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魔剣の君  作者: Blood orange
21/65

孤独の闇〜 ジャンヌ 後編

侍女達が寝室への扉を開けると、其処にはアウグストがジャンヌを待っていた。

どうやら、朝食はこの部屋で食べるらしい。リコの実が入ったパンにサブラーと言う果実のジャムを塗って食べる。リコの実は木の実でとても栄養価が高く、腹持ちも良い。フルーツサラダを食べているとジャンヌは、目の前にいるアウグストの顔を見て、思わず目を逸らしていた。


「どうしたんだ? ジャンヌ? 大人しいな」


「……さい」


「ん?」


「さっきは、酷い事を言ってごめんなさい…。皆から聞いたの。昨日の夜、私が夢に魘されていて、アウグスト様を離さなかったんだって。それに、私に精気を送り込む為にやってくれた事も…..聞いたわ。 あ、ありがとう。」


お腹もいっぱいになり、食べ残してしまった物をジャンヌは綺麗にナプキンで包んでいると、侍女の一人が篭を持って来てくれた。

そこにサンドウィッチにして置けば、また腹が減った時に食べれると思っていたジャンヌだった。

そんなジャンヌを見て、アウグストは『今日は馬を使って遠乗りに出かけよう。ジャンヌ。魔法は明日まで禁止だ。」


「う…」


ジャンヌだって、魔法禁止の理由位分かっているが、週末の二日間を魔法無しで過ごせとは、酷い…..。そう思っていた。


昼前にサンドウィッチとシャギー酒が入ったボトルを入れて2人は、離宮を出ると既に馬が二頭用意してあった。


「ジャンヌ。馬には乗れるのかい?」


「いいえ。まだ乗った事は無いですが….多分乗れると思います」

 

男爵家に居た頃、馬に乗りたいと何度か母親と口論になったのだが、母親は頑としてジャンヌに乗馬を教える事はしなかった。母親のジャックリーンは、もしジャンヌが乗馬を嗜めば、もっと遠い所まで行ってしまうのは眼に見えて明かだと思ったからこそ、敢えてジャンヌには乗馬を教えなかったのだ。

怖々と馬に近づくジャンヌだったが、頭の中に声が聞こえて来た。


『あんたが怖がっていてどうすんのさ。銀の双眸を持つお嬢さん。いつか、魔王を倒しに行くんだろ?そのためにも私の背に乗りな。』


じっとジャンヌの瞳を見ている馬の瞳は大きくそして、優しく光った。馬はジャンヌに軽くお辞儀をして来た。

ジャンヌは、あの声の持ち主はこの馬だったんだと分かると、銀の瞳を細めてにっこり笑った。

馬は、早く乗れと言わんばかりに頭を動かしている。しかし、馬の背は高くどんなにジャンヌが足を上げても乗れる訳が無い。

しょげそうになったジャンヌは、自分の体が宙に浮くのを感じた。


「うわぁあ!!」


「何て声を出すんですか...あなたらしいと言ったらそうですけどね」


苦笑したアウグストがジャンヌの腰を持ち上げると、鞍の上に乗せてくれた。

ジャンヌ自身、魔術で空を飛んだ事はないので、普段よりも高い所から見る景色は、とても新鮮に思える。

丈の短いドレスと言う事もあって、股がるのではなく横座りで馬に乗っていたので、馬の方も比較的ゆっくりと歩み始めた。

途中、腰とお尻が痛くなったジャンヌは、馬の耳に囁く様に言う。


「ねえ。ドレスを脱ぎたいから止まってくれる?」


『は?面白いお嬢さんだ。良いだろう』


馬が止まると、ジャンヌは馬の背から下りようとしたが、足を挫いていた事を忘れていた。そこで、アウグストを呼んで下ろしてもらうと、ドレスを脱いで、ペチコート姿になると「アウグスト様。馬に乗せて下さいな」そう言うとトマトの様に真っ赤な顔をしているアウグストの顔を不思議そうに見ながらも、彼の手を自分の腰に置かせて、馬の背に乗せてもらった。


「ジャンヌ…。お前、羞恥心とかないのか?」


「何ですか?それ?」


「その….お前は今、下着姿なんだぞ。それに俺は男だ」


「分かっていますよ。男だと言う事位」


「ならば、それは俺を誘っているのか?」


「はぁ? 誘うって、何を誘うのですか?」


「つまり...だ。その、男と女の関係と言う事だ」


「別に考えた事などありませんが。どうしてですか?」


「ならば、何故 そのような格好をするのだ」


「ドレスだと乗りにくいし、それにホーキンから落ちるよりもマシです。本当ならば、魔法で衣装を変えたかったのですが、魔法は禁止だと言われたので、このようにしたまでです。私も気にしてませんから、アウグスト様も気にしないで下さい」


そう言うと、ジャンヌは微笑んでいた。

気にするなと言われても、目の前に下着姿のジャンヌが居るのだから、気になるに決まっているだろう。

一体コイツは何を言いたいんだ? 

ダメだコイツに一般常識を求めていたら、俺の方が絶対に禿げるか、棺桶に片足を突っ込む事になりそうだ。

それくらい長い時間かけてコイツに説明しなければならないかと思うと、アウグストはジャンヌの好きにさせればそれで済むし、此処は王家の森ー王家の者以外、何人たりとも立ち入りは許されない土地だ。

なら、こっちも余計な心配をしなくても済むと言う結論に出た。


「ジャンヌ。さっきも言っていたが、ホーキンとは一体?」


「この馬の名前です。私が勝手に付けちゃいました。ね、ホーキン」


『まぁ、良かろう。馬馬と呼ばれるよりも、名を付けられた方がまだマシだからな』


ホーキンは、ジャンヌの方を向くと軽く嘶いた。

ジャンヌが脱いだドレスは、アウグストが魔術で亜空間を作ると其処へ入れた。ちなみにバスケットも其処に入っている。

鬱蒼と木々が生い茂っている森を抜けると目の前には、小高い丘があった。其処に広がるのは、一面の紫色の絨毯。 ラベンダー草だった。

それを見たジャンヌは、目を輝かせた。

アウグストがジャンヌの腰を支えながら、馬から下ろす。辺り一面のラベンダー草を見渡したジャンヌは深呼吸をしている。頬も心無しか紅潮しているようだ。

銀色の双眸に、映えるように映るラベンダー色が、とても綺麗だ。アウグストは、馬達をその辺の木陰に休ませると、手綱を木の幹に縛っておいた。

そして、お昼の準備をする為に、亜空間から敷物とバスケットを出していた。


「とても素敵だわ。初めて来たのに、何だか懐かしいの」


初めて来たと言っているが、でも懐かしいのか…。此処は、その昔ー太古に栄えたこの世界の王が治めていた城の城跡だ。城壁も何もかももうない。ただここに在るのは、ラベンダー姫と呼ばれたクリシャーナが愛したラベンダー草が咲き乱れているだけだ。

亜空間からドレスを出したアウグストは、ジャンヌにドレスを着せると「腹の虫が鳴いておるぞ。さあ、昼にしよう。」そう言うとジャンヌの手を取り、敷物の所まで案内した。


「アウグスト様。此処は何処なんですか?」


「此処か….太古に栄えていたこの世界の王が治めていた城だ。大天使シェスラードの怒りに振れ、全てを無くしてしまったがな。」


その時に、丘の上に人が立っているのを見た2人は、驚いていた。

此処は王家の森。何人たりとも入る事は許されない土地に誰がどうやって此処に降って湧いた様に現れたのだろうか?

ジャンヌを抱き寄せ、移動魔術で丘の上に降り立ったアウグストは、その人を見てもっと驚いていた。

この城を怒りに任せ塵とさせた張本人である大天使シェスラードだったからだ。ジャンヌに歩み寄った彼は、ジャンヌの頬をそっと撫でると『クリシャーナ….』と呟いた。

ジャンヌは困ってしまったが、ただ笑顔を大天使シェスラードに見せた。


『違う…。クリシャーナは、もっと優雅に微笑んでくれていた』


彼は(シェスラード)不躾にもそう言って来た。

それを聞いたアウグストは、ププッと吹き出して笑っていた。

アウグストの笑いにも頭に来ていたけれど、この抜けぬけと言って来る大天使にムカッと来たジャンヌは、仏頂面で大天使シェスラードの手を自分の頬から剥がすと、銀の双眸で彼を睨んでいた。


「何かさっきから、ムカつく事ばかり言ってくれるじゃないのよ! 人違いなんだから! 悪かったわね、クリシャーナ王女みたいに優雅じゃなくって!」


本当はそう言いたかった。だけど言えなかった。哀しそうにジャンヌに微笑みながら目の前に佇んでいる大天使シェスラードを前にして、どうして怒っていられるのか..。彼自身、本当はクリシャーナ王女に会いたかったのだろう。だから此処に舞い降りて来たのだ。


ジャンヌはそっと大天使シェスラードを抱き締めた。

フワリと舞うラベンダーの香りがジャンヌの髪から香る。


『お前の望みは何だ?』


召還魔法の時と同じ事を聞いて来る大天使シェスラードに、ジャンヌは苦笑した。

頭を振るとジャンヌは大天使シェスラードを見て「私の望みは何もないわ」そう言うと優しく微笑んだ。

(シェスラード)自身、愛する人を亡くして天界と地上を彷徨っている。

そんなあなたに人の望みを聞いている暇など在る訳無いでしょ。心の中でそう呟くジャンヌにシェスラードは、苦笑しながらも懐かしそうにジャンヌの顔を見ている。

首を傾げるジャンヌは、願いと言われて、其処まで願う事は無いが....。ただ、夜は一人になりたく無い....。

ジャンヌはアウグスト王子には言っていなかったが、此処の王都に着いて以来、悪夢に魘されているのだ。その所為で自分の寝不足も解消されないし、眠りに着くのが怖くなってしまう程、恐れてしまった。

たかが夢。

だから、誰にも言えない...。

苦笑しながらもジャンヌは気丈に答える。


「何度聞かれても、私には、何もないの。何も」


そう、夢も希望も何もない...。ただ、今やる事をするだけ。


『それは、そうだったな。だが、ジャンヌよ。もし助けが必要になれば、我の名を呼べ。お前だけが我に付けれる名前だ』そうジャンヌに言うとシェスラードは、小さな雪豹になった。


「名前ね〜 」


考えているジャンヌは、猫の背をそっと撫でていた。

白い毛並みをした綺麗な雪豹には、長い尻尾が生えている。まるで雪の精霊の様なそんな感じ…。小さな丸い顔に少し幅が広い鼻筋、そして何とも言えない程に少し丸くて可愛い耳......。なんて可愛いのかしら...。泣き声も可愛い子猫の様に鳴いている。紫色の瞳がとても綺麗で吸い込まれそうだわ。

ジャンヌが迷っている時に、大ジージの意識が出て来た。(おお〜まるで雪豹のようじゃ。スノーの中に埋もれてしまったら、見分けが付かなくなるかもな…. 。)

そんな大ジージの声がジャンヌの頭に響いて来た。


「スノー。何だか知らないけど、私の中の誰かが、あなたを見て、雪豹のようだからって言っていたの。綺麗な白い色だわ」


『スノーか…。また同じ名になるとはな….』


 スノーを抱っこするとアウグストの側へ行き、一緒にサンドウィッチを食べていた。アウグストの視線は、ずっとジャンヌに抱っこされているスノーに目が行っている。

アウグストは、シルベスターが猫になった時の事を思い出していたが、その時よりもこの猫はデカイ! 絶対猫ではない筈だ。そう思って、何度かジャンヌに、そう言っていたが、ジャンヌは笑いながらスノーの前足を持って、アウグストに話しかける様に遊んでいる。


「ジャンヌ…それって絶対猫じゃないよ。ほぼ、雪豹に間違いない。こんなに手足が大きな猫が居る訳無いだろう? でも、ジャガーよりは短足だな」


「私ね、猫でも雪豹でもどっちでも構わないの。私を守ってくれるって分かっているから。(今度こそ、いつまでも一緒に居てくれるって知っているから。)」


ヌイグルミの様に抱き締められているスノーを見て、アウグストは、これが大天使シェスラードの仮の姿とはな....と呆れていた。

すると、いきなりスノーの尻尾で、頭を叩かれたアウグスト。


「オイ! ジャンヌ! ちゃんと躾けろよ! 尻尾で人を殴って来るんだからな。痛いじゃないか!」


抗議するが、ジャンヌはそんなことは聞こえないようで、スノーをさっきから抱き締めている。


「スノー! ダメでしょ! アウグスト様にそんなことしちゃダメなのよ」


スノーに優しく怒るジャンヌだったが、白くてまるっこい耳が足れて、尻尾も後ろ足の間に入れてしまったスノーは、瞑らな紫色の瞳でジャンヌを見ていた。ここまで可愛くごめんなさいをされてしまうと、ジャンヌも強く言えずにギュッと抱き締めて「スノー大好き」と言う程だ。アウグストが亜空間から出して来たこの世界の地理や歴史書をジャンヌに開いてみせると、魔術で分かりやすく一ページごとに歴史上の人物やその時代に起こった事を立体的に見せていた。


「ねえ。アウグスト王子..」


「別にアウグストで良いよ。ジャンヌは俺の妃になるのだから。って、何するんだ!この雪豹!」


アウグストに嫉妬したスノーは、猫パンチをアウグストの両頬に食らわせたのだ。アウグストの両頬には、綺麗にスノーの引っ掻き傷が残っている。

この時ばかりは、ジャンヌもスノーに怒っていた。


「スノー。ヤキモチ焼いているのは分かるけど。人にそんな事をしてはイケナイのよ」


渋々であるが、アウグストの両頬をザラザラの舌で舐めて来るスノー。 スノーが舐めた箇所は全て傷が塞がった。するとスノーの中から声が聞こえる「これで良いだろう。怪我も無くなったんだしな」

ジャンヌは苦笑しながらも、城へとスノーを連れて帰る事にした。

ホーキンがスノーを見ると暴れるかも知れないから、ジャンヌはスノーを篭の中に入れて持って行く事にした。

アウグストは、「亜空間の中にでも入れて置けば、揺れる事も無かろう。」等と言っていたが、ジャンヌは「スノーは赤ちゃんなんだもの。可哀想だわ」そう言って篭から出して、抱き締めているのだ。

沢山の方に読んで頂き、有り難うございます。

猫派のKnight bugは、雪豹大好きです。あの丸っこい顔に少しグレーの瞳が、最高です。プニプニ肉球を触りたいって思っちゃいます。

食べられちゃうかも知れないけど...。

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