君を守る
十二月二十七日。僕のお誕生日。赤いチェックのリボンを首に巻いてもらって、すてきな「お名前」をもらった日。
リボンを巻くのがへんだって?わかってないなあ、君たちは。ぼくらぬいぐるみは、お名前と、リボンをつけてもらった日がお誕生日なんだよ。ゆなちゃんが、自分の一番のお気に入りを、僕に巻いてくれたんだ。お名前はナイト、
「私を守ってくれるナイトよ。」
だって。かっこいいでしょ。その日から、ぼく、決めたんだ。ゆなちゃんの、ゆなちゃんだけのナイトになるって。
ぼくとゆなちゃんは、それからずーっと仲良し。いつも、頭をなでてくれて、僕の毛並みはどんどんつやつやになっていく。ぼくは、世界で一番ゆなちゃんのことがだいすき。きっと、ゆなちゃんだってそうだったんだよ。
ゆなちゃんの十歳のお誕生日。この日は、いそがしいパパとママも早く帰ってきて、ゆなちゃんといっぱい遊んでくれる。ゆなちゃんがうれしいと、ぼくもうれしくってたまらない。でも、その年は、ちがったんだ。
「学校から急いで帰ってきたゆなちゃんを待っていたのは、知らない女の人。
「あんたの両親は、シャッキンとあんたのこして、どっかいっちまったよ。」
ひどく乱暴な言葉。シャッキンってなんだろう?パパとママは、もう戻ってこないの?
ゆなちゃんは、その意味をわかってるみたいだった。
「さっさと荷物まとめな。私だって、あんたとくらしたいわけじゃないんだ。さっさとしないと、この家はもうなくなるんだ、家ごとつぶされたくなかったら言うことを聞くんだよ。」
ゆなちゃんは、大急ぎで、荷物をまとめた。もちろん、ぼくもカバンに入れてくれた。
ゆなちゃん、泣いてなかった。でも、ぼくにはわかるんだ。ゆなちゃんが、どんなに辛くて、悲しいか。だって、ずっと一緒だったんだよ。
ゆなちゃんとぼくは、こわい女の人の車に押し込められて、どんどんお家からはなれていった。車のなかで、ゆなちゃんはずっとぼくを抱きしめていた。
「ナイト、心配しなくて平気よ。わたし、強い子だもん。」
ことばとはうらはらに、ぼくの顔に、ぽたぽた水が落ちてきた。「涙」ぼくの瞳からはでないけれど、ゆなちゃんの痛みは、全部ぼく、わかるんだ。これから、絶対ゆなちゃんを守る。
「なくガキは放り出すよ!」
ゆなちゃんは、ぐっと息をのんで、涙をこらえた。ぼくのこころに、火がついたみたいに、熱い。この女の人をやっつけたい。こんな気持ちははじめてだった。動かない手足が、一緒に涙を流すこともできない瞳が、憎らしい。ぼくは、ゆなちゃんのナイト失格だよ。
二時間後、ぼくたちは、放り出されるように、小さな小屋にいれられた。本当に狭くて、なんだか畑のようなにおいがした。
「今日からあんたたちここでくらすんだよ。
前の家に少しでも近づいてごらん、ひどいからね。」
ゆなちゃんは、だまってうなづいた。女の人がいってしまうと、僕たちは二人きりになった。本当に何もない部屋。ゆなちゃんは、突然火がついたみたいに泣き出して、ぼくをぎゅーっと抱きしめた。
「ナイトは、いなくならないよね。」
当たり前じゃない。ゆなちゃんから、離れたりするもんか。ゆなちゃんは、めったになかないんだ。
パパが、ママをぶつのを止めに入って、頭にけがをしたときだって、ママを安心させるために泣かなかった。でも、その夜、ぼくの手をほう帯に当てて、声を出さないで泣いてたの、知ってるんだ。
「ナイトの手は、魔法の手だね。」
うそ。ぼくにそんな力はないよ。ただ、そばにいることしかできないんだ。ゆなちゃんが泣くのは、ぼくと二人のときだけ。ぼくのからだには、ゆなちゃんの悲しい気持ちが、いっぱい詰まってる。何もできないぼくを、ナイトだって言ってくれるゆなちゃん。何もできないぼくは、せめて、ゆなちゃんの悲しみを全部吸い取りたいって思うんだ。
小屋での生活は、大変だった。学校にも行けない。ごはんもめったにもらえない。最初は、ぼくとお話ししてたゆなちゃんも、だんだんお話ししなくなった。細い、細い声で
「ナイト、ナイト。」
って、ぼくの名前を呼び続けた。ぼくも、
「ここにいるよ、絶対はなれないから ね。」
って、声にならない声で、ゆなちゃんに伝え続けた。
ゆなちゃんは、とうとう立てなくなってしまった。横になったままぼくをだいて、呼び声も、小さくなるばかりだった。扉の近くで、二人で寄りそって、ただ、お互いの名前を繰り返す日々。
何日がたっただろう、声が聞こえた
「なんだー、この赤いの。」
ぼくのリボンが、小屋の小さな出口から、はみだしていたんだ。男の人の声。小さなゆなちゃんではあけられなかった扉が、男の人の手で、開けられた。まぶしい日差しが差し込んで、ぼくもゆなちゃんも、意識がなくなってしまった。
今、ゆなちゃんは、たくさんのお友達、優しい園長先生と暮らしてる。もちろん、ぼくも、ゆなちゃんと一緒。遊ぶときも、ご飯のときも。学校に行っている間はお留守番だけど、ぼくは大丈夫。帰ってきたら、ゆなちゃんはぼくを真っ先に抱きしめてくれるってわかってるから。これからも、ずーっと君だけのナイトでいるからね。
おわり