異変⑤ 魔王の目覚めー前兆 (改)
「ガゾロ…信じられないが、魔王はすでに目覚めている。魔王に取り憑かれた人物は...恐らくもう、此処には居るまい。」
魔王に取り憑かれた? ガゾロの眉間に皺が深くなった。古代では、フレデレリック王が魔王に取り憑かれていたが...。今度は、魔王は誰に取り憑いたのだ? 此処には、王宮関係者など住んでいないのに、何故 魔王はこの街を選んだのだ?
「ガゾロ...魔王を召還した人物は、お前が欲知っている人物だ。それもこの街の出身の者だ。あの者を早く捕えて魔剣でとどめを刺してくれ。例え、それが女や子供であってもだ…うわぁああ」
ガゾロの鋭い眼光は、親友の最後を見定める為にもう一度、床で仄かに漂う様に光っているガンマの画像を苦しい表情で見つめた。虫鯨の大群が引いたガンマの身体殻は、所々に皮が食い千切られているのが目視でもハッキリ分かる。
彼は、今気力だけで何とか立っているのが分かる。これでもし、また床に膝を付いてしまえば、虫鯨の攻撃はもう避ける事は出来まい。
「何故こんな大事になってしまったのだ...どうしてあの時にこの事をもう少し早く儂に教えてくれなかったのだ!ガンマ!!」
黒い波が周りから押し寄せる様に、ガンマの足元に吸い寄せられた。そこからカサカサと音を立てながら這い上がって行く虫鯨の黒い波は、今度こそガンマの身体全体を覆い尽くした。
ガゾロは、息もするのを忘れる程食い入る様に、魔法陣に映し出されるガンマの画像を見つめていた。
ガンマの断末魔が響き渡った。ガンマが着ていた服だけが揺れる様に床に舞い落ちた。ガンマの身体を食い尽くした虫鯨は、灰と化して床に白い粉の山を積もらせていた。
崩れる様に両手と両膝を床に着いたガゾロは、今は亡き友.....ガンマの壮絶な最後に涙した。
本来ならば、魔術師協会に出席する筈だった親友…ガンマとの連絡が取れない事に胸騒ぎを覚え、この北の街に来たのだが…。最後に彼と会話した時に、奇妙な事を言い出していたから、気になっていたのだ。
「ガゾロ...歴史は繰り返されるとよく物語で言うが、実際にそれが起こる事になったら、お前はどうする? 」
「歴史?どうしてそんな事を言うんだガンマ?」
「まあいい。運命の歯車は既に回ってしまったのだ。もう、誰にもそれを止める事など出来ないのだ...。ガゾロ、もし私に何かあれば北の果てに来て欲しい。自分の足で来てくれ。決して移動魔術は使わないでくれ」
「何を言っているんだ?」
怪訝そうな表情で水晶玉を見つめるガゾロは、彼の言っている意味が一体何を示しているのかをまだ把握していなかった。
「何だか分からんが、とにかく旅に出ろと言うのか。まあ、良かろう。半年後の魔術師協会の時にでもトゥダに乗って、お主に会いに行くとする」
それを聞いたガンマはフッと柔らかく微笑んだ。
「ああ。待っているよ。間に合ってくれたらな...」
「全く、この老いぼれに長旅をさせるとは、酷い親友だ」
「スマンな。ガゾロ。これも世界の為だ」
これが水晶玉で彼との最後の会話だった。
その時は、一体ガンマが何を示唆して言っているのか、まだガゾロには分からなかった。どうして彼が移動魔術を使わずにトゥダで来る様に仕向けたのか、この場所に来て漸く分かった。
この世界の古代書物にも度々出ているのが、虫鯨だ。彼らは、魔王が目覚める時に必ず地の底から這い出て来る。コイツらは魔王が何処から出て来るのかを知っているのか、いつも魔王が現れると言われる場所から這い出て来る。
元々虫鯨は、無害な昆虫だ。だが、誰かに踏みつけられたりすると威嚇する様に羽音を立てて、仲間を呼び集める。だから最初が肝心なのだ。ガンマは、この街の貴族の子供が地上に這い出て来た一匹の虫鯨を見つけて踏みつぶしてしまった事から始まったと言っていた。虫鯨は、神虫とも言われるが、扱われ方に寄っては魔虫にもなる。
最初は、イナゴの様に作物を全て食べ尽くす虫鯨は、食べる物が無くなると、今度は家畜へと目標を変えて行く、それも無くなると遂には、人にまで及んで来るのだ。
もし、貴族の子供がその虫鯨を踏まなければ、ここはもっと栄えていた筈なのだ。虫鯨を殺せばその代償として、その国や村、街が消えるそれが、この世界の暗黙の掟なのだ。
溜息をついたガゾロは、トゥダに股がるとこの廃墟と化した街を離れた。
「急がねば…ジャンヌ様にこの事を知らせねば…。決して虫鯨を殺すなかれとお伝えせねば…そして、探さねばならぬ!一体誰が朱色の虫鯨を踏みつぶしたのかと言う事を...」
ガゾロのトゥダが砂煙を上げながら、王都へと向う。
移動魔術を使えば簡単なのだろうが、虫鯨が居る場所ーいや....虫鯨に襲われた場所で行うのは、第二、第三の虫鯨の死骸に寄る被害が拡大するからだ。ならば、古と同じ方法で行くしかあるまい。
「ジャンヌ様.....!どうか、この老いぼれに力をお貸し下され!」
土煙を上げてガゾロを乗せたトゥダが走り去って行く。ジャンヌ達が住む王宮へ。