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魔剣の君  作者: Blood orange
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夢の中へ④

母親は、カリーとクリシャーナの手を取り弱々しい声で、娘2人に諭していた。


「あなた達の父様は欲深い方です。決してあなた達2人を手放さないでしょう。もしも、あなた達に心から好きな男性が現れたら、その方と一緒にこの城から逃げるのです」


カリーはそれを聞いても、肩をすくめて母親を見ているだけだった。


「お父様には誰も敵わないのですよ。例え、大天使シェスラードが戦いに挑んで来ても、お父様の狡賢い戦い方には赤子の手を捻るような物です。お母様もその様な戯れ言は言わずに、諦めた方がよろしくてよ」


カリーは言いたい事だけ口にすると皇太后の寝室から出て行った。

クリシャーナは、カリーが部屋から出て行った後、母親に縋り付くと大きな銀の瞳を潤ませないて居た。

 小さな剣をクリシャーナに手渡した母親は、自分の魔力の全てをクリシャーナに注いだ。薄れ行く意識の中で、母親は微笑みながら旅立った。


「逃げなさい。クリシャーナ。あなたは何があっても逃げるのです。今度こそ殺されてしまいます。カリーは、魔王と契約を結んだんです。だからクリシャーナ、あなたは早く逃げなさい….遠くへ」


それが母親の最後の言葉だった。


 勇者がこの大国に押し寄せる度に、王の機嫌は其処ぶる良かった。

魔王の勢力がこの世界の平和を脅かしいた頃、父王は世界中の勇者達に魔王討伐をすれば何でも好きな物を渡すと言い出した。でも、多くの勇者達がこの城を出て行ったきり、帰って来た者を見た住人は誰も居ない。恐らくクリシャーナの母親であるサラティーナは、知っていたのだろう。何故魔王の力が急に巨大になったのかを。


 そんな時に、旅の勇者がフラリとこの王の城へとやって来た。その勇者の醜い顔に王やカリーは眉を顰めていたが、クリシャーナだけは笑顔で迎えていた。鼻は低く目は腫れぼったく小さい上に、顔中にできものの痕が残っているこの男には、何やら底知れぬ神性なる力を感じた。

クリシャーナは他の勇者とは全く違う彼の態度にとても好感を持った。今までの勇者達は姿形ばかり気にし過ぎていて、馬に乗る時でさえも汚れない様にお上品に乗っていたのだ。

カリーは、そんな勇者達を魔王が住むと言われる魔の谷まで連れて行く。カリー自身、勇者が来る度に、顔が整って来ていた。


「ジェスと申します」


ジェスが魔王討伐に行く朝、城の南門でクリシャーナはジェスに全てを告白した。

自分が男である事も、そして今までの勇者達が帰って来なかったのは、魔王の魔力の糧として食われてしまったからだと。それを手伝っていたのは、自分の姉であるカリーだと言う事を。


「このまま逃げて下さい!あなたも他の勇者達と同じ様に殺されてしまいます。」


「私は、あなたを自由にするためになら戦います。」


其処まで言って来るジェスに、クリシャーナは勇者に母親の形見である小さな剣をジェスに渡すと、ジェスは優しく微笑んでそれを受け取った。

魔王討伐から帰って来た時、クリシャーナは涙を流しながら、彼を労った。


「お怪我はございませんでしたか?」


ジェスに心を惹かれていたクリシャーナは、何度もジェスに言う。


「どうか、私と一緒にこの城から逃げて下さい。父は、欲深い方です。」


咳をしている父王が、すんなりと自分とジェスとの婚儀を許した時は、天にも昇る気持ちだったが、クリシャーナは、その夜 塔に幽閉されると自分の身を恨んだ。ようやくクリシャーナが出された時には、彼が龍の持つ水晶玉を取りに行けば自分との結婚を許すとの事だった。クリシャーナは、ジェスに「父は私を決して手放さない。だから、もう行かないで下さい。私は、あなたを失いたく無い」と涙ながらに引き止めるが、ジェスは彼女

クリシャーナ

と結ばれる事を夢見て旅立った。

画像の場面は変わり、勇者であるジェスが城に帰って来た所を写し始めた。


 そこには、倒した筈の魔王が玉座に座っていた。 人の闇を吸い取るような黒く大きな目が大きく見開く。 右の腕が刀でざっくりと切られたのだろう。魔王の肘から下が無かった。大きく開かれた口からは、黒い小さな霧が出て来る。その霧は、ジェスの体に巻き付くとカマイタチのように、彼の体を切り刻んで行った。黒い霧がさっと消えた後には、ボロボロのジェスの体が血まみれになって大広間の床に転がっていた。それを見たクリシャーナは、両手で口を覆うと嗚咽し、彼の亡骸に縋り付いて泣いていた。

ジェスの体から出て来た大天使シェスラードは、眉間に皺を寄せ怒りをあらわにすると、魔王の前に立った。

クリシャーナは、自分の短剣を床から拾うと呪文を唱え始めた。

眩い閃光を放った彼女の体から、三色の魔石が出て来ると剣に自分の命の命でもある魔石の力を注ぐと小さな短剣は魔王封じの魔剣へと姿を変えた。

魔王と化したフレデレリック王の前には、クリシャーナが魔剣を構えると、空気が切れた。切れた空気の欠片がダイアモンドダストとなって、魔王が持っていた水晶玉を破壊した。

「母様とジェスの仇!」

クリシャーナは、魔王の胸に飛びかかると魔剣を振り下ろした。魔剣に寄って斬られた所から、どす黒い霧と今まで魔王が吸って来た勇者達の魂が黒の塊となって、ボトリボトリと音を立てる様に、床に落ちて来る。


「史実では、大天使シェスラードが魔王を倒し、クリシャーナ王女があなたを助ける為に自害したと出ていた…」


魔王の体から黒い塊が全て出て行ってしまった後、白骨化したフレデレリック王の遺体が大広間の真ん中で倒れていた。

魔剣に自分の命の全てを注いだクリシャーナの手が少しずつ薄れて行く。それは、彼女の魂が魔剣を作る為に吸い取られたのだ。大天使シェスラードの前で徐々に霞んで行く彼女の体は、次第に霧となって消えて行った。

床に転がっていた魔剣から、三つの石が飛び出すと空の彼方へと飛んで行った。

シェスラードが剣に近づくと、それはただの短剣に戻っていた。

「こ、こんな事があったのか…」


この荒涼とした大地の彼方から悲鳴に似た叫びが聞こえて来る。

「魔剣の記憶が蘇っているのだよ。ジャンヌは生きる魔剣。魔王と戦った時に魔剣が受けた傷ーそれが彼女の悪夢となって出て来ているのだろう。あの様に」

シェスラードが指差す先には、魔剣の中にジャンヌが入っていた。

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