせて泣いていたディートリッヒの周りに霧が立ちこめると、その霧は段々と人の形になると可愛らしい少女が出て来た。
その少女は、ディートリッヒを一目見ると指を指して言った。
『面白い事をしたものだな』
確かにそう言った。女神は予言をくれずに只、その一言を発して泉の中へ消えて行った。
一体どんな意味があるのだ?
一昔前の回想に頭を振ると目の前にまだ横たわっているジャンヌを見ていた。
『二つの力が一つに成る時に真実が見えて来ると』
ジャンヌの口から女神の言葉が出て来ていた。一体どう言う事なのだ、それに歴史が繰り返されるとは...まさか、考えたく無い最悪な事態が頭の中を駆け巡る。
こうなったら、移動魔術でこのままジャンヌを連れて王宮に帰るしか無い。そう思ったディートリッヒは、移動魔術でジャンヌを王宮に転送させた。
まだ浮力魔術を使っているジャンヌは、寝台の上に寝かされていても、ずっと身体が浮いている。
それを見て心配した様に雪豹が、ジャンヌの側で見ていた。今日は、このまま青の宮殿に停まらせる事にするか、そう決めたディートリッヒは直ぐに使いのものを別邸に寄越した。