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魔剣の君  作者: Blood orange
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異変④ 虫鯨の大群(改)

彼は咳払いを何度かすると、呪文を唱え始めた。

 床の上に丸い魔法陣がポゥと青白く浮き出て来る。その魔法陣の中心に浮かんで来るのは、背格好も老人である自分と同じ位の初老の男であった。


「ガゾロか…もし、これを見ていたら、早く王宮に帰るのだ。魔王が目覚めたのだ」


「ガンマ….」


ガゾロは、懐かしの級友であったガンマの映像を見ていた。たまに背景が乱れている所があるが、ガンマは魔王が目覚めたと言って来た。その一言を聞いたガゾロは、目を見張った。 


「魔王は退治されたんじゃなかったのか?」


 ガンマの画像は、哀しそうに首を横に振っている。そんなガンマの背後には、空を黒く埋め尽くすような虫鯨の大群が。

ガンマが何故あんなにもフレデレリック王の時代にあった古文書を狂った様に調べ始めたのかが、漸く分かったガゾロは、「どうして、あの時儂に言ってくれなかったのか....」そう哀しそうに呟いていた。


遺跡の中から漸く見つけた一冊の本には、呪われた国の事が書いてあった。それを手に取った時にガンマはある事に気がついたのだろう。その為に..。ガゾロは杖を握りしめた。

 その光景は遥か昔、あのフレデレリック王が治めていた時代と同じ現象が始まるのか?

魔王が現れる何年も前に、いきなり湧いて出て来た様に一匹の虫鯨が出て来た。

その虫鯨は、朱色の羽を付けた珍しいカマキリのような虫だった。それを物珍しそうに捕まえた第一王女のカリーは、掌にその虫鯨を乗せると微笑んでいた。 カリーの負の気配を読み取った虫鯨は、カリーの指に噛み付くと今にも飛び立つ所だった。


「痛!この虫の分際で生意気な!こうしてやるわ!」

そう言うと、カリーは、今にも飛び立ちそうだった虫鯨の羽を引きちぎると地面に叩き付けて、踏みつぶしてしまった。

息も絶え絶えになった朱色の虫鯨は、弱々しく羽を震えさせた。これがそもそもの始まりだった。

踏みつぶされた虫鯨を見つけたクリシャーナは、姉のカリーを見て叫んだ。


「お姉様。何と言う事をされたんですか!」


カリーに取っては、たとえ幸運を運ぶと言われている虫鯨も、ゴミ同然の扱いである。


「私に噛み付いたから成敗してやったのよ」


クリシャーナは、父親のフレデレリック王に、この事を告げるが、この時にはもう彼の中に魔王が入り込んでいた後だった。空一面を覆い尽くすような虫鯨の大群は豊作だった作物を1月も経たずに、全て食べ尽くしてしまった。

ガンマは、古い古文書を開くと涙ながらに、その文章を一つ一つ読んで行く。



「ガゾロ...フレデレリック王の時代と全く同じ事が起ころうとしているんだ。魔王が目覚める時に起こる兆候が、出て来たんだ。これを見てくれ『虫鯨だ』初めは、一匹飛んで来たんだ。それを貴族の子供が踏んでしまった...」


 映像の中のガンマの手の上にあるのは、虫鯨だった。

青い顔をして虫鯨を見つめるガゾロは、ガンマを見つめていた。

この虫鯨は、最初に出て来るのは守護を司る虫だ。

しかし、その虫が邪見にされたり、ましてや理不尽にも踏み潰されたりした時は、何千何万と言う虫鯨の大群が押し寄せて来る。だが、残念な事にその事を詳しく知る者は、あまり居ない。


「私は、ここから離れる事は出来ない。だが、ここがどのように朽ちて行くのか、そして人々がどのように消えて行くのかを親友である君に伝える使命がある。だから、私は此処を出ない。分かってくれ」


画像は、次第に外の状況を見せている。初めは一匹の虫鯨がこの村に来た事から始まったとガンマは言っていた。


「ガゾロ…信じられないが、魔王はすでに目覚めている。それもこの街の出身の者だ。あの者を早く捕えて魔剣でとどめを刺してくれ。例え、それが女や子供であってもだ…うわぁああ!!!!」


 次の瞬間、画像の中のガンマの体は虫鯨に埋め尽くされ、黒い虫鯨がガンマの体の上を覆う様に犇めいている。次第に小刻みに動いていたガンマの皺だらけの手が、大きく弧を描く様に一度動くと虫鯨の大群がガンマの身体から、一度はザァーっと音を立てて一斉に引いて行った。


「もう....よい。ガンマ....わかったから....もう、よい....」


ガゾロの鋭い眼光は、親友の最後を見定める為にもう一度、床で仄かに漂う様に光っているガンマの画像を苦しい表情で見つめた。虫鯨の大群が引いたガンマの身体殻は、所々に皮が食い千切られているのが目視でもハッキリ分かる。

彼は、今気力だけで何とか立っているのが分かる。これでもし、また床に膝を付いてしまえば、虫鯨の攻撃はもう避ける事は出来まい。


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