異変③ 廃墟の街
老人は、貴族が住んでいたと思われる小高い丘にある石垣までトゥダに乗って行った。三本の大きな爪を持つトゥダは、階段の名残と思われる石段を三段飛ばしで、ヒョイヒョイと上がって行く。
石段を上り切った後、そこに広がるのは一面灰色の世界だった。所々に辛うじて建っている壁が残っているのが分かる。あちらこちらに転がっているのは、もう既に動かなくなった魔導師の騎士達の鎧と衣服が灰と化した砂に半分埋もれていた。
「何て事だ...」
この街に住んでいた魔導師達は、ガゾロやガンマの愛弟子達であった。ガゾロは、彼らが着衣していたであろう魔導師の礼服をそっと砂塵の中から取り出した。魔導師の礼服には、それぞれ自分達の名を示す刻印が入っている。
それは、決して誰にでも読める物ではなく魔導師として教育を受けた者だけが、授かる能力の一つである。
普通の人間にとってその刻印は、宝石の周りに付いた模様の様にみえるだけなのだ。赤い魔石の周りに刻まれているのは、この老人の愛弟子の名前だった。(シャロン...。お前までやられてしまったのか....)
彼の瞳は鋭い眼光で、周りの状況を確かめていた。ガゾロは、怒りよりもこの悲しみを作り出した張本人を探し出す事を考えていた。
サクサクと小気味良い音を立てながら、建物だったと思われる所へ入ってくガゾロ。
彼が一歩踏み出す度に、足下で舞う砂塵は彼の肩や背中に優しく付いて行く。空を見上げたガゾロは、天からも粉雪の様に灰が待って来ているのを知ると、肩や背中に付いていた灰をそっと魔法で払うと、またゆっくりと前へ進んで行った。
漸く大広間と思われる広い部屋に入ると、ガゾロは嘗ては贅沢な分厚い絨毯で覆われていた床の土埃を払うと、手袋を嵌めた手で亜空間の中から分厚い本を取り出した。 そして本をゆっくりと開く。其処には、嘗てこの貴族の城で栄えていた事を示す絵が飛び出して来た。その絵の中の人物達は、魂を持っているかの様に動き出した。
緑豊かな街ー北の果ての土地は、魔導師を育成する為には格好の場所であった。
商業も産業も盛んで、街はとても潤っていた。戦争も略奪も内乱も何もない平和を絵に描いたような街だった。ガゾロは、去年の夏には、此処に来て自分の愛弟子達の成長を確かめる様に、講義や特別授業をやっていた。今でも目を瞑ればあの光景が昨日の様に見えて来る。さっき建物の近くで見つけた魔導師の礼服の持ち主だったシャロン。
シャロンは、ガンマの娘アリーシャと一昨年結婚したばかりで、今年の夏にも子供が産まれると喜んでいたシャロン...。
何と惨い事だ。
ガゾロは、俯くとシャロンの手袋を握りしめ、肩を震わせた。シルベスターと言い、シャロンと言い、自分の息子達はどうして親の私よりも先に旅立ってしまったのだろうか...。
絵の中の人達は生き生きと動き回っている。次のページを捲ると其処から6ページ程破られていたのだ。恐らく、故意に誰かが破ってしまったのだろう。
ガゾロは、眉間に皺を寄せると、皺の中から鋭く光る蒼い双眸を凝らした。