孤独の闇〜 ジャンヌ 前編 (改)
ジャンヌの成人の日まで後5ヶ月と3週間。
それまでに、ジャンヌにダンスをキッチリ出来る様にさせないとな…..。
ダンスだけでなく、たまには馬を使って遠乗りにでも出かけてみるか。 何かと閉鎖的なこの王宮では、ジャンヌのように天真爛漫に生きて来た者に取って、苦痛の場所にしかならないだろう。
王家の森にそう言えば、ラベンダーが一面に咲いている場所があったな…。昼は、其処にでもジャンヌを連れて行くか。 ジャンヌを起こす前に、侍女がやって来て、「アウグスト様。ジャンヌ様。朝食の用意が出来ましたが、どうなさいますか?」その言葉に、目を覚ましたジャンヌは、目の前にアウグストの顔が近づいていたのに気がついた。
ジャンヌは知らなかったのだが、今朝までアウグストの上着を掴んで離さなかったのは、なんとジャンヌだった。 見知らぬ離宮の王子の部屋で寝ていると言うのもあったのだろう。ジャンヌは時折夢に魘される様に顔を顰めたりしていた。ジャンヌは、繰り返し繰り返しまるで終わりの無い夢の様に何度もクリシャーナ王女の夢を見ていた。
アウグストが、ゆっくりとベットから抜け出ようとすると、ジャンヌの白い腕に掴まれて泣いて自分に縋って来た。
「行かないで…」
その様子は、部屋の外に居た侍女達にしっかりと見られていた。
そして翌朝、目覚めたジャンヌの隣には上半身裸のアウグスト王子を見て、わなわなと震え出すと思わず王子の顔をグーで殴った。
「痴漢! 変態! 」
と叫ぶジャンヌの声と共に、バキッ!と言う鈍い音が王子の寝室に響いた。
ジャンヌの拳がアウグストの顎に見事に当たり、アッパーカットが決まった! アウグストの体は、弧を描く様にベッドの上から床の上へと落とされた。
ベットの上では、ジャンヌが自分の寝着を握りしめたまま、黄金の右腕を天に向かって拳を突き上げていた。
朝から床とご対面しているアウグストは、侍女達から温かい眼で見られている。ジャンヌは、自分の洋服が寝着になっているのを見ると涙眼で言って来た。
「アウグスト様~! あなたって人は! 私を襲ったのですか!?」
顎を殴られたアウグストは、床に座ったまま赤くなった顎を押さえながら首を横に振っていた。それを見ていた侍女達は、クスクスと笑うと「ジャンヌ様。それは、私達が致しました。今から湯浴みをして頂きますので、アウグスト様は、別のお部屋へ移動をお願い致します」
3、4人の侍女達に連れられて、浴場へと行くと、あれよあれよと言う間に寝着を脱がされ、縺れていた髪を丹念に揉みほぐしてもらい、ジャンヌはされるが侭になっていた。
此処までの人数でやってもらうのは、初めてのジャンヌはびっくりするやら、恥ずかしいやらで顔を真っ赤にしていた。縺れやすい髪も侍女達の魔法の様な手付きで、滑る様に滑らかになって行く。 骨まで蕩けそうってこんな事を言うんだ..などと考えていたジャンヌだった。 さり気なく、侍女達の手付きを見ながら、シャンプーの量はどの位使うのだろうかとチェックしていた。 自分や、マーサを基準にすれば、100%とまでは行かないが、間違っているのだろうと自覚したいたからだ。 侍女達が自分の髪に使っているシャンプーの量を見て、驚きを隠せなかった。
シャンプーってこんなに使っても良いのね〜。 す、すごいわ! 泡が立つ立つ〜。 マーサにやってもらうと泡は全く立たない。それどころか、髪を泡立てる度にギシギシいっているのが、指の感覚からでも、分かる位である。
あら、コンディショナーまでも、こんなにこんもりと使うんだわ。 まさに目から鱗である。
只単に、ジャンヌ達が節約と言うかミミッチイだけなのだろう。 別邸に帰ったら、早速マーサに教えないと….。多分マーサの事だから、「勿体ないでございます!」と言って来るに違いないわ。そんな事を考えながら、ジャンヌはどうしてアウグスト王子が上半身裸だったのかを考え始めた。
「まあ、ジャンヌ様の御髪は、本当に金を纏ったようでございますわ。お肌も透ける様に白くて、艶やかで。でも、拳で殿方を殴るのは、お止めになった方が宜しいですわ。」
やんわりと嗜まれているジャンヌは、アウグストを殴ってしまった自分の黄金の右手を見ていた。指が真っ赤になっている。思いっきりやってしまった証拠だ。
湯船につかりながら、ジャンヌは侍女達に恥ずかしそうに聞いて来た。
「やはり、謝らないといけませんよね? アウグスト様にあんなに酷い事を言ってしまったのだし… それにしても、どうしてアウグスト様は、上半身裸だったんでしょうか?」
侍女達は顔を見合わせると、コソコソとジャンヌに耳打ちをした。
ジャンヌが、昨夜すごく魘されていて、その間ずっとアウグスト様が、ジャンヌの手を握っていたのだ。 ほんの少しでもアウグスト様がジャンヌから離れようとすると幼子の様に『行かないで』と言いながら、王子の寝着を握りしめていたと言う事だった。
話を聞いているだけで、こっちが恥ずかしくて顔が、茹で蛸状態で真っ赤になって来てしまった。
「まあ!ジャンヌ様。湯当たりをされてしまったのですね。さあさ、こちらへ」
まさか、湯当たりではなくて、実はあなた達の説明が詳し過ぎて倒れそうになりましたなんて言えない...。
どうして此処まで詳しいのだろうと思ったら、侍女の皆様ってば、アウグスト様が自分の寝室に女性を連れ込んだ事自体、初めての事だから、つい覗き見していたそうだ。
恥ずかしさのあまり、真っ赤な顔をして湯船に顔の半分程付けて反省しているジャンヌを見た、侍女達はクスクスと笑い出した。真っ赤になりながらも、ジャンヌもつられてクスクスと笑い始めた。
「ジャンヌ様は笑顔の方が良いですよ。それにアウグスト様は、怒ってはいらっしゃいませんよ。多分拗ねていらっしゃるかもしれませんが……」
自分が言ったあの『変態 痴漢』と言う言葉に傷ついたのかも知れない….
ゴシゴシと擦り付けられる様に洗われているのだが、マーサにやられるよりもずっと心地よい。風を起こす為の魔石がブラシの中に嵌められている。それで濡れた髪も綺麗に梳かされながら、乾いて行く。 このブラシを使うといつもよりも、カールがきつめになっている。濡れると腰まである髪が、肩の肩胛骨の所までと言う状態になるのは、本当に久しぶりだ。
男爵家に居た頃は、徹底的に節約志向だったから、石鹸で全てを洗っていたから髪も縺れやすくなっていたんだろうな….。
恐らく、日が落ちる頃には、いつもの長さに戻るのだろう…。
今日は外に出るのだろうか? いつもの絹のドレープがかかっている重たいドレスよりも、軽い木綿のドレスを着せてもらった。心無しか、ドレスの丈も短い。いつもなら、足首まで来ているドレスを着ているが、今日のは、膝下10㌢くらいの長さで、歩きやすい。
青のドレスに白いレースが入ったエプロンを着せてもらい、ジャンヌは姿見の前でくるりとターンした。フワリと舞い上がるドレスの裾からは、ペチコートがチラッと見える。
鏡を見ていたジャンヌは、いきなりフラッシュバックの様に昨夜見た夢の出来事が見えて来た。
湯浴みをしたばかりだと言うのに、脂汗まで掻いて来た。ゆっくりと姿見の前から立ち去ったジャンヌは、自分でも気がつかなかったのだ。
自分の変化に...。一体夢の中でジャンヌを怖がらせる何があったのだろうか..。
鏡の中からジャンヌを見ていた大天使シェスラードは、寝室への扉に向って歩いて行くジャンヌをじっと見ていた。
誤字を修正いたしました〜。
ご指摘ありがとうございます。