レッスン一週間目 後編
今日は、漸く魔法陣を使っての魔力測定とか言う事をするのだ。
普通ならば、水晶玉を使ってどれだけの色と光が出るのかを示すのだが、水晶玉は只今修理中との事で、魔法陣を使う為にその魔法陣の講義を一週間受けていたジャンヌだった。
魔術ーそれは血と才能が物を言う。男爵家でも魔術を使うのはジャンヌとベンジャミンだけだ。だが、ベンジャミンの魔力は不安定で弱い。水を空中に浮かせるにしても、いつも水が破裂していたのだ。
ジャンヌは、一昨日から水を空中に浮かせる術を受けていて、目を光らせながらも真剣に授業を受けていた。初心者でもすぐには出来ないこの魔法をあの妃候補とウワサされているジャンヌは、いとも簡単にやってくれたのだ。
ガゾロは、このジャンヌには もしかすると底知れぬ魔力があるに違いないと思うと、魔力測定を今度致しましょうと言う事になったのだ。
中世のヨーロッパの城を思い起こさせる建物を目指して走っている一人の少女。 金の縦巻髪を弾ませながら走っている。
ツタの絡まる魔法学校の石作りの建物に不似合いなピンクのドア…..って一体誰の趣味やねん。などと心の中で突っ込みを入れてしまったジャンヌ。そのピンクのドアを開けると、にっこり微笑んだ漆黒のマントで身を包んでいたガゾロは、ジャンヌを見ると近づいた。
「今日は、昨日ジャンヌ様に申しました様に、魔力測定を致します。では、こちらにどうぞ」
白髪まじりの髪と山羊のような顎髭を持つガゾロは、優しく笑う。彼の瞳は薄い紫色だ。御歳289才だと言う現役の宮廷魔術師だ。
ジャンヌはガゾロの後について建物の中へと入って行った。
「今日は、此処の教室を使う事にしよう」
魔法で扉を開けると室内は、何もないただの広い部屋。
「コホン。ではジャンヌ殿。今から魔力測定の為に魔法陣を作って下さい」
ジャンヌは、すぅーっと息を吸うと両手を上に上げると祈る様に胸の前で手を合わせ「大天使シェスラードの名において….」そう言うと両手を床に着いた。
鬼火のような青白い炎が、魔法陣を象って行く。そして魔法陣の中央に大天使シェスラードが召還された。
「ジェンヌよ。何が望みだ?」
「別に何も望んでいませんが」
飄々と普通に答えるジャンヌ。
ピクリと綺麗なシェスラードの綺麗な眉が動くとフフと笑っていた。
「ただ今日は、魔力測定なので、大天使シェスラード様を召還しただけですわ」
「流石、蒼の魔石に選ばれた娘だな。では、私を上手く召還出来たのなら、宮廷魔術師のガゾロよ。ジャンヌの魔力がどれほどのものなのか分かっているのであろう。まだこの事は他の者には言うでないぞ。ガゾロ」
綺麗な流し目でガゾロを見たシェスラード。
ガゾロは、腰を抜かしたままジャンヌを見ていた。大天使シェスラードを召還してその上、大天使と普通に話をしているこの娘が、蒼の魔石に選ばれた娘…?
「ジャンヌ殿…いえ、ジャンヌ様」
そう言うとガゾロは、ジャンヌの前に跪いた。
運良く此処で授業終わりの鐘の音がなると、ジャンヌは2人に手を振って魔術室を出た。魔術室に取り残された2人は….と言うと…。
「だ、大天使シェスラード様、ジャンヌ様は…」
「まだ、目覚めてはおらぬ。ただ、ジャンヌには魔術をみっちり教えてくれ。後、召還したのだから、その後の事も出来る様に教えておくように」
シェスラードは、微笑みながら消えて行った。
大天使が消えて行った後、ガゾロは大きく溜息をついた。
この方は、我が宮廷魔術師ディーハルヒ家に伝わる蒼い魔石の使い手なのか…。
ガゾロは深く溜息をつくと、ディーハルヒ家の初代当主が残したとされる予言の書を開いていた。
『一つの世界が二つに別れし時、銀の双眸を持つ蒼い魔石の使い手が世界を一つにするであろう』
あのジャンヌ様が世界を救うのだろうか….まだ魔術の方は爪が甘いのだが、魔力は十分にあり過ぎる。あれで、もう少し真面目に魔術の授業を受けてくれれば….
ガゾロの悩みは尽きなかった。
悩みのタネであるジャンヌは、駆け足で広い王宮の中を移動している。魔法陣を使って移動した方が早いのだが、ガゾロさんから「良いですか、ジャンヌ様。幾ら蒼の魔石の使い手とはいえ、ジャンヌ様の魔法には、ムラがあり過ぎます。そこで、移動の魔法は使わずに過ごして下さい。あ、もし魔法を使う時は結界の魔法だけにして下さい。分かりましたね」
そうやんわりと釘を刺されてしまったのだ。
「急げ!急げ!ダンスの授業に遅れちゃう!」
ジャンヌは走ってアウグストが待つ離宮へと急いだ。
離宮にある一番広いホールルームに、鐘の音と共に駆け込んで来たジャンヌは、両手を広げて「セーフ!」と言うとにっこり微笑んだ。
「遅い!あれは、途中休憩の鐘の音だ。15分遅刻だぞ。ジャンヌ!」
今日は、このダンスの授業で最後なので、15分遅刻したジャンヌは、もちろん居残りで練習していました。
「そこ!出す足が逆!」
「手の角度は、後10度上げる!そこでターン。遅い!」
こ、この先生…..アウグスト王子って、イケメンなんですけど、物凄くスパルタ教師でもありました。習った所だけ、2人で踊る事となり、一通り踊ってみる事になりました。
「痛!って、ジャンヌ!何度私の足を踏めば良いのだ。私に何か恨みでもあるのか?」
「恨みですか?さあ? これから出て来るやもしれませんね」
ジャンヌは、相変わらず飄々とした顔で、言って来る。
何の恨みか知らないが、合計2時間のダンスのレッスンが終わり、ジャンヌの体の全筋肉が悲鳴をあげている。あまりの足の痛さに無理して立ち上がろうとしたジャンヌは顔を引き攣らせた。
「痛!」
か細い声だった。
腓返りをしたようだ。思わず床に座り込んだジャンヌ。アウグストは慌ててジャンヌに近づこうとすると大丈夫ですと言い出しまた体上がるが、今度は足を挫いたようでジャンヌがまた崩れる様に床に座り込んだ。
まるで尋問するかの様に低い声でジャンヌに聞いて来るアウグスト。
「ジャンヌ。お前、今日は何度魔法を使ったんだ?」
「へ?」
「へ?じゃない。何度魔法を使ったと聞いたんだ」
普段の優しいアウグストからは想像出来ない程、何だか怒っている様に思えてならない。
アウグストの気迫に思わず目を逸らしてしまったジャンヌ。
そのジャンヌの両頬を挟む様に、大きな手で自分の方へ向かせるアウグスト。
蛇に睨まれたカエルの様に、脂汗が額からじんわりと出て来る。
「礼儀作法のレッスン後に結界を張って...その後、あまりにも疲れていたから、充電の魔法を使って….後は、ディートリッヒ王子を結界から追い出すのに使いましたね。それと結界を解く魔法に…今日の魔力測定で召還魔法を使いました」
私の言葉を聞いて、はぁ〜と溜息をついたアウグスト王子は、キラキラと輝く金髪を乱暴に掻きむしると床に座り込んでいた私の前に座った。
「5回も魔法を使って、その上此処までの徒競走ぶりの走りに、ダンスと来れば腓返りになる筈だ」
思わず俯いているジャンヌ。
反省しているジャンヌを尻目に、アウグスト王子の尋問が続く。
「ディートリッヒと会ったと言っていたが、あいつが何かして来たのか?」
「王子と一緒の事をして来ただけですよ。しかも、人が寝ている時に。こっちは眠りを邪魔されて、良い迷惑でしたけどね」
ジャンヌのアクの強い言い方に、クスッと含み笑いをしていたアウグストも、ジャンヌが痛そうに摩っている足を見て、顔を顰めた。
「魔法を使うと言う事は、全身の筋肉を使うのだぞ。幾らお前が蒼の石の使い手であっても、それは同じだ。こんな無茶な事を繰り返せば、ジャンヌ自身どうなるかぐらいわかるだろ」
飼い犬が、主人に怒られている様に耳も尾っぽも足れてシュンと反省しているような表情で、ジャンヌは俯いたまま必死に言い訳をしていた。
「す、すみません…。まだガゾロ先生に其処までは教わっていなかったので….。まさかこんな風になるなんて思っても見なかったから、以後気をつけます」
涙眼で痛む足を摩っているジャンヌ。余程痛むのだろう、肩で息をしている。
「どれ、見せてみろ」
「#”#$!!」
アウグストがジャンヌの足を触ると言葉にならない悲鳴を上げるジャンヌ。アウグストの手から柔らかい金の波動が出て来る。痛みが治まって来た。
「明日と明後日は休日だし、魔法は使うな! 分かったな。男爵家には私から事情を話しておくから」
有無を言わさない気迫に、ジャンヌも大人しくアウグストに従った。
イケメンが怒ると空気も凍るって本当だ....。さっきから部屋の温度が10度ほど下がって来ているような気がするんだけど...。
「は....い」
アウグストは、ジャンヌを抱き抱えると自分の離宮へと連れて行った。
その夜、別邸のドアから魔法陣が浮かぶと手紙が送られて来た。
「ジャンヌは、金の離宮に泊まります」
金の離宮=アウグストが住んでいる離宮です。ちなみに白銀の離宮=ディートリッヒの離宮なんです。